第32話 マドラの依頼
「……テイは、その小屋でどれだけひとりでいたの?」
「2年後、姉君であるナダ様が強引にテイを小屋から連れ出した。それまでの間、テイがどういう風に過ごしていたかは誰も知らない。当然、族長はお怒りになったが、テイを廃嫡することで話がついた」
「廃嫡って、相続権をなくすってこと」
「そうだ。だからテイは、ナダ女王に子がいようがいまいが、族長になる立場にはない」
ダレンの言葉に、キョウは息をのんでいた。ナタンは小さく舌打ちして言った。
「まさか知らないとは思わなかった。知り合って間もない娘地図師はともかく、ずっと二人でいたのにお前は、テイとそういう話をしなかったのか?」
ナタンの声には咎める響きがある。
キョウは首を振った。
「今夜の話はみな初耳だ」
「だがモレイラと戦になったとき、テイは女王にお前の命乞いをした。テイ自身が難しい立場にあるのに、何と引きかえにしても友であるお前を助けたいと」
ダレンがナタンの話のあとを続けた。
「だったら話があわないだろう。いったいいつ、どうやって知り合いになった。テイは族長の命に背いていたのか?」
キョウは沈んだ表情を浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。
「そのころぼくは……ぼくも、理由あって行動を制限されていた。自由が全くなくて。……それで体を脱ぎ捨てて魂だけで、こっそり外の世界に出てきていた」
(さすがはハルタ。魂だけで飛び回ってたって荒唐無稽な話が、靴を脱いで裸足で出かけていた、くらいの軽さだわね)
アシャはひきつった笑みを浮かべた。マドラ族の面々も複雑な表情をしていたものの、あえて話の腰を折りはしなかった。
「そうしてベハイムの森の中で、テイとあった」
キョウは手にした錫杖の先で、地面を軽く突いた。
足元の土がもこもことうごめいた。ぽこりと顔を出したのは、子供の姿をした二つの人形だ。
(あら、かわいい)
思わず顔がほころぶアシャの前で、人形たちは手をつないでよちよちと歩き回った。やがてキョウが錫杖を振ると、人形はボロボロと崩れて、ただの土くれに戻った。
「……こんな子供だましの技でも、テイはすごいすごいって喜んだよ。会うたび色んな話をした。テイはぼくのことを、死霊かなにかと勘違いしていたみたいだ。だから掟を破っていたわけじゃない」
アシャは、テイがあれほど生命ある刺青に憧れる経緯が少しわかった気がした。
誰とも会わず、森の中の小屋でひとりで、なんの刺激もない生活を強いられていたテイにとって。
キョウが気まぐれに見せた幻術は、どれだけその孤独を癒しただろう。
「そういう経緯があったのは分かった。だがテイは、お前とつるむようになってから一段と、一族の中で浮いているんだ」
「あら。テイが廃嫡されてるなら、いっそ巫子になりたいって話もありじゃない?」
できるだけ明るく提案したアシャに、ダレンやタレスがとんでもない、と目をむいた。
「お前はマドラの血統を何だと思っている。あいつのタイカの強さは族長に比肩するんだぞ」
「そうだよ。テイを一族に戻すどころか、巫子になりたいなんて言われた挙句、危うく死なれるところだった俺たちの身にもなってくれよ」
(なれるわけないでしょ)
アシャは内心で呆れながら突き放した。
とは、言うものの。
この人たちはテイの味方なんだわ、としみじみ実感する。どうりで将軍さまが、表立って庇ってくれなかったわけだ。
テイは一族にとってよそ者の上に、長いこと隔離されていた。小屋から出た後だって、周囲とまともな交流なんてなかっただろう。
そんなテイを選んで、陽まで着いてきた。
この屋敷にいるのは、ある意味とても奇特でありがたい顔ぶれなのだ。
セレンと陽の友和とかいう以前に。将軍さまはきっとあの屋敷で、テイがマドラ族の皆とうまくやっていけるよう、溝が埋まるよう願っているに違いない。
