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我が君は花  作者: 秋月真鳥
我が君は花
11/59

11.アズハル様の夜這い

 アッザームと共に過ごす褥では、千里はたくさんの物語を読んで来た。

 アッザームは複数の男性に女性が好かれてハーレムを作るような物語は好きではなくて、男女が共に一途に思い合う純愛物が好きなのだと千里にも分かって来た。


「今日はどんな物語を読んでくれるのだ? 今週はやっと政務が片付いて千里と過ごせるようになった。楽しみに待っておったのだぞ」

「今日はとっておきの物語を読みましょう」


 絨毯の上に胡坐をかくアッザームの隣りに正座をして、千里は本を広げた。

 今日は太陽の国から伝わった物語だ。


 太陽の国の一都市に二つのいがみ合う家があった。

 二つのいがみ合う家の跡取り息子と、跡取り娘が、仮面舞踏会で出会ってお互いの身分を知らぬままに恋に落ちる。

 若い二人は自分たちの家のことを知っても止まることができずに、結婚式を挙げてしまう。

 しかし、二人は引き裂かれて、跡取り息子は金持ちの家の女性と資金援助をすることを条件に結婚させられてしまう。

 結婚を嫌がった跡取り息子は、跡取り娘の親友に伝言を託して、偽の毒薬を飲んで仮死状態になる。

 伝言が届かなかった跡取り娘は愛する跡取り息子の死を知って、その場で毒を飲んで死ぬ。仮死状態から目覚めた跡取り息子もまた愛するひとが死んだのを知って命を絶つのだった。


 読み終わったところでアッザームの金色の目が潤んでいることに気付いた。千里は手を伸ばしてアッザームの頬を撫でる。アッザームは千里の胸にもたれかかるように体を預けた。


「なんで死んでしまうのだ……。生きていれば、共に逃げられたのに」

「太陽の国では悲劇が流行っていたようです」

「二人が生き延びる道はないのか? 伝言が間に合って、仮死状態の男が目覚めるのを待って、二人は街を飛び出して旅立つのだ」

「そうなるといがみ合っていた二つの家も仲直りができそうですね」

「二つの家も仲直りをして大団円だ」

「それでは、そのように本を書き換えますか?」


 千里が問いかけると、目を潤ませていたアッザームは表情を明るくして答える。


「そうしてくれ。新しい本が出来上がるのを楽しみにしておる」


 寝る前の本を読む楽しい時間が終わって、寝台に入ろうとしたろころで廊下の護衛が騒ぎ出す。何事かとアッザームを守るように千里が廊下に顔を出すと、護衛は千里よりも背の低い少年を捕まえていた。

 姿を隠すように黒い衣装で目元以外を見せない少年は、どこかの高貴なお方のようだ。


「離せ! 我に触れるでない!」

「その方を離して話をさせてください」


 護衛に押さえつけられた少年を連れてアッザームの前に突き出すと、アッザームはその少年を知っていたようだった。


「アズハル! 何故ここに来た!」

「は、母上が……本来のアッザーム様の正室は私だから、私が褥に行くべきだと……」

「そなた、夜這いに来たのか!?」


 震えながら答える少年は、アズハルという名前だった。


「アッザーム、もしかして、この方が?」

「私の従弟だ」


 僅か十一歳の息子を皇太子の寝室に送り込むとはどうかしている。千里は頭がくらくらする思いだった。

 強がってはいるがアズハルは震えていて、涙目になっている。


「アッザーム様の夫は私になるはずだった……」

「まだあなたは幼い。結婚できる年ではないでしょう?」

「馬鹿にするな! 私はもう十一だぞ!」

「十一は幼いのです。日の国では結婚は十六からしかできません。子作りは十八から二十から始めるのを推奨されております」

「な、何故だ!? 若いうちから産む方がよいのではないか?」

「いいえ、そんなことはありません。若いうちの妊娠、出産は体に負担をかけるのです」


 ゆっくりと穏やかに諭して行くと、アズハルは千里に縋り付いて泣き始めた。体は若干大きめだがまだ十一歳なのだ。閨事を無理矢理に押し付けられそうになって怖かったに違いない。


