第26話 セレンの顔
アシャは唖然とした。
会ったばかりでいきなりすぎる。強硬に、一方的に、ここから出て行け、なんて。
(どういうこと?)
アシャは説明を求めて背後にいた二人を見た。
「彼はダレン。隣の長身がナタン、それからミルの兄のタレス。3人ともテイの親族だよ」
キョウが肩ごしに、こっそりと耳打ちしてくれた。
てことは、こいつらみんなマドラの王族なのか。アシャは納得した。
どうりで偉そうなわけね。
なによ、セレンの王族と陽の貴人の住まいに、平民がまぎれこんだら目障りってこと?
将軍が椅子にかけたまま、やんわりと説明した。
「ダレン。彼女はあまり人前に出せない理由があるのです」
「だったらなおさらだ。この屋敷に招き入れぬ理由にもなるだろう」
「困りましたねえ……」
将軍はあいかわらず、どこまで本気かわからない、ふうわりした態度だ。
まさか到着初日に、こんな騒ぎになるなんて。
アシャは途方に暮れて周囲を見回した。
キョウの立場が弱いのは分かる。マドラ族の捕虜なんだから。
だけど彼らの同族であるテイまでが。皆から離れてぽつんと立ち、誰とも目を合わせようとしないのはどういう事なのか。
(あの調子じゃ、普段から彼らとはろくに口きいてないわね)
テイの態度はまるで、『経』の街で初めてあった頃のような頑なさだった。とても助けは期待できそうにない。
しかも本来、一番たよりになるはずの将軍までが、ほとんどかばってくれないときている。
立場に触るのだろうか。それとも、ここで暮らすならこれくらい自分でなんとかしろってことなのかしら?
(だったら攻めるのみ)
アシャは正面に向き直って名乗りをあげた。
「あたしは、アシャ。十七番『経』の街の大熊亭からきた、地図師よ」
「……だから?」
意気込んだわりに、しらっとした空気が流れてアシャは焦った。
なにこのうっすい反応。
今まで地図と関わりがあると知れば、良い意味であれ悪い意味であれ、何かしらでっかい反応があったのに。
「娘、どうした。地図師だからなんだ?」
だからどうしたと言われても。
そういえば都への道中、将軍さまから聞いてたんだった。セレンの民はタイカとかいう本能で方向を知るから、まったく地図を必要としないんだって。
あれ。つまり、セレンの民って。この世で一番、地図師の出番がない相手なんじゃない?
やばい。もしかしてあたし、ここではまるっきりいらない子?
「その……知らないだろうけど、地図って重要なのよ。あなたたち、タイカが乱れることはないの?」
アシャは気力を奮い起こして、マドラ族の代表3人に問いかけた。
なにか自分と彼らの間に接点が必要だ。でないと話がここで終わってしまう。
せっかく、久々に地図が描けるところだったのに。目の前に紙も画材も、さあどうぞと揃っているのに。
(なにが悲しくて『南都』初日から閉めだされなきゃいけないのよ)
ここはなんとしても論破しなくちゃ。
みな一様に怪訝そうな表情をするのに、アシャはかまわず続ける。
「そんな目に見えない形のないものだけに頼ってて、あなたたち本当にいざって時にいきたい所に行けるの?」
「なにが言いたい?」
聞き返したのはナタンだった。長身で威圧感があるし、視線には刺すような凄みがある。最小限のわずかな言葉でも気合負けしそうだ。
まあ当然だわね。
彼らのごりっぱな本能にケチつけるなんて。場合によっては、侮辱と捉えられてもおかしくない事を言っているんだから。
「地図師は、地理に関するあらゆる情報を紙の上に表現するのよ。あたしなら、あなたたちがタイカで見ているものを地図に描ける。それができるから、ここに呼ばれたのよ」
はっと嘲笑するような声が上がった。テイと同じ年くらいの、ちょっとタレ目の少年。チリチリした巻き毛が長巾から覗いている。確か、名前はタレスといった。
「タイカは我々セレンの民が、母なる大地から賜った恩寵だ。そんなものを紙の上に暴こうなどと、冒涜もいいところだ」
他の3人も、その通りだという風にうなずいた。詰んだ、とアシャが説得を断念しかけた瞬間。
彼らとアシャの間に、すっとテイがわって入った。
(えええ、テイが前に!)
