400話記念話13 魅惑のチョコレート4
400話記念話13 魅惑のチョコレート4
「ゆ、有美!? えと、とりあえず落ち着いて!?」
「うぅ……らって、らってぇ……っ」
こんなに弱々しい有美を見るのは、初めてかもしれない。
寂しがりやで、甘えんぼで。そんな彼女だけれど、喧嘩などをせずいつも求められた分以上の好きをあげていたからか、ここまでグズグズに崩れてしまうことは本当に一度もなかった。
だからかーーーー有美の初めて見るその泣き顔に、動機が治らない。
「有美を捨てるなんて、そんな。そんなこと、絶対にしないよ。有美がいなくなったらむしろ、俺の方がおかしくなっちゃいそうだし……」
「ほんと? 嫌いじゃない?」
「大好きだよ。ずっと好きなままだって」
ぐすっ、ぐすっ、とまだ涙が止まらない様子の彼女を、そっと抱く。
これも、やっぱりお酒のせいなのだろうか。俺がどれだけ有美のことを好きで、大事にしていて。どれだけかけがえのない存在だと思っているのかは、何度も伝えてきたつもりだ。そこに対しては、一抹の不安だって与えてはいないはず。
だからきっと、普段からそのようなことを心の底では考えていた……とは、思いたくない。というか、状況を考えれば、お酒のせいでほんの少しのネガティブ感情があっという間に増幅し、「捨てられる」という着地点に辿り着いてしまったのだろう。典型的な泣き上戸だ。
(まさか有美が、こんな酔い方をするなんて……)
お酒に強そうな子ではない。だから弱いことそのものにはそこまで驚くことはなかったし、幼い言葉使いになってしまうのもなんとなくそういうものなのだなと理解はできた。
しかし、流石にこれは予想外だ。まさかいきなり泣かれるなんて思いもしなかった。
「かんじぃ……行っちゃやらよぉ」
「どこにも行かないよ。ずっと隣にいるから」
「……わらひのこと、好き?」
「もちろん。有美より好きな人なんていない。有美が一番だよ」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃない」
「絶対……?」
「絶対」
あの有美でも、こんな表情をするのか。
こんなに不安そうなのは、一緒に受験の結果発表を見た時以来じゃないだろうか。いや、もしかしたらあの時以上かもしれない。
「ソファーに戻ろっか。水は後で、落ち着いてから取りに行こう。それまで、俺に何してほしい? なんでもしてあげるから」
けど、少しずつ。俺と言葉を交わしていくにつれて、流れる涙の量が減っていく。
まだ身体は少し震えているし、目だって赤い。完全に落ち着くまでにはまだもう少しかかるかもしれないけれど、付き合う相手が有美ならばこれっぽっちも苦じゃない。
「……いっぱい、甘えたい」
「いいよ。どんなふうに甘えたいの?」
「すんっ……ぎゅっ、いっぱい。あと、なでなで……」
「お安い御用だよ。他には無い?」
「す、好きって……いっぱいいっぱい、言ってほしい。今日はもう、ずっと……少しだって、離れたくない」
「分かった。有美のしてほしいこと、俺が全部叶えるから」
お酒は、感情を増幅させる。
お酒は、その人の本性を呼び起こす。
自分のことを好きでいてほしい。甘えたい。離れたくない。有美が俺に対して思ってくれていたことは、どれもこれも彼氏冥利に尽きるものばかりだ。
側から見ればきっと有美の酔い方は決していいいものではないし、面倒臭いとも言われてしまうものかもしれないけれど。
彼女の感情の向く先が俺であったならーーーーそれは、とても幸せだと思った。
「ね、有美」
「なあに?」
「二十歳になって、お酒が飲めるようになってもさ。飲むのは俺の前でだけにしてね。俺なら……いつまででも、介抱するから」
「……うん」
その時、有美はまた今日のように泣きじゃくってしまうかもしれないけれど。
ーーーーその日を、二人で迎えられたらいいな。




