第30話 部族会への招き
復路は、往路よりさらに早かった。
神官の彼が手を打ってくれたのか。すべての門が煌々とかがり火をたいて、大きく開け放たれていた。
アシャは天幕でぐるぐる巻きにした将軍の身体をしっかり鞍にくくりつけた上で、ずり落ちないよう支えながら走っていた。
無礼極まる荷物扱いでもしょうがない。
目が回りそうな高さの窓から、かつてテイがやったというように木立づたいに下へ。そして宮城の屋根から塀に、次々に跳躍しながら門へと。
そして馬に乗せようにも、麻痺した腕では自力でしがみつくこともできず、しかもかなりの長身で重量物。
ある意味子供より手がかかる存在だ。
速さと安全性を両立しようとしたら、これしか思いつかなかったのだった。
どうにか速度を落とさず来た道を駆け抜け、アシャたちは再び屋敷の中庭へと勢いよく駆け込んだ。気配を察して、庭にはマドラ族の面々が松明をもって待ち構えていた。
もっと時間をかけて馬車で戻ってくると思っていたのだろう。みな一様に、すまき状態の将軍に目を丸くしてざわついている。
アシャが縄をほどくと、中では将軍が荒い息をついて汗だくになっていた。
「あああ。すいません、すいません将軍さま!」
「……私のことはかまわなくて結構。それよりテイは」
「こっちだ」
幕から引っ張り出した将軍を抱き上げて、ダレンが食堂に走っていった。アシャも後を追う。
床の上でテイに延命術を施していたキョウが、待ちかねた救け手の到着に、すがるような表情で振り返った。
「……っ、将軍さま。申し訳ありません……っ」
「話はあとです。テイをこちらに」
「それが、さっきから、もう脈がなくなっていて……」
「ここまでよく頑張りました。魂が離れていないなら大丈夫です」
将軍は血だまりの中に膝をつくと、自らの吐いた血にしとどに濡れたテイの身体を不自由な両腕で抱きしめた。
身をかがめ、耳元に口を寄せて何事かをささやく。すると、ぐったりしていたテイの身体がびく、と跳ねた。
祈るような思いでテイを見つめていたアシャは、思わず二人にすがりつきそうになった。
「テイ!」
「待ちなさい、まだ駄目です。よく、こんなになるまで……」
言葉を詰まらせ、将軍はテイをもう一度ぎゅっと抱き寄せた。
それまで取り巻いていたキョウの青白い炎がゆらめきながら消えていき、かわりに温かな黄色い光がテイを包み込んだ。
将軍の腕の中でテイがみじろぎし、弱々しく呻いた。
口のはたからこぽりと血がこぼれ落ちた。力なく閉じられていた目が、震えながらゆっくりと開く。
「テイ」
将軍が血で汚れた手でテイの頬を優しくなでた。
テイがか細い声で答えた。
「……しょーぐ……?」
「ええ」
(た、助かった……?)
アシャは床の上をにじり寄って、テイの顔を覗き込んだ。
ちゃんと焦点のあった瞳が見つめ返してくる。
アシャは泣きそうになって将軍を見た。この場にいるすべての人間が、ただひたすらに将軍の言葉を待っていた。
将軍は、まわりの皆を安堵させる優しい声で、はっきりと告げた。
「……かろうじて、間に合いました。もう命の危険はないでしょう」
(よかったーーーーー!)