いつもぼーっと誰かの影に隠れているしかできないような奴が、なに急にどうしたのよ何かの発作?
アシャも驚いたが、同族の3人はもっと驚いた表情をしていた。
ああやっぱりこういう反応がくるってことは、テイって同族相手にもひきこもりなのね。
テイは、静かに、命じるような調子ではっきりと言葉を発した。
「アシャが言うとおりにするんだ」
その効果は抜群だった。
3人の態度から、ピリピリしていた警戒の色がすっと消えた。
「で、俺たちにどうしろと?」
「地図がどういうものなのか。口でいうより見た方が早いでしょう。あなたたちのタイカが感じてる世界を、私に教えて」
最初はとまどっていた様子だった3人は、アシャがいくつか質問すると、ようやく口々に説明し始めた。
こっちは強く引かれる、とか。むこうは柔らかい、あるいは抵抗がある、とか。それは地理情報ではなく、完全に感覚の世界だった。
アシャはそのひとつひとつを拾い上げ、紙の上にまとめることにした。
アシャの意図が伝わったらしい。一番年長らしいナタンが、流暢な陽の言葉で釘をさしてきた。
「仮にお前が完璧なセレンの地図を描いたとして。地図を持たない我々セレンの民が、それを理解できると思うか?」
「たとえばね。あなたが自分の顔を全く知らなくても。もしも他人の似顔絵を見せられたら、それは自分の顔ではないと気づくはずよ。たとえその目で見てなくても。馴染み親しんだものは、それがどんな形であるかはちゃんと分かっているものなの」
セレン山のなかのマダラ領の位置は、将軍からおおよそ聞いている。そこを中心に丁寧に色を乗せていった。
目も耳も閉じる。
見たもの聞いたものの情報からなる地図をあえて封じて、それ以外の感覚でとらえたもので描く。
たとえば匂い。触った感触。そして温かさ。
そういった感覚だけで地図を描くのは、アシャにとっても初めての試みだった。いつもより慎重に筆を運んだ。
そうしてできたのは、およそ地図とは呼べない代物だった。
彼らが好ましく感じる場所には赤。危険を感じる場所には黄色。避けたい場所には青。
水面に一滴おとした絵の具の広がりのような。波打ち際の波紋のような。幾重にも重なりひろがる色違いの帯がうねうねとのたうつ。
アシャがはらはらするほど長い時間、3人は地図をじっと眺めていた。テイまでが一緒になって覗き込んでいる。
そしてはっきり、ダレンは「なるほど」と言った。
「これは確かにセレンの顔だ」
どうにか認めてもらえたかしら。
アシャがほっとしたのもつかの間。
「俺は認めないぞ!」
タレ目のタレスが叫んだ。3人の中では一番年下。若いわりに偏屈ぽいというか、簡単には話が通じなさそうな顔をしている。
「こんな地図がなんだっていうんだ。陽の民なんて、弱いし鈍いし体力ないしすぐ死ぬし。俺たちと比べて何一つ大したことない。少しでも尊敬できるのはコロンくらいだ」
意外な名前を耳にしてアシャは驚いた。コロンというのは知る人ぞ知る、陽の天才算楽家だった。まさかマドラ族の口からその名が出るとは。
そういえば、テイも算楽の本に食いついていたのだと思い出し、アシャはニヤリとした。
(そうだった。あたしにはまだ、戦う手段があるじゃない)
地図がだめなら。
腕力でも体力でもまったく勝てない相手に対抗できるものといったら、あとはもう算楽しかない。
アシャは不満そのものといった表情のタレスに向かって威勢よく声をかけた。
「だったら算楽勝負よ、カタラ・セレンディラのお兄ちゃん」
最後までご覧いただきありがとうございました。
次回は第27話『算楽と宴と吐血』
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