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我が君は花  作者: 秋月真鳥
我が君は花
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4.三日目の昼

 昼食を一緒に食べるとアッザームから申し入れがあったのは、床入りから三日目の朝だった。

 アッザームが部屋に来るのでその日は午前中から千里は部屋を整えていた。検分役が部屋に入って危険なものがないかを確かめる。千里が持って来ていた懐刀も全部取り上げられてしまった。


 日の国から月の帝国までの道のりは決して平坦なものではない。途中海賊や盗賊に襲われて、男性の千里は体を貪られる可能性もあった。海賊や盗賊は男性と捉えると自分たちで貪った挙句に、男性だけの花街に男性を売ってしまう。

 売られれば自分の意思で生きることができなくなると分かっていたので、千里はその前に自害するように母から言われていた。


 そのときに持たされた懐刀なので、必要がないと言えば必要はなかった。


 昼にやって来たアッザームは子猫のカグヤを見て喜んで鈴の付いた猫じゃらしでカグヤと遊んでいた。遊び疲れたカグヤが眠ってしまうまで、アッザームはずっとカグヤと遊んでいた。


「カグヤは母に捨てられたのか。私と同じだな」

「アッザームは皇帝陛下に捨てられたとお考えなのですか?」


 皇帝陛下がアッザームを大事にしていて、甘やかしているという噂は日の国にまで届いている。皇太子であるアッザームが男性を拒絶するので、ようやく受け入れた千里だけを夫にしているのが許されているのも、皇帝陛下の優しさだと千里は思っていた。


「母は、亡くなった兄と姉のことばかり考えている。私は後継者だから大事にするが、私に帝位を譲った後は兄と姉を供養して生きていきたいと思っているのだ」


 私には母は後継者としてしか興味がない。


 ぽつりと呟くアッザームの声に寂しさが滲んでいて、千里はアッザームの手に触れる。握った手はしっかりとして、皮が厚く、鍛錬した痕が残っていた。

 皇帝としてアッザームは騎士たちを導いていかなければいけない立場にある。剣術も鍛えているのだろう、千里の柔らかな手とは全く違った。


「アッザームのお父上はどなたなのですか? その方はアッザームと会っているのですか?」

「分からぬのだ」

「お父上が分からない?」

「母は姉を失ってから、どんな男でもいいから自分を孕ませる相手を探した。時には複数の男を褥に招いたというのだ。それで生まれたのが私だから、母は相手が誰か分かっていない。一応、形式上の父親は選ばれたのだが、その者は皇太子の父という地位にしか興味がなくて、私自身には興味がない」


 母である皇帝陛下は亡くなった皇子と皇女のことしか考えていなくて、父親も正確には誰か分からない。そんな状況ではアッザームが寂しかったのも仕方がないだろう。

 何より、父親とも触れ合っていなかったのならば、アッザームは完全に男性とは切り離された生活をしていたことが千里には分かった。

 男性を全く知らずに過ごして、急に男性と褥を共にしろと言われたら抵抗があるのはどうしようもないだろう。


 握っている手が冷たくて千里はアッザームが警戒しているのを感じる。

 手を離すと、アッザームは軽く息を吐いた。


「触れていいとは許しておらぬぞ」

「申し訳ありません。アッザームがあまりにもお寂しそうだったので」

「私は寂しくなどない。私は憤っておるのだ。母とこの世界の理不尽に」


 強がるアッザームだが、千里にはまだ十五歳の少女に見えた。どれだけ体格がよくても、千里よりもがっしりとしていても、アッザームは十五歳なのだ。


「千里、そなたは幾つになる?」

「私は十八です」

「なにぃ!? 私と同じくらいかと思っておった」

「十八ですからもう背は伸びませんね。アッザームの方が背が高くなるでしょう」


 故郷でも女性と男性の体格差はほぼなかったが、外を歩き、日に当たる女性の方が男性よりも逞しく見えたものだ。男性はこの世界では色白で、日に焼けていない方が美しいとされていた。


