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薔薇のセレンディラ  作者:
第二章 生命ある刺青
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第27話 算楽と宴と吐血




「俺の名前はタレスだ」


 相手はむっとしたように名のった。

 はいはい。タレ目のタレスね。もう覚えてるっての。


「じゃあ、タレス。あんたが勝ったら下働きでも野宿でも何だってしてあげるわ。そのかわり、私が勝ったら逆にあんたをこき使ってやるからね!」


 有無を言わせず、アシャは筆をとった。

 卓の上の紙にさーっと長い線を引いて等間隔に点を打ち、ここ『南都(ナント)』から最東端の『()』まで大陸南路20番の公路図を作る。


「さあ、地図を使った算楽問題よ。いい?


≪親は歩きで1日に1つ隣の街まで、子は馬で3つ隣の街まで進むことができる。同じ日に、子は20番『果』を、親は10番『(コウ)』を『南都』にむかってそれぞれ出発したら、親子が合流できるのは何日目のどの街か?≫」


「な……っ」


 一瞬、鼻白んだものの、すぐにたて直したのはさすがだった。

 アシャが瞬く間に描きあげた公路図を見下ろして、考えていたのはほんの数秒。

 タレスはすぐに答えを出した。


「5日目の5番『(セイ)』だ」


 それは、アシャが期待した通りの誤答だった。


「はずれ」

『そうだな。正解は……』


 傍らで、ふっと笑う気配がした。

 テイがセレンの言葉で答えた。


『14日目の6番『(イツ)』だ』

『はあ!?バカな、なんでだよ!親は『巷』から歩くんだろう。どうしてそんなに日数がかかる?』


『こっちに来る前に習ったろう。『溢』は南都の防衛の要で、関の取り調べが厳しい。子供一人ならそこで足止めになる。親は『南都』に着いてから子がいないことに気づいてまた戻ってきて、ようやく『溢』で親子は巡り合う』


 それはアシャが考えた、引っかけ問題だった。

 大抵の客はどんな算楽達人でも、タレスと同じ答えにたどり着く。


 言葉は分からなくても、断片的に聞こえる地名と手の動きで、テイが出題の意図を正確に読み取っているのが伝わってきた。

 それにしても軽々と、まあ。

 こんなにあっさり正解を出されたことないのに。アシャは内心でこっそり拍手を送った。


(やるじゃないの)


 納得いかないのはタレスだ。


「ずるいぞ。それ算楽じゃないじゃないか!」

「あたしは『地図を使った』算楽問題ってちゃんと言ったわよ」

「ああ。間違いなく言ってたな。それにこれ、面白い」


 テイは無邪気な笑みを浮かべて設問を眺めていた。本当に、根っから算楽が好きなようだ。


(へえ、ぼーっとした顔しかないと思ってたけど、こんな表情もできるのね)


「テイ、お前どっちの味方なんだよ!」

「俺は最初から、アシャの言うとおりにしろって言ってる」

「はい。そういうわけで、私の勝ちね」


 アシャはパンと手を打った。

 二人がかりでは不利と悟ったのか、タレスは負けをしぶしぶ認めた。


「……で、俺に何をさせようって?」

「そうね。今夜この屋敷であたしの歓迎会をしてもらおうかな。あなたが準備しなさい」


 もう文句言わせないわよ。

 アシャは胸の前で腕を組んで、にんまりと笑った。




◇♦◇♦◇




 タレスたちとは夕方、厨房で待ち合わせをして、いったんは解散になった。

 将軍は旅の疲れもとれぬ間に、アシャの描いた地図をまとめて持って、すぐまた宮城に向かうらしい。

 アシャは玄関まで見送りに行った。迎えの馬車が着いていて、護衛の数騎と共に、いつでも出発できるよう待っていた。


「皆と仲良くなれたようで安心しました、アシャ。私は参加できなくて残念ですが、今宵は楽しむと良いでしょう」

「将軍さまは、今夜は宮城でお泊りですか?」

「はい。帝に拝謁しやすい宮に部屋をひとつ賜っていますので、今夜はそこで休みます」


 テイやキョウは珍しく着いていかないようだ。将軍の身体を馬車に乗りこませて、名残惜しそうに身なりを整えている。


「あたしのことは気にしないで。一緒に行けばいいわよ」

「アシャ。それが二人は、特にテイは、宮城の奥には立ち入り禁止なのです。以前、宮城のご意見番ともいえる方のご不興をかったものでね」


 アシャはテイをまじまじと見た。まさかの出禁とは。


「あんた何したのよ」

「私の部屋は、宮城のかなり高い階層にあるのですが、その窓から庭園の木立づたいに地上へと飛び降りたのですよ。大騒ぎになりました」


 テイは黙り込み、かわりに将軍が楽し気な声で答えた。

 アシャは額を押さえた。

 なんでそんな、目立つやんちゃしたかな。


「いくら見晴らしが良いからといって、本当に飛んでしまうのはテイくらいのものです。ああ、今夜は満月ですね。私も友人と月見しようかと思っています」

「あまりお過ごしになられないように」


 キョウはしっかり念を押すのを忘れなかった。

 3人は走り去っていく馬車を、しばらくぼんやりと眺めていた。




◇♦◇♦◇




 タレスは約束通り厨房にやってきた。

 アシャも前掛けをして、はりきってタレスたちを迎えた。

 今日長旅から帰ってきたばかりだというのに、厨房には新鮮な材料がふんだんに揃っていた。みずみずしい野菜にとれたての魚介類。ずっしりと大きく切り分けられた肉に山もりの卵に乳。それを好きに使って良いというのだ。