「アズハル様、護衛にご自宅まで送らせます」

「それでは、母が納得せぬ」

「納得します。皇太子殿下が新しい法律を作って、低年齢の結婚を止めるようにするからです」


 目線を合わせてゆっくりと話しかけると、アズハルの黒い目からほろりと涙が零れる。


「私は、母に怒られずに済むのか」

「平気ですよ。もしもアズハル様も皇太子殿下の夫となることがあれば、そのときには共に皇太子殿下を支えましょう」

「そなた、名前は?」

「日の国の橘家の千里と申します」

「千里……ありがとう」


 泣いている子どもにこれ以上罪を問うことはできないと、アッザームも理解したようだ。アズハルは護衛に送られて自宅まで戻って行った。


「千里、助かった。アズハルを傷付けることなく帰すことができた」

「これからはアッザームの仕事に御座います。しっかりと法令を敷いてください」

「分かった」


 騒動も治まったところで、千里とアッザームは寝台に入って休んだ。

 眠っている間に猫のカグヤが枕元に来て一緒に眠っていたが、誰もそれを咎めることはなかった。


 翌日には審議が行われて、国中にお触れが出された。


 男女問わず結婚の年齢は十六歳以上とすること。

 子作りをする場合には、女性が十八歳から二十歳になってからを推奨すること。


 法令の成立に反対する貴族もいたようだが、それはアッザームと皇帝陛下が黙らせた。今やアッザームと皇帝陛下は共に政治を行う同志であり、仲のいい母娘であった。


 過去にアッザームとすれ違っていたのも、皇帝陛下自身が誰にも顧みられることなく、愛情を注がれることなく、娘に愛情の示し方を知らなかったからに他ならなかった。愛情の示し方を知った皇帝陛下はアッザームに愛情を注いでいたし、幼い頃からの愛情を取り戻すようにアッザームはその愛情を受け取っていた。


 アズハルの夜這いは千里も驚いたが、それ以降アズハルが来るようなことはなくて安心していた。


 アッザームの来られない忙しい日々には、千里はアッザームのための本を作る。千里の語った結末を変えた物語を写本する技術者が写本して、製本する技術者が製本して、ハンマームで皇帝陛下の妾に挿絵を描いてもらって完成させる。

 完成した本は月の帝国の言葉で書いてあって、アッザームも読めるようになっていた。


 皇太子の宮に客人が来たのは、夜這い事件から数日後のことだった。

 客人がアズハルだと聞いて、千里は特別に会うことにした。


 護衛に囲まれた部屋の中でアズハルは顔を隠す黒い布を外して、服の上に来ている黒い衣装も脱いだ。

 薄手の美しい刺繍の入ったシャツとズボンを着ていて、黒髪に黒い目に褐色の肌のアズハルは、どこか面立ちがアッザームと似ている少年だった。


「千里様の言うことは本当になりました。帰ったときには母は失敗を咎めたけれど、翌日には新しい法令が出て、母は何も言えなくなりました」

「アズハル様は怖かったのではないですか?」

「皇太子の宮への抜け道を教えてもらいましたが、一人で行くのはとても怖かった……。心細かった」


 震えているのは十一歳なので仕方がない。

 お茶を淹れて茶菓子も出すと、アズハルはお茶を飲んで少し落ち着いたようだった。


「日の国のひとは、皆、千里様のように穏やかなのですか?」

「日の国にも色んなものがおりますよ。ただ、知識を付け教養を身に着けたものは、訳も分からず怒鳴り散らすようなことはありません。話をすれば状況が理解できると分かっているからです」

「そうなのですね。私は日の国に嫁がせてもらえればいいものを……」


 皇太子の従弟ということで正室になることを望まれているアズハルは、国外に嫁がせてもらえるというようなことはとても無理だった。それが分かっているからこそ、遠く夢見るような目で呟く。


「アズハル様……」

「言っても仕方がないことを言いました。千里様、先日は本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」


 例えアッザームが皇帝になったのちにアズハルが後宮に入ることになっても、アズハルは千里を敬う。そう誓ってくれた十一歳の少年に、千里も姿勢を正して頭を下げた。

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