394話 三十秒3
394話 三十秒3
『勇士には、他人とは違う部分を磨いてもらいます。この一ヶ月間、それとそれを輝かせるためだけの技術を教え込むね』
時は遡り、一ヶ月前。
寛司は特訓初日、俺にそう言った。
なんともまあ突拍子のないことを言うなぁと思ったものだ。他人と違う部分を磨くって。一体何を教える気なのだろう、と。
『なんだよそれ。他人と違うって……なんか俺に特別な才能があるとかか?』
『あはは、残念だけどそんな特殊なものじゃないよ。他人と違うっていうのは、他人が学ばないことって意味。勇士だけにできる特別なことじゃなくて、誰でもできるけどそれを磨こうとはしないもの』
『……? なんだよ、それ』
『まあ習うより慣れろだ。早速教えるから、どんどん数をこなして磨こうか』
(力は……百パーセントじゃなく、七十パーセント……)
田辺のパスを一度トラップしてシュートモーションへ、なんてのんびりと時間を使っている暇は無い。それでは、二人が生んだこの意表に意味がなくなってしまうから。
荒々しい言動とは裏腹に、俺の足元ドンピシャへ優しく転がるボールがミートポイントに来るまで、あと一秒か……二秒か。その短い間隔の間に、右脚を振りかぶる。
俺のような付け焼き刃で挑む人間は、ただ人が通る道と同じ所を駆けても、良くて追いつくだけ。それではマイナスがゼロになるのみで、ゴールを生む存在という″特別″にはなれない。
だから寛司は俺に、人が練習し、上達していく過程で捨てていくこれを教えた。
(ポイントはボールど真ん中。指の先に力を込めてーーーー当てる)
一瞬、世界がスローに見えた。
キーパーと目が合う。俺がシュートマーシャに入っているのを悟られ、瞬時に両手を広げた構えへと移り始める。
ああ、凄いな。きっとあの反射神経は、普段から毎日何時間も部活をこなしていくうえで培い、手に入れた努力の結晶なのだろう。
俺なんかじゃ、そうして得られたものは簡単には越えられない。正攻法では……越えられない。
「いっけぇ! ゆーしーっっ!!!」
腰から太ももへ。太ももからふくらはぎへ。ふくらはぎから膝下、そして足先へと。大好きな彼女さんの声援と同時に込められた足先の力を円心力とともに、放つ。
「ーーーーっらぁ!!!」
伸ばし切った親指と人差し指の先端部位をボールのど真ん中に直撃させて放つそれは、細かいコントロールなど度外視の一撃。曰くーーーートウキックと呼ばれる、多くのサッカープレイヤーから捨て去られた、諸刃の剣。
誰もが初めはそれを持っていた。しかしシュート精度を追い求めると、やがて蹴る部位はつま先からインステップへ。練習を積んだものはコントロール力を上げた状態で、トウキックと並んだ威力を獲得していく。
だからこれを、寛司は″誰にでもできるが誰も磨こうとはしないもの″と語った。
しかし、諸刃は諸刃なりに……正の道を歩むだけでは出すことのできない、リスクを超えた先にある邪道の一撃は時に、全てを超越した必殺の一撃となる。
「っ……!? このボール、ブレて……っ!?」
「いけ……いけッッ!!」
ゴール左端へと伸びる球は、一切の回転運動をしないまま、一直線に。無回転の不規則ブレ軌道を描きながら空を切り、飛び込んだキーパーの指先僅か数センチ下へと落ちる挙動を見せてーーーー




