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薔薇のセレンディラ  作者:
第二章 生命ある刺青
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第25話 マドラの挨拶

 最後の峠をこえたら、南都はもう目の前だった。


 高い城壁に囲まれた、ここまで通ってきた大陸南路の街をぜんぶ足したよりもさらに大きな都。中心部には貞女(テイジョ)川が優雅に流れ、広い通りいっぱいに華やかな店が軒を並べ、人も物もあふれんばかりだ。


(ああやっと、到着かあ)


 アシャは馬車の窓辺に肘をついて、流れていく都会の景色をぼんやり眺めていた。はじめての旅は見るもの聞くもの全てが珍しいが、地図製作を禁じられていてはゆっくり楽しむどころでない。


 今は、解禁がただ待ち遠しかった。


 アシャたち一行は、はるか山際にそびえる宮城を眺めながら街はずれへと道をすすんで行った。どれだけ離れても、山の斜面にそって幾層にも連なった壮麗な宮城のぴかぴか光る瓦屋根が見えている。


「うわあ……ちょう無駄ぁ……」


 ありがたさよりも、もったいない感の方が先にたつ。南都を地図におこせば、何割かはあの宮城が占めることになるだろう。

 そこまでの規模にする必要あったのかしらなんて乾いた笑みが浮かぶのは、しがない平民のひがみ根性だろうか。


 にぎやかな一帯を後にして、馬車はやがてだんだんと細くなる石畳の道に入っていった。遠くに見えていた山が、木の間がくれにだんだんと近づいてくる。半刻ほど走って、蔦がからまる石の門を通り抜けた。そこからまたさらに林道が長く続いた。


(さっき確かに門を通ったわよね?どんだけ広い敷地なのよ……)


 いい加減アシャがキレそうになった頃、ようやく林を抜け見晴らしの良い場所に出た。美しく手入れされた庭園の向こうに、真っ白な石づくりの屋敷が待っていた。


「今度こそ、着いたのよね」

「そうだよ。今日からのきみの住まいだ。ようこそ」


 キョウに手を支えられ、背負い袋を手に馬車から下りる。

 高い玄関をくぐりながら見まわすと、柱にも天井にも植物をあしらった流麗な彫刻が施されていた。朱塗りの柱や瓦や欄間彫刻からなる『陽』の建築とはまったく雰囲気が異なる。


 将軍さまの私邸というより、異国の世捨て人の離宮みたいなたたずまいだ。かなり古いけれど手入れは隅々まで行き届いている。


 ここをテイとキョウが二人で管理してきたのか……そして今日からはこいつらの時間かせぎのために、ほとんどあたし一人が担当するのね。

 こりゃあ想像以上に大仕事だわ!


 なだらかな坂になった屋敷の通路を、将軍を抱えたテイがすたすたと歩いていく。後ろをついて歩きながら、アシャは早くも仕事の段取りを組み立てていた。さっき都で見てきたどんな建物より美しい屋敷だ。できる限り現状を維持したい。しないと後が怖い。


「将軍さま、どうぞこちらへ」


 キョウが中庭に、籐で編んだ大きな背もたれのついた腰掛を置いた。テイが身をかがめて、将軍をそっとその上に座らせる。どうやらそこが、庭でくつろぐ時の定位置であるらしかった。将軍は長旅をようやく終えて、ほっとした様子で身体をくつろげていた。

 ふいに思い出したようにアシャを見て、


「私はこの後、夕刻までには宮城に出向かなければありません。そこでさっそくですがアシャ、あなたに地図を描いてもらいたい」

「なんなりとお申し付けください!」


 待ってましたとばかりにアシャは飛びついた。ここまでの道中、南都につぐ都会、10番『(コウ)』で画材屋めぐりをしてきた。あの時に仕入れたとっておきの戦利品が、今やっと火を吹くわ!


「あなたが『(タツ)』で描いた地図のほかに、もう何枚か違う趣向のものを帝にお見せしたいのです。たとえば今、馬車で走ってきた道。宮城からこの屋敷までの地図を描けますか?」

「もちろんです」


アシャは自信満々でうけおった。

 描けるかも何も、車窓からずっと外を見ていたのだ。道のりも地形もばっちり頭に入っている。


 アシャは背負い袋から、真新しい筆や絵の具を取り出した。テイが屋敷の中から卓をいくつか運び出してきて、将軍から見やすい場所に並べる。

 うきうきと紙を広げていたアシャは、ふと目の前に小さな顔があるのに気がついてびくっとした。


「わぁっ」


 小さな女の子が背伸びしながら、興味しんしんの様子で卓の上をのぞき込んでいた。頭にくるくる巻き付けた長巾の下から、豊かな黒髪がのぞいている。


「おや、ミル。久しぶりですね」


 将軍が声をかけると、名前を呼ばれた女の子は、大喜びでその足元に飛びついていった。


「おカエリなさい、将軍さま」

「お迎えありがとう、ミル」


 『陽』の言葉の発音がすこしなまっている。

 女の子に続いて、近くの林の中からわらわらっと人が集まってきた。その誰もが長巾に短衣に裸足といういでたち。アシャはごくっと息をのんだ。いよいよ出入り自由なマドラ族のおでましらしい。

 そしてミルと呼ばれた少女。顔立ちと背丈からしてまだ6つか7つくらいだ。


(まさかこんな小さな女の子までいるとは思わなかったわ)


 マドラがテイの同族というのは、こうして大勢が並んでいるのを見ると一目瞭然だった。

 漆黒の髪、長身で引き締まった体つき、整った目鼻立ちに相手を射貫くような強い瞳。個性はさまざまだけど、みなテイと良く似ている。

 モレイラ族はキョウしか知らないけど、比べると髪の色だけでなく、猛禽類と白鷺ほどに違いがくっきりしていた。


(人里はなれたお屋敷に、こんなにセレンディラばっかり集めて。将軍さまったら亜人の牧場でも作るつもりかしら?)


 アシャが呆れて眺めていると、3人の若者が集団から離れて将軍の前まで進み出た。相手に対して少しもへりくだっていない、堂々とした態度だ。


「みなさん、ながの留守をありがとうございました」

「それはかまわない。しかし、リールセン卿、あなたは一体なにを連れ帰ってきたのか?」


 ギロリと睨みつけられる。


(え、あたし?)


 いきなり一斉に視線を受けて、アシャは筆を握りしめたままピシッと固まった。

 頭がおかしい子扱いはわりと慣れているけど、彼らの態度は不審を通り越して、警戒や敵意をたっぷりと含んでいる。

 あ、あたしまだ、ここでは何にもしてないけど?


「……なにか不都合があるでしょうか。私のお役目に関わる娘なのですが」

「だったらあなたの城に連れていくべきだ。この屋敷には相応しくない」


 おそらくこの中では代表格なのだろう。見るからに頑固で生真面目そうな若者が、つけつけと言った。





「不愉快だ。すぐに追い出してくれ」




 

最後までご覧いただきありがとうございました。

次回は第26話『セレンの顔』

宜しければまたどうぞお越しください(^^)

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