 さあ料理だ。腕が鳴る。

 アシャはまず、きのこや根菜類や干し肉を細かくみじんぎりにして混ぜ合わせ、大皿の上に大量に盛り上げた。タレスにも手伝わせた。

 相手は王族のおぼっちゃまだ。しばらく働かせたら指でも切る前に解放してやろうと思っていたのに。タレスの包丁さばきは意外と上手だった。それに切り方がとても丁寧だ。


(お上品ねえ。趣味のお料理、または料理研究家って手つきね)


 アシャは包丁をタレスに任せることにした。

 まずみじん切りにした材料を大鍋に入れてたっぷりの(スープ)を作った。それから、もう一品。材料を香草と一緒にまんまる肥えた鳥の中にぎっしり詰めこんで竈で丸焼きにした。

 同じく、みじん切り材料を鍋で炒めてとき卵でくるんで、具だくさんの卵焼きを作った。粉をといてあんかけにするとさらに美味しそうだ。

 さらに粉を練ってのばしたタネの上に材料を並べて、上から野菜と乾乳(チーズ)をさらに乗せてこれも竈で焼いた。


 アシャの指示通りにてきぱきと調理していたタレスがあきれかえった声をあげた。


「どんな手抜きだよ。ぜんぶ同じ材料じゃないか」

「急いで大人数ぶん作るなら時短になるでしょ。調理法と味付けを工夫すれば、最初は同じでも最後は違う料理になるのよ。宿ではいつもそうしてたの」

「とんでもない娘だな」


 しばらくの間にずいぶんとくだけた調子になっている。アシャは思い切って訊ねてみた。


「ねえ、教えてよ、タレス。どうしてあたし、さっき『追い出せ』とまで言われたの?」

「それは……俺たちはタイカで、客が来るのも分かるんだよ。大体いつごろ、どこからどんな客がくるか」


 あら便利ねえ。アシャは感心した。意外にタイカって、宿屋向きの能力かも知れない。


「テイ達が帰ってくることは数日前から分かっていた。だがお前は突然現れた。しかもタイカが乱れて、それまで分かっていたことまで分からなくなった。そんなこと滅多にないのに」


 なるほど。何でも本能だよりのカタラにとっては大事だったのだろう。それで、あそこまで嫌悪感もあらわに警戒されたのか。


「それって今でも?」

「今はだいぶマシだ」


 彼らのタイカが何故乱れたのかはともかく。そこまで完全無欠な能力じゃないことは、これではっきりした。あの時の苦し紛れの質問は、案外、図星をついていたわけだ。


 とりあえず自分が何かしたわけではないと分かってアシャはホッとした。


「……出てけなんて言って、悪かったな」


 包丁で芋の皮をするするとむきながら、タレスがぽつりと詫びた。

 あら、とアシャはちょっとだけ評価を改めた。

 高慢ちきなわからず屋の王族さまかと思ったら、人見知りなだけだったのかも。


『お兄ちゃん。わたしも手伝う』


 そこへ、両手に籠をかかえたミルが顔を出した。

 そういえば兄妹だったっけ。小さなミルが持ちこんできた茸をみてアシャはぎょっとなった。


「ちょっと待って。それ毒キノコよ!」

「毒?美味しいよ。わたしこれ好き」

「ああ、美味(うま)いぜ。生でもいける」


 だまれカタラ!

 アシャは愕然として、今にも籠の中身を頬張りそうな兄妹をにらみつけた。


 毒に強いのはテイだけじゃないんだ。『陽』の民が全力で避けるような猛毒の食材でも、美味しくたべちゃうのね。


「ごめんね。わたしはこれ食べたら、口から血泡ふいてあの世行きだから、うんと遠くに避けておいてね」

「ハーイ。こっちの人たちってかわいソウね」

「気持ちだけもらっとくわ。ミルは食堂を手伝ってきてもらえる?」


 キョウやテイたちが宴の準備をしてくれているはずだった。ミルは素直にかけていった。その小さな背中を見送ってアシャはため息をついた。


(カタラって……小さくてもちゃんとカタラなのね。油断もすきもあったもんじゃないわ)


 そうしてできあがった料理を次々と運んで行った。他のマドラ族も集まってきたのか、がやがやと賑やかな気配が伝わってくる。


「はーい。もう一品できたよー」


 大量の蒸した芋に炒めた例の材料をあえて、アシャはほくほくと食堂に運んで行った。

 先に並べてある料理の皿を押しのけて大皿を置こうとすると、卓の上が真っ赤だった。


(あれ、こんな処に赤い布を敷いたかしら?)


 アシャはきょとんとした。いつの間にか、あたりが静まり返っていて。

 ぽた、と卓の下に雫がおちて水音が響いた。つんと、しぶい鉄の匂いが鼻をついた。


 それが滴り落ちるほどの赤い液体であることに、ようやくアシャは気付いた。

 しかもこの匂いは……血液?


「な、なに?」


 見ると、卓の反対側に、テイがうつぶせていた。

 テイは曲げた背を大きく揺らしてごふっとむせこんだ。さらに大量の鮮血が、手で押さえた口元から迸った。


 人間の体の中には、これほどたくさんの血液があるのだろうか。

 卓からあふれてこぼれ落ちる量をさらにどっと吐血して、テイはその場に崩れ落ちた。


 しばらく誰も、まったく動かなかった。





「テイ――――!?」



アシャの作った算楽問題、お時間に余裕のある方は、

線の上に20個の点を置いて試してみてください。

あっているはずです・・・多分←



最後までご覧いただきありがとうございました。

次回は第28話『アシャの決断』

宜しければまたどうぞお越しください(^^)

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