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我が君は花  作者: 秋月真鳥
我が君は花
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9.絵師探しと真相

 朝に政務に行く前にアッザームが身支度を終えて千里に告げた。


「今日は政務が終わったら、母上と一緒に兄上と姉上の霊廟にお参りに行って来る」

「気を付けて行ってらっしゃいませ」

「そのうち千里も連れて行きたいと思っておる。そのときには一緒に来てくれるか?」

「一緒に参ります」

「では、行ってくる」


 堂々と大股で廊下を歩いていくアッザームを見送った後で、千里はシャムスを呼んで作る本の相談をしていた。

 アッザームの乳姉妹ではあるがシャムスは家族ではない女性で、千里は髪を見せることができないので、頭には布を巻いている。月の帝国の正式な格好としては、目だけを出すような黒い衣装を纏わなければいけないので、日の国の出身として千里はしきたりを甘くしてもらっているような格好になっていた。


「本に挿絵があったらよいと思うのですが、絵を描けるものがいるでしょうか?」

「どのような絵ですか?」


 問いかけられて千里は自分が持ってきた物語の本をシャムスに見せた。日の国の絵は基本的にどの人物も同じ顔で描かれている。これは日の国の絵がそのような様式を取るというのもあったが、誰かに似せたりすると呪いがかかるという言い伝えがあったからでもあった。

 描かれている絵を見てシャムスが難しい顔をしている。


「人物画はこの国ではあまり描かれないのですよ」

「言われてみれば、皇太子殿下の宮殿にも、皇帝陛下の宮殿にも、肖像画はなかった気がします」

「人物画を描く風習がなく、幾何学模様で建物を飾るのが普通なのです」


 それでは本の挿絵を描くものを探すのは難しいのではないか。

 最初から壁にぶち当たってしまって、千里が困っていると、シャムスが助け舟を出してくれる。


「皇帝陛下の後宮ならば、太陽の国や蜜の国、日の国や他の属国から来たものがおります。その者の中に絵が描けるものがいるやもしれません」

「しかし、皇帝陛下の後宮には気軽に入れないでしょう」

「皇帝陛下の後宮には入れませんが、後宮と皇太子殿下の宮でハンマームを共有しているではないですか」


 シャムスの提案に千里はすぐに気付いた。ハンマームと呼ばれる大浴場は同性同士の社交の場ともなっている。そこで絵が描ける人物を探してみればいいのだ。


 これまでは皇太子の唯一の夫ということで、千里がハンマームに行くときには他の者たちは時間をずらしていたが、それをさせなければいいだけの話だ。ハンマームでは剃毛もするので刃物を持ち込める危険な場所ではあったが、千里はリスクを冒してでもそこに行く意味があると思っていた。


 できることならばアッザームの噂の真相も知りたいのだ。


 シャムスに聞くこともできたが、情報の少ない状況ではのらりくらりとかわされてしまう可能性が高い。

 千里は写本と製本の技術者探しをシャムスに頼んで、ハンマームに行くことにした。


 ハンマームの入り口では腰に巻く布とサンダルを渡されて、着ているものや持っているものは全部預かられる。ほぼ裸のハンマームの中で争いが起きた場合には、刃物や危険物を持ち込んでいると非常に危ないからだ。

