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薔薇のセレンディラ  作者:
第二章 生命ある刺青
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第24話 キョウの提案

 キョウは毒と言わずにあえて薬と言った。

 つまり、後ろ暗いことしてる自覚はちゃんとあるってことね。

 アシャは内心で突っ込んだ。


 キョウがやたら憤ってるわけも、想像はつく。


 最初はテイにせがまれて嫌々はじめたことでも、あんまり上手くいかないものだから、段々とむきになってしまったのだろう。


 あげく毒を飲ませて、身体の回復力を奪って、そのすきに刺青を彫ってしまおうなんて。完全に目的を見失ってしまっている。


 第三者の無責任な気軽さで、アシャはすっぱりと意見した。


「そこまでしたら、やりすぎなんじゃないの?」


 キョウは憮然とした表情で、もうそうするしかないんだ、と訴えた。


「しかもカタラの身体はあっという間に耐性をつけて、どんどん薬が効かなくなってしまう。だから今ではもう……調剤するときに手が震えるくらい」

「毒性を強めてるってこと?」

「そうだね。強さでいえば『(タツ)』で井戸への投入用に準備されてた毒物以上かな」


 つまり街ひとつ壊滅可能な兵器まがいのブツを、テイ一人に使ってるってことね。そりゃ手も震えるでしょうよ。呆れてものも言えない。


 そんな毒物を、がばがば飲ませているキョウにも。そんな大量に服毒しておきながら、普通に生活しているテイにもだ。

 どっちも非常識にもほどがある。


「あと、もう少しで完成なんだ。そうしたら焼きつけの儀をして、刺青とテイの魂を結び合わせる。術に生命が宿ったあとなら、皮膚の上の刺青は消えてもかまわないから……」


 とはいえ、刺青が完成するのが早いか、テイが毒に倒れるのが早いか。

 毒を止めればこれまで彫った刺青はまた消えてしまい、おそらくもう二度と同じ手は使えないのだろう。


 かなり状況は厳しいのかキョウの口調は苦かった。


「ねえ。ちなみに、将軍さまはこのことを知ってるの?」


 それは二人にとって、一番聞かれたくない質問だったようだ。キョウもテイもずうんと気まずい顔になり、そろって首をふった。


「もし是非をお伺いすれば、確実にお許しにはならないと思う」


 だから、やるなら内緒で。ってことね。

 アシャは胸の前で腕を組んで、二人をしらーっと白い目で見た。

 ひとには違法だの報告しろだのえらそうに言っておいて、自分たちだって色々勝手にやっちゃってるじゃないの。


 アシャの冷ややかな視線を受けて、キョウが不本意そうに抗議した。


「言っておくけどぼくが頼んだんじゃない。テイがいくら断っても断っても断ってもしつこく頼んできたから、それで仕方なく始めたんだからね」


 いやねえ責任転嫁……と言いたいところだけど。


(本当に、テイが譲らなかったんだろうな)


 これもなんとなく想像はつく。キョウが根負けするくらいなんだから、テイのしつこさはよっぽどなんだろう。


 問題のテイはキョウの手からすり抜けて、再びぺたんと床の上に座り込んでしまっていた。


「テイ、これってあんたたち二人とも相当やばい橋わたってるわよ。どうしてそこまでして刺青を彫りたいのよ。まさか巫子になりたいってわけでもないでしょ?」


 よりによってカタラが。対極の存在であるハルタの役目である巫子になりたいだなんて。

 そんなの絶対ないと思ったから言ったのに、アシャの予想に反して、テイは黙ってはっきりこくりとうなずいたのだった。


「ええ? 本当に巫子になりたいの!?」


 また。こくん。話がぜんぜん前にすすまない。

 アシャはテイと会話するのをあきらめて通訳(キョウ)に向き直った。


「ごめん。ちょっと意味わかんないんだけど」

「ぼくだってそうだよ」


 これまですでに似たようなやりとりを散々にしたあげく徒労に終わってきたのか、キョウは完全にあきらめの表情だ。


「テイ、あんたね。いくら友達が巫子だからって、自分もなりたいだなんてそんな安易な……」

「そんなんじゃない」


 からかうように言ったアシャに、テイはむっとしたように首をふった。けれどもそれ以上、口を開く様子はない。明確な説明なんてテイに期待するだけ無駄なようだ。


「それで。どうなのキョウ、アルタトラが完成したら、それでテイは巫子になれるの?」

「……難しいことをはっきり聞くなあ……」


 キョウは困り顔で、頭痛をこらえるように額を押さえている。


 まあ、大事な将軍さまに隠し事しているんだから、心労だって半端ないんだろう。しかもキョウはマドラ族の捕虜って話だし。敵国の王族(テイ)に毒を盛ったら、普通その時点で首がとぶわよね。