一同、ほーっと脱力して床の上に座り込んでいた。
◇♦◇♦◇
テイの意識がすっかり戻り、身を起こせるようになっても、将軍はずっとその隣に寄りそい、肩や背に手をあてて治癒をほどこしたままだった。
「魂が抜けていたら、私でも助けられませんでしたよ。なによりキョウという玄人がついていてくれて幸運でした」
「……はい」
テイはキョウからもらった白湯で口の中をゆすいでいた。
べっとりと固まりかけていた血を清めて着替えを済ませたテイは、あんなことがあったなんて信じられないくらいいつも通りだ。
アシャはひたすら感心していた。
触っただけで治してしまうなんて。あのときテイは瀕死だったのに。それがもう、自分で立って歩きまわってるなんて。
(この治癒の力が人間に使えたら、世の中の重傷、重病人からひっぱりだこになるわね。対象が獣に限ってるのは、良いんだか悪いんだか)
「将軍さま、俺もう大丈夫です。普通に動けます。こんな、ずっと治癒していたら、お疲れになってしまう」
「駄目です。どうもあなた方は、状態がどうあれまず動けるようになるようですが、本当はまだきわめて安静が必要です。今夜は私の寝所で一緒に休みなさい」
「……はい」
テイはしゅんとうなだれ、素直に頭を下げた。そしていつも通りに将軍を抱き上げようとした。
「部屋までお運びします」
『 だから、お前は安静にしてろ!!!! 』
周囲からマドラの仲間に口々にどやされて、びっくうと首をすくめている。
やっぱりまだ明らかに本調子でないテイにかわり、ダレンが軽々と将軍を抱き上げて運んで行った。
テイは誰かに運ばれるのを固辞した。自分で歩いて寝所にむかうらしい。
ふとその足をとめ、アシャのところに戻ってきた。
「なあ。頼む、今夜はキョウから離れないでくれ」
「キョウと、今夜ずっと? あたしにどうしろって?」
「それは任せる。……ぜんぶ俺が悪いんだ。このままだと、ただですむとは思えない」
そう言ってテイは、また将軍を追って食堂を出て行った。
「アシャ」
そこへ、周囲の後始末を終えたキョウが声をかけてきた。
「きみにも本当に無理をさせた。助かったよ、ありがとう」
テイの命を保つためにそうとう消耗したのか。ひどく疲れた顔をしていた。
「将軍さまには事情を話したの?」
「さっき、治癒をされている横で、一通りの経緯は」
「叱られたでしょう?」
「いや……今はまだ。落ち着いてからいずれお話があるだろう。……本当に、伏せておけるならそのまま終わりたかった」
キョウはふーっと重いため息をついた。
「将軍さまの、あのお身体の状態は。きみは病気だと思っているようだけど、本当は違うんだ」
「えっ、卒中じゃないの?あたしが世話してたヨアンじいさんと症状が良く似てるんだけど」
「お若いころ、毒杯を飲まされたらしい。全身が麻痺して何年も苦しまれて、ご本人の努力でようやくあそこまで回復した……だから毒の恐ろしさを人一倍わかっていらっしゃるんだ」
(そうだったんだ。だからテイのために、あんなに懸命だったのね)
『そう言うお前だって、毒の脅威を分かっていてやったんだろう。モレイラの巫子』
ふいに声をかけられて振り向くと、マドラ族の面々がずらっと並んでいた。
おせじにも友好的とはいえない雰囲気だ。アシャは頭を抱えた。
(あー、こっちの問題がまだ済んでいなかった)
「さっきの説明を、ともに聞いた。とんでもない真似をしてくれたな」
ダレンの苦言を、キョウはまっすぐ受けた。
「マドラの次の族長を命の危険にさらしたんだ。責めは受ける」
「次の族長?……テイのことか。テイが自分のことをそう言ったのか?」
ダレンは怪訝そうに眉をひそめた。キョウは慎重に首を振った。
「いや。モレイラの谷で学んだ。マドラは末子相続だと。今の女王ナダに子が生まれるまでは、継承者はテイだろう? お前たちは……昔からテイに付き従っていたじゃないか」
「お前がそんなことを言っているようでは話にならん。どうやら我々には、話し合いの席が必要なようだな。ちょっとつきあえ」
ダレンが親指をたてて表を示した。成り行きを見守っていたアシャは、はっとなってキョウにしがみついた。
「あ、あたしも行く!いいよね同席しても」
ダレンが静かに答えた。
「かまわんが、おそらく長い話になるぞ。そのつもりで来い」
最後までご覧いただきありがとうございました。
次回は第31話『黒葬の村』
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