 色素の薄い千里を見て初夜でアッザームが驚いたように、色白なのが月の帝国でも好まれるようだ。


「千里、少しでいい、昨日の物語の続きを聞かせてくれぬか?」

「それが目的でしたか」

「どうにも気になって勉強や剣術に身が入らぬ」


 昼食を共にしたいという申し出は、昨夜の船乗りの女性の物語の続きが気になってのことだったようだ。

 アッザームが昼食を食べている間に、千里は本を広げて読み始めた。


 故郷に帰った船乗りの女性だったが、再び冒険がしたくなって船を出す。しかし上陸した無人島に置き去りにされてしまう。その島に生息している巨鳥を利用して逃げ出そうとするが、ついた先はダイヤモンドが転がり、蛇が大量にいる場所だった。

 逃げ場を探していると、生肉が落とされる。生肉にダイヤモンドが食い込んで、それを巨鳥に拾わせてダイヤモンドを採取する仕掛けだったようだ。船乗りの女性はダイヤモンドをかき集めると、肉に自分自身を縛り付けて脱出を果たすのだった。


 語り終えるとアッザームは目を輝かせて身を乗り出している。


「その女船乗りはとても勇気がある。そんな冒険がしてみたいものだ」

「アッザームも冒険に出かけたいのですか?」

「千里の話を聞いていると、そんな不思議な島があるのならば見てみたいと思う。巨鳥も見てみたいぞ」


 興味津々のアッザームに千里は提案してみることにした。


「巨鳥は見られませんが、鷹ならどうですか?」

「鷹をどうするのだ?」

「鷹で狩りをするのです」

「鷹狩か! それならばできる!」


 鷹狩を提案するとアッザームはやる気になっている。


「千里は留守番をさせることになるのだが、よいのか?」

「皇帝陛下と行ってらっしゃったらよろしいのではないですか?」


 皇帝陛下も決してアッザームが可愛くないわけではないと千里は思うのだ。皇帝陛下とアッザームの間に生じた誤解も解かねばならないと千里は考えていた。


「母上は鷹狩に来てくれるだろうか」

「お誘いしてみたらいかがですか?」

「千里がそう言うのならば」


 素直に頷いたアッザームに千里は微笑みかけていた。

 アッザームが食事をしている間に千里は本を読んでいたので食事をし損ねてしまった。

 残っているご馳走をアッザームが部屋を出てからも下げさせずに、箸で食べていると、アッザームが戻って来て千里が持っている箸に目を付けた。


「それは何だ?」

「日の国では、食事はこの箸と呼ばれる棒でするのです」

「そうだったのか。千里は素手で食べるのが苦手だったのか」

「苦手というか、慣れておりませんね」


 千里が説明をすると、アッザームは深く頷く。


「それならば、今後も箸を使って構わぬ。私にも使い方を教えてくれるか?」

「よろしいですよ」

「夜には物語の続きを読むのだぞ!」


 それを言いに来たのだと分かると、千里は笑ってしまった。


 夜に向けて大浴場に行くと、大浴場が封鎖されていた。

 どうするべきか考えていると、護衛が頭を下げる。


「皇帝陛下の側室が今、ハンマームを使っているのです」

「私も皇太子殿下がおいでになる準備をしなければいけないのです」

「少々お待ちください」


 皇帝陛下の側室と皇太子の夫の千里では身分が違うのだろう。それでも、千里はたった一人の夫なのだから、重要視されてしかるべきだろう。


「皇太子殿下の夫の君がいらっしゃるとは思っておりませんでした」


 見目の良い月の帝国の容貌の褐色肌に黒い髪の男性は、千里のことを睨み付けるようにしながら告げて来た。謝っている様子もないが、千里は気にしないことにして大浴場に入ろうとした。


「殺されない手管を教えて欲しいものですね」


 すれ違うときに言われた言葉に千里は弾かれたように皇帝陛下の側室の男性を見る。

 皇帝陛下の正室は始めに生まれた皇子が亡くなった時点で部屋に閉じこもって出て来なくなったというから、妾の中から皇帝陛下と褥を共にしたものが側室として取り立てられているはずだった。

 妾の中で皇帝陛下の手が付いただけで、子どもができたわけではない。

 それならば、皇太子のたった一人の夫である千里の方が地位は高いはずだ。


「その話、詳しく聞かせていただけますか?」


 自分より背の高いその皇帝陛下の側室に、千里は向き直った。

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