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薔薇のセレンディラ  作者:
第二章 生命ある刺青
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第31話 黒葬の村


 マドラ族の集会場は、屋敷から少し離れた森の中にあった。


 真ん中に焚火をはさんだ広場で、アシャは切り株で作った椅子に腰を下ろした。その隣にはキョウがいる。


 アシャはゆっくりと周囲を見回した。

 集まっていたのはマドラ族のいつもの3人と、その他にも広場の奥の方までたくさんの顔ぶれがそろっている。


(テイったら。簡単に『任せる』なんて言って。吊るし上げくらいなら付き合うけど、乱闘にでもなったらどうするのよ)


 カタラとハルタの喧嘩なんて一般人の出る幕ではない。

 ここは極力、穏便にすませなくては。


「あの……先に言っておきたいの。キョウは、テイの命を狙って、毒薬を飲ませていたわけじゃないからね」


「そんなことは分かっている」

「カタラの命を毒で狙うなんて、剣士に楊枝で襲い掛かるようなもんだ」


 ダレンとタレスはあっさり同意した。


 楊枝でも、つんつんやっていればそのうちに急所に刺さったり……しないか。つまりそれくらい、実現不可能な手法だと言いたいらしい。


 ダレンが立ち上がって皆を見回した。


「今夜は『陽』の言葉で話し合いをする。質問も発言もすべてだ。会話が不得手な者、ついてこれない者はこの場からいつでも去って良い」


 広場のすみずみまで通る良い声に、とまどいが広がった。

 ダレンは改めてアシャに向き直った。


「こちらも先に説明しておく。テイはマドラの生まれではない。先代の族長カーン王が、一族の誰も知らぬままにセレン北部、オルソという村の娘との間にもうけた子供だ」


 横にいたナタンがはじかれたようにダレンを見た。止めるような仕草をして、また手を下ろす。


 タレスはぎゅっとミルの手を握っていた。その背後では急にそわそわしたり、眉をひそめて顔を見合わせている者もいる。


(テイが隠し子……なのは初耳だけど。皆の反応の方がびっくりだわ。そんな内緒の話なの?)


「そのオルソを中心とする北一帯で10年前、黒葬病という熱病が広まり多くの民が命を落とした。はじめは赤子や年寄り、次に女や体の弱い者。最も体力のある若い男でさえ……オルソの村人は全員助からなかった」


「そんな……テイは大丈夫だったの?子供の頃その村にいたんでしょう?」

「テイはカタラだ。流行り病ごときに影響は受けない」


 そういえば、そうだった。

 カタラ・セレンディラは、この世でもっとも完璧に近い生物。


 人の域をこえた生命力、体力に、回復力。そして肌に彫った刺青でさえ、異物とみなして消してしまう治癒力。


 当然、流行り病など問題になるはずがない。


(でも、それってどういうこと? 村人全員が疫病でバタバタ亡くなる中、テイだけが無事だったってこと?)


 考えると頭がくらりとする。

 アシャは額を押さえた。


 でも、それって。

 それって……どういうことになるの?





「疫病の報を受けて、先代様や俺たちの親がテイを迎えに行った。村人はとうに死に絶えていて、テイがひとり残っていたらしい。先代様はテイを連れ帰り、オルソ村を『忌み地』として封じられた」


 その単語を聞いて、ぴく、とキョウが身体を強張らせた。見ると青ざめた顔をしてひどく緊張している。


 アシャはキョウに顔を寄せてひそひそと訊ねた。


「ねえ『忌み地』ってなに?」

「……『忌み地』というのは災害や疫病で大勢が死んだ、穢れた土地のことだ。封じるというのは、忌み地に関するすべてを禁じ消し去ること。その地に関わる者は追放され、以後その地に近づくことも、話をすることさえ厳罰となる」


 そんな村があった事実すら抹消しちゃうのか。徹底している。

 だけど正にいま、その話題を口にしてるってことは。


(腹をわってテイの過去を語るには、そういう禁忌にふれる覚悟が互いに必要ってことね)


 マドラの捕虜で監視つきのキョウにとって、かなり危うい話になる。かといって、あんな(吐血)騒ぎを起こしたあとでは、辞退できる立場にはないというところか。


 不安げな顔をしたマドラの民が、ひとり、またひとりとその場を去っていく。話し合いに残る顔ぶれが落ち着いたところで、アシャはまた口を開いた。


「ねえ、テイはどうなったの?テイが悪いんじゃないわ。まさか追放されたりしないよね?」


 淡々とダレンが応じた。


「先代さまは連れ帰ったテイをマドラの館には入れず、ベハイムの森にある小屋にひとりで隔離させた。そして、マドラの民人と会ったり話したりすることを一切禁じられた」


「ちょっと待ってよ。10年前でしょう。そのときテイいくつよ」

「7歳くらいだ」

「ひとりで過ごせるわけないじゃない!」


 ダレンにくってかかろうとしたアシャに、タレスがとりなすように言った。


「だから俺の親が世話役を命じられた。……っても、直接顔をあわせないようにな。10日ごとに食料や身の回りのものを箱に入れて、小屋の前に置いて帰っていた。……俺とテイが同じ齢だから、色々と必要なものが分かるだろうって配慮だったんだろう」


(必要なもの……衣類とか書物のことかしら?)


 テイに直接会わないでも、同じ歳の子を見てちゃんと成長に合わせられるように……。


 アシャは背筋に寒気を覚えた。つまり先代はそれほど長い間、テイをひとりで置いておくことを最初から想定していたわけだ。


 アシャは、タレスにくっついて不安そうに話を聞いているミルに視線を落とした。7つといったら、ちょうどこんな齢だ。


 冗談じゃないわ。こんな、こんな小さいころに。


 生まれ育った村の全員を病で亡くして、それでいきなり遠くに連れてこられた挙句にまたひとりきりにされたの?


「しょうがないんだ。族長の命令は絶対だから」

「しょうがなくないわよ、あなたたちそれでも……」


 思いっきり詰ってやるつもりで立ち上がったアシャの手首を、横からキョウがぐっとつかんだ。


「アシャ、陽の民のきみには分からないだろうけれど、族長がその地を封じると言ったら、セレンではその言葉は絶対なんだ」

「キョウまで何よ!あんたどっちの味方なのよ!」

「そういう問題じゃない。たとえテイが発症していなくても、病の穢れを運ぶことはある。それは長として当然の判断だ」

「じゃあ。じゃあ、テイはどうなるのよ」


 信じられなかった。テイが昔そんな目にあっていたと聞いたら、キョウだって一緒になって怒ってくれると思ったのに。


「アシャ……言いたくないけど。同じ災厄がもしモレイラの領内で起こっていたら、テイはおそらく連れ帰らずその場で始末されている。カーン王のとった方法は、ぼく達(モレイラ)からしたら甘すぎるくらい甘い」

「そんな……」


 絶望的だわ。

 アシャは元通り、ぺたんと腰を下ろした。


 自分の友だちを。命の恩人でもあるはずのテイを。

 掟だからとキョウが、ここまできっぱり切り捨てるのだったら。




 テイをかばう人間なんて、どこにもいるはずないじゃない。


 

疫病名はさいしょ黒露病としてましたが、あんまり露骨でアレなので、

黒葬病という名前におさまりました。



最後までご覧いただきありがとうございました。

次回は第32話『マドラの依頼』

宜しければまたどうぞお越しください(^^)

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