 腰に布を巻いてハンマームに入っていくと視線が千里に集まる。


 太陽の国や蜜の国の出身者も色素が薄いものが多いが、千里のように肌理の細かな肌で、そばかすも染みもないものは少ないようだ。

 何より、皇太子のたった一人の夫がハンマームに来たということで皇帝陛下の妾の男性たちはざわついていた。


 三人目のアッザームを産んだ後で、子どもを生めない体になった皇帝は後宮には通っていない。妾の男性たちのほとんどは女性を知ることなく、体を持て余していた。

 そんなときに白い肌の美しい千里が来たのだから目の色も変わるだろう。

 自分に向けられる下卑た視線を無視して、もうもうと湯気の立ち込めるハンマームで千里は男性たちに語り掛けた。


「今、私は皇太子殿下のために本を作っている。この中で誰か絵の描けるものはいないか?」


 千里の言葉にハンマームの男性たちがざわめく。皇帝陛下は後宮へはお渡りにならない。皇太子殿下にお目通りが叶えば、取り立ててもらえる可能性があるかもしれないのだ。


「どのような絵ですか? 動物の絵を描くのは得意です」

「私は美男美女を描けますよ」


 声をかけて来た二人の男性は、蜜の国と太陽の国の出身のようだった。蜜の国の出身者は肌が白く、体が細身で背が高い。太陽の国の出身者は白い肌が日に焼けていて、体付きはがっしりとしていて背が高い。髪の色は蜜の国は淡く、太陽の国は黒や茶色など濃い色が多かった。


 話に聞いていた通りの外見をしている二人に、千里は挿絵を依頼することに決めた。


「数日後に物語を持ってくる。またハンマームで会えるか?」

「そのときに物語に絵を描くのですね」

「私が描いたと皇太子殿下にお伝えくださいね」


 野心があるのは悪いことではないと千里は思っていた。見返りを求めないものの方が御しがたいからだ。二人に必ず例はすると告げて、千里はハンマームで体を清めて皇太子の宮に戻った。


 皇太子の宮にはシャムスが二人の女性を連れて来ていた。女性二人は緊張して震えている。


「この者が写本をできる技術者で、こちらが製本の技術者です」

「仕事が終わったら私たちの首も取られるのではないでしょうか?」

「どうか、お許しください」


 二人が震えている意味が分かって、千里はシャムスに聞く好機だと感じ取った。

 今ならばシャムスも本当のことを口にするだろう。


「皇太子殿下は本当に閨事を教える男性を殺したのですか?」

「いいえ! そんなはずはありません!」

「では、何故その誤解を解かないのです?」

「それは……皇太子殿下が望んだことです」


 問い詰められてシャムスは語り始めた。


「皇太子殿下は閨事を教える男性が無理やりに褥に押し入ろうとしたので、剣で切りつけただけです。男性は腕に軽い傷を負いました。皇太子殿下はその男性を二度と見たくないと言って、異国に嫁がせるように皇帝陛下に言ったのです」

「それが何故、殺したことになっているのですか?」

「男性がいなくなった後で、男性の家族が自分の息子は殺されたのだと騒ぎだして……。皇帝陛下は家族に告げずに誰にも知られぬままにその男性を異国に嫁がせたのです。そのことで、家族に男性が殺されたのだと吹き込んだものがいるようで……。私たちもその者を探しているのですが、宮殿は恐ろしい場所、全く見つからないのです」


 アッザームはやはり閨事を教える男性を殺していなかった。

 しかし、誰かがアッザームの権威を落とそうとして噂を流したのには違いないようだ。

 千里はその相手が誰か考えていた。

 アッザームが権威を失って一番得をするものは誰なのか。アッザームを皇太子の座から引きずり降ろそうとしているのは誰なのか。


「これは皇太子殿下に対する反逆罪かもしれません」

「分かっております。それだけに、慎重に調べを進めているのです」


 広まってしまった噂は否定したところで、留まるところを知らない。否定しても、後ろめたいところがあるからそういうのではないかと勘繰られてしまう。

 アッザームの暗い噂を断ち切るには、噂を広めた犯人を突き止めることが必要だった。

 そのためには、内密に調べを進めていくしかない。


「シャムス様、今後も調べを進めてくださいますか」

「もちろんです」

「その結果を私にも教えてくださいませんか?」

「どうして……千里様に?」

「私は皇太子殿下の夫。妻の汚名を晴らすのは夫の役目です」


 力強く言えばシャムスが深く頭を下げる。


「皇太子殿下のお相手が千里様でよかった……。このシャムス、命を懸けて調べにあたります!」


 シャムスの言葉を聞いて千里は「よろしくお願いします」と頷いていた。

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