396話 二人きりの時間1
396話 二人きりの時間1
「ねぇ、本当によかったの? お母さん達のところ行かなくて」
「いい。連絡入れたし」
誰もいないーーーー静かな廊下を、寛司の手を引きながら歩く。
不思議な感覚だ。いつもはどこの教室も騒がしくて、廊下にだって人が溢れているのに。今はほとんど全員が外にいる。
両親はこの体育祭を見にきているのだが、お昼は一緒にはとらないと事前に言ってある。だから漫画のように両親が大きなお弁当を持ってきてそれを家族みんなでーーーーというスタイルではなく、左手で持っているのは、いつも通りの私お手製一人用サイズだ。
「そういう寛司は? ちゃんと連絡入れたの?」
「あはは。寛司は行かないの、じゃないんだね。行くって言っても絶対逃してくれなさそう」
「何? 私と二人きりは嫌?」
「まさか。まあ兄さんは寂しがってたけどね」
「う゛っ……」
寛司のお兄さん。夏休み期間はほとんど毎日のように寛司の家に行っていたわけだから当然会ったことはある。ご両親に挨拶するときにもいた。
(正直苦手なのよね、あの人……)
お兄さんは寛司の四つ年上で、現在は大学二年生。なんでも同棲している彼女さんがいるらしく、あまり家にいることはない。
そして……寛司と同じ血統を色濃く感じさせるイケメンだ。
「あとで会って挨拶だけでもする?」
「……しない。私があの人苦手なの、知ってるでしょ」
別にお兄さんに何をされたわけでもない。むしろとても良くしてくれたし、『彼氏の兄』としてはとてもいい人な部類に入るのだろう。
しかし、ダメだ。どうしてもあの人の子は好きになれない。
だってーーーー
「お兄さんと寛司が同じ場所にいると、なんか寛司が二人いるみたいな感じがする。だから、嫌」
あの人は、寛司とあまりに似すぎている。
外見がじゃない。いやまあ、当然そこも顔つきとか色々似ている点はあるんだけども。それよりも性格面で、変に気遣いができすぎるところや優しすぎるところ、変化に敏感に気づくところなどなど。あれなら大学で同棲まで行く彼女さんがいても納得だ。
「有美は俺が二人いちゃ嫌なの?」
「普通に嫌でしょ。私が好きなアンタは一人いてくれれば充分だし」
「……へ?」
「あっ……」
しまった、言い過ぎた。
己の失言に気づくと、みるみるうちに顔に熱が集まっていく。私はそれを気づかれまいと、歩くペースを上げた。
今日は朝から動きっぱなしだ。
日課の朝のランニングに加え、クラス対抗競技では短い時間とはいえ何回も試合をして。脚には疲労が溜まっているし、何より……寛司と二人きりの時間が全然取れなくて、辛かった。
きっと午後だってそうなるだろう。特に私と寛司はリレー競技なんかにも出るし、ゆっくりとした時間は中々取れない。だからお昼休みとして用意されたこの時間が、体育祭中で唯一取れる時間だ。
(せめて、この時間だけは……ずっと一緒に、二人きりでいたいな……)
「と、とにかく! 昼休み中は私のそばにいて。絶対離さないから!」
「ふふっ、相変わらず甘えんぼだね。有美は」
「そ、そそそういうんじゃ……ない」
まだ廊下だというのに頭を撫でてこようとする手を、一瞬躊躇しながらも払いのけて。目的地である一年三組の教室が視界に入ると、マラソンのゴール前のように。無意識下で、さらに歩調を加速させたのだった。




