400話記念話10 魅惑のチョコレート1
400話記念話10 魅惑のチョコレート1
「ねぇ有美、チョコ食べない?」
「……チョコ?」
急に、寛司がそんなことを言い出した。
夏休みも終わり、新学期が幕を開けて少し。放課後に寛司の家に寄って、一緒に夜ごはんを食べて。今日は泊まりだからとのんびりしていた午後九時に。
「こんな時間に甘いものなんて食べたら太るでしょ。いらない」
「まあまあそう言わず。とっておきのがあるんだよ」
ふふんっ、とどこか勝ち誇ったような様子を見せる寛司に、ムッとした感情が芽生える。
コイツは知らないのだ。女子というのがどれだけ太りやすいのか。
本人は食後のデザート感覚で軽く捉えているのかもしれないけれど、流石にこの時間にチョコはダメだ。とっておきだかなんだか知らないが、私は絶対に食べなーーーー
「この間、親の知り合いがベルギーに行ってたらしくてさ。そのお土産なんだけど……」
「べ、ベルギー!?」
つい反応してしまってから自分でそのことに気づき、はっとなって口元を押さえる。
ベルギーといえばチョコレートでかなり有名な国だ。具体的なのは忘れてしまったが、高級チョコレートのブランドなんかも何個かあった気がする。
そしてそんな、恐らく高級なチョコレートの絵面を想像する私に対して。寛司が持ってきた箱は……
「な、なんか高そう……。これ、本当に貰っちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。うちには甘いもの好きはいないし、何より『有美ちゃんと食べて』って両親から手渡されたやつだしね」
「むむ……」
なんだろう、めちゃくちゃ断りづらい。
というか食べたい。こんなに高級そうなチョコ、そうそうお目にかかれないし、何より絶対美味しいに決まってる。
でも、今はもう立派な夜。血糖値や諸々のことを考えるなら甘いものなど厳禁な時間帯だ。
「そんなに気にしなくても大丈夫だよ。有美は毎日ちゃんと運動してるし。なんならどうしても気になるっていうなら、その分俺も一緒に運動するからさ」
「へっ!? そ、それって、そういう……」
「?」
「い、いや! なんでもない!!」
それだというのに、コイツは。
大体なんだ、今のは。食後の夜に運動に付き合うなんて、そんなの絶対″そういうこと″に決まって……
「有美? なんか顔赤いよ?」
「アンタのせいでしょ!?」
「お、俺の? なんか変なこと言った?」
「ああもう、分かんないならいい! なんかその感じだと私が変みたいでしょ!?」
逆ギレする私に未だはてなマークを浮かべている寛司の頭をひっぱたきそうになりながらも、改めてチョコの箱を見つめる。
黒と金で配色された、どこからどう見ても高級感の溢れる箱だ。そのうえ端に結ばれた真っ赤なリボンもなんとも海外らしい。
というか、私はこのチョコのブランドを知っていた。前々からいつかは食べてみたいなと憧れていたものだ。
「……」
す、少しくらいなら……。
そうだ、別に何も一箱丸ごと食べるってわけでもない。寛司だって一緒に食べるわけだし、どれだけ食べても一箱の半分だけ。それくらいなら、この後″運動″に付き合って貰えば充分に消費できるカロリーな……はず。多分。
一度甘えた考えがよぎると、もう私は駄目だった。
「分かった。けど、本当に運動、付き合ってよ? その……勝手に寝ちゃったりしたら、許さない……から」
「っ! やった、じゃあこれに合いそうなホットミルク作ってくるね。食べた分はいくらでも、後でたっぷり運動しよ!」
「い、いくらでも!? たっぷり……」
一体、何回するつもりなのだろう。
色々と想像してしまった私の顔には、みるみるうちに熱が集まってきて。寛司がホットミルクを持って再び部屋に戻ってくるギリギリまで、熱が引くことはなかった。