集会の後ろの方ではセレンの言葉で、ざわざわと色んな議論が交わされているようだった。ダレンがぎろりと睨むと、みな一様に黙り込んだ。
(セレンの言葉を禁じたのは、あたしのためだけじゃないのね)
陽の言葉に不慣れな皆に、自由な会話を封じて節制を求めた。そして、もしこの会議が外にもれて咎められそうな時は、彼らは理解できなかったと庇うつもりなんだろう。
最初に会った時、代表格って感じたのは正しかったようだ。
そのダレンが、まなざしに強い光を浮かべながらアシャに訴えた。
「俺たちはタイカで自分たちの長を選ぶ。たとえ先代様の意に逆らうことになっても、俺たちはあいつのタイカに惹かれているんだ」
「でもね。言わせてもらうけど、あなたたち虫が良すぎるわよ」
アシャはきっぱりと言い返した。
過去の経緯はよくわかった。
しかも、当事者は彼らの親世代だ。
10年前ならここにいる皆も子供だった。今ではテイと仲良くやっていこうとしている。
すべて理解した上で、それでもどうにも我慢ならなくて、あえてアシャは言った。
「あんたたちは、7つの子供を生きたまま棺に押し込めるような真似をしたのよ。状況が変わったから引っ張り出して、今度は自分たちの長になってください、なんて。私がテイでもはあ?なによそれ?って思うわ」
横にいたキョウがあわてて制した。
「アシャ。言葉がすぎるよ」
「だって」
「お前の意見は分かった。だが俺たちが知りたいのは、テイ自身がどう思っているかだ。それを確かめてくれないか?」
「どうしてこっちに振るのよ。自分たちで聞けばいいじゃない」
それが筋というものだ。
けれどダレンは悔しそうに首をふった。
タレスがぼやいた。
「テイは俺たちに寄ってこない。今日1日で、今までの1年分くらい近くにいたな」
(どんだけひきこもりなのよ)
「昔はともかく、今はちょっといい感じじゃないの?」
「あれはお前がいたからだ」
マダラ族とアシャがぶつかった時、テイがすすんで仲裁にはいってきた。
あの時はアシャでさえ、珍しいと思ったものだが。
「あいつが自分から俺たちに近づくなんて。しかも、指示してくるなんて、初めてだったんだ」
へえ、そうなんだ。
どういうわけか、特別扱いを受けているらしい。
「お前が聞けば、テイも答えるかも知れない。恨み言でも何でもいい。あいつの本当の気持ちが知りたいんだ……今のままでは、あいつ。マドラに戻れなくなる」
「でも。テイ、こっちに戻る気アルのかな?」
ミルが不安そうにつぶやいた。
戻る気なんてないんじゃないの?……とは、さすがのアシャも言えなかった。
「……悪いけど。その依頼は保留にしてもらうわ」
「何故だ」
この依頼のために、相当な無理をして、禁じられたオルソ村の話をしたのだろう。ダレンが納得いかない声をあげた。
「勘だけど。これから先どうするかなんて、そんな段階じゃないわ。テイは……今でもまだ、小屋の外にさえ出てない気がするの」
まわりに遠慮して、びくびくと距離をとって。
誰かと会話するのさえ、極力さけるようにして。
族長のいいつけを、今でも忠実に守るように。
セレンの掟に殉じるように。
ナダ女王が、見かねてテイを連れ出した気持ちがわかる。
でも、それができたのは外側だけ。
テイの内側はきっとまだ、閉じこもったままだ。
「あたしが、今度こそ本当にテイを引っ張り出すわ。話はそれからよ」
「了解した。地図師、この件はお前に預けよう」
ようやくダレンが頷いた。
「どうしてテイがお前に懐いたのか、分かった気がするよ。地図娘」
わざとおどけた風にタレスが言った。
その声は、なんだか少し寂しそうだった。
それにしても皆、地図師を何だと思ってるのかしら?
地図をもたない民にとっての地図師の認識なんて、
パソコンを知らない人にとってのSEみたいなもんです。
最後までご覧いただきありがとうございました。
次回は第33話『土人形の選択』
宜しければまたどうぞお越しください(^^)