「前例がないって言っただろう。最低限の資格は得たことになる。けど、素質はまったくないよ。これから行く場所には、マドラ族が大勢出入りしているから、その中にはハルタとカタラを兼ねる人もいるんだけど」


 テイは違う。そこまで言って、キョウは気まずそうな顔になって、ふうとためていた息を吐き出した。


 マドラ族ってことは、キョウの一族を攻め滅ぼした相手よね。テイとキョウとは友達でも、それ以外の人間は仇になるわけだから。

 さすがにみんな仲良くってわけにはいかないか。


「きみにここまで話をしたのは、大事な、聞いて欲しいことが二つあるからだ。一つは、テイに毒物をこれ以上与えないこと」

「ちょっと。なんで私がそんなことをするのよ」


 あんたじゃあるまいし、と言いかけたアシャを、キョウは細い眉をきりきりと吊り上げてにらんだ。


「きみ、大熊亭でぼくらに何をしたか忘れたの?」

「あれは単なる眠り薬だって!普通のお客さんに使ってるものよ。セレンディラには効かないはずでしょう?」

「いまのテイは普通じゃないんだよ。いくら毒に強くても不死身なわけじゃない。カタラのテイにとっても致死量限界ギリギリの量をいれてる。もうこれ以上は何が起こるか……」

「……わかったわよ。気をつける」


 アシャはしぶしぶ折れた。どうせ、宿からこっそり持ちだしてきた眠り香は、あっという間に見つかって取り上げられ手元にないのだ。


「もう一つは、屋敷に着いてからのことだ。色々考えてみたけれど、きみはとても役に立つ。たとえば、大人数相手の食事の準備は得意だね?」

「大人数って、なによ。将軍さまはこれから四人で暮らすって仰ってたわよ」

「そう。側仕えはぼくら二人だけだ。ただあの屋敷はセレンと『陽』の友和の場でもあるんだ。セレンから多くの民が、自由に出入りして過ごして良いことになってる」


 アシャはふうむと考えた。

 そうなると、食事をする人数が毎日決まっていない。突然、予告なしに大人数がやってくることもあるわけか。確かに宿の仕事に近い。


「体に麻痺がある人の介護もできるし、なによりぼくたちセレンディラを見てもいちいち驚かない。これは得がたいことなんだ」


 誉め言葉だかなんなんだか。畳みかけるように言うキョウの言葉をアシャは手を上げてさえぎった。


「もういいわよ、良くわかった。つまり、あんたたちの代わりに私にそのお屋敷の用事を任せて、浮いた時間を刺青を彫るのに使いたいってことでしょう」

「話がはやくて助かるよ」


 キョウはようやくほっとした顔になってうなずいた。

 それくらい切羽詰まっているってことね。アシャは頭の中でぱぱぱんっと算盤をはじいた。


 それが地図調査の助っ人をしてくれる交換条件と考えれば悪くない。ただより高いものはないんだし。その代わりその刺青が一段落したら、東に西にと寝る暇もないくらいこき使ってやろう。


「詳しい説明は南都に着いてからする。きみは部屋に戻るといい。暗いけど送っていく必要は……ないよね?」

「まあね」

「じゃあ、今夜はここまでだ」


 言いながらキョウは、兵士が私物を入れる箱の中から革でくるんだ細い包みを取り出した。カチャ、と筆の束のような音が聞こえた。


 もしかして、あれが刺青の道具なのかしら。

 好奇心がうずいてじっと手元を注視していると、キョウが皮肉な視線を向けてきた。


「……見たいの?」

「そ、そんなわけじゃないけど。こんな時間から彫るのかと思って。もう本当に遅いわよ?」

「夜中に木登りをしていたら、時間がなくなったんだよ」



 悪かったわね!















第9話の二人の会話に、やっとここで繋がりました。

完全に構成ミスで、書いた本人も忘れるくらい離れてしまった。くすん。




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