第13話 初対決
「どうぞ、座って。ゆっくり話しましょう」
将軍にうながされ、アシャは向かいあわせの椅子に腰をおろした。ふかふかしすぎてお尻の下が落ち着かないが、座り心地なんて気にしてはいられない。
先手必勝とばかり、先に口火を切ったのはアシャの方だった。
「あの、お調べを受ける前に私、以前からどうしても気になっていたことがあるんです。先にお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「駄目だ、控えなさ……」
「かまいませんよ。どんな質問ですか?」
無礼をとがめようとしたキョウを軽い手ぶりで制して、将軍はアシャにうなずいてみせた。アシャは意を決して、ずばりと問いかけた。
「どうして地図は禁じられているのですか?」
「どうしてと言われても……それで問題ないはずです。ほとんどの平民、旅人や商人に地図が必要ですか?公路図の方が実用的でしょう」
「それでは答えになっていません」
アシャは天と地ほどの身分差にもひるまず、きっぱりと言い返した。この質問ができる時を、その相手を、これまでどれだけ待ったことか。
「公路図より、地図の方がもっと正確に国のなりたちを理解できます」
「だからですよ。この陽の国は、常に危機にさらされています。城や砦の場所や、河川や山丘の位置。見る者によっては、描いてある地理すべては軍事情報となり、他国の者や、畏れおおくも帝に叛く者の手に渡れば大変な脅威となります。それゆえに、資格のないものが地図を持つことを、国は厳しく禁じているのです」
「……まあ、そんなこと私、夢にも思いませんでした!」
戦を知らぬ女子供にも分かるようにか、将軍はやさしい言葉で丁寧に説明してくれた。
アシャは両手でほほを包んで、大げさに驚いて見せた。そして内心で、ひっそり相手をなじる。
(……うそつき)
必死に学んだ異国語で、かつてアシャはイドリスの商人に地図をせがんだことがあった。商人は、おびえた表情であきらめろと首をふった。この陽へは、どこの国の地図もいっさい持ちこみ禁止。旅人も商人もみな、入国前にすべて手放してくる習わしだという。
以前うっかり持ち込んでしまった商人は、関の改めでイドリスの地図を発見されたとたん投獄されてしまった。何日も厳しい取り調べを受けたあと、ようやく疑いは晴れたものの、積み荷はおろか陽との商業権まで没収のうえ追放されてしまったらしい。
(機密を守ることが目的なら、他国の地図まで禁じる必要はないじゃない)
陽の民すべてから一枚残らず地図を取り上げてしまうほどの、なにかよほどの理由があるのだ。そして、目の前のこの食えない南都の貴人は、どうやらその正確な『理由』をちゃんと知っている。知ったうえで、そこまでアシャに教えるつもりはないと、堂々ととぼけているのだ。こと地図に関して外したことのないアシャのカンが、はっきりそう告げていた。答えははぐらかされたものの、その見当がついただけでも大きな前進と言える。
「納得してもらえたなら、次はアシャ、あなた自身の話を聞かせてください」
「私の?」
「そう。この地図はあなたのもので、あなたが描いたのだとキョウから聞きました。ならば、どうして描いているのか、そもそもいつからどうやって描けるようになったのか、そういう話をです」
アシャは面食らった。地図を描く以外はごくまっとうに過ごしてきたアシャは、今まで街の憲兵からだって取調べを受けたことはない。ただなんとなく、こういう時は相手からあれこれと質問を浴びせられるものだと想像していた。この将軍さまは、地図に関してと条件はつけながらも、アシャに自由に話せという。
「私もキョウから死刑の話を聞いて……もしかしてすぐ、捕えられたり罰せられたりするのかと思っていました。なのにどうしてそんな風に、私の話を聞いて下さるのですか?」
「死人からは何も聞けませんから」
将軍はにっこりと笑った。アシャを本気で取り調べ裁く気があるのか、小娘と侮って適当にあしらうつもりなのか、まったく真意が読めない。それともこれは、聞くだけ聞いてから死刑にするという脅しなのだろうか。
(だったら相手が欲しがりそうな情報をずっと小出しにしていけば、私の首はつながるのかしら?)
とっさにそんなことを考えたアシャの心をいともたやすく読んだように、将軍は左手の人差し指をたてて、さらりと釘をさした。
「次にお会いするときにはもう、お話する時間がとれないかも知れませんから。思い残しのないように、ね」
アシャはひきつった笑みを返した。なるほど。持っているネタはぜんぶ出して、今日この場で自分の身の潔白と利用価値を証明しない限り、あたしに明日はないってことね。やっぱりそんな甘くはないか。
「では、どうぞお聞きください。長い話になりますが……」
アシャは腹をくくって、今までの地図作りについて話した。
はじめたきっかけや、人目を忍びながら日々描き続けてきたいきさつ、養父に取り上げられた出来事などをとうとうと語りつづけた。ヨアンじいさんとの関わりも、すでに掴まれてしまっているようだから、すべて打ち明けた。そして、そこまで重い罪であるとは思いもよらなかったこと、地図を描くのは単なる秘密の趣味で、闇で売ったりしていないし、謀反につながったりする背景などまったくないことを訴えた。
アシャが話している間、将軍はいっさい口をはさまなかった。椅子の背に寄りかかり目を閉じて、ただじっと耳を傾けていた。
「……以上です」
アシャが言葉を切ると、将軍はぱちりと目を開いた。そのやや不満そうな表情を見て、アシャは話を終えるのが早すぎたかと焦った。しかし、相手が知りたがっていそうなこと、伝えるべきことはみな話したはずだ。
アシャがハラハラしながら反応を待っていると、将軍は何もかも見通しているような視線でアシャを見て、軽くため息をついた。
「理解しかねます。……今の話では半分ですねえ」