390話 勇気を貰える言葉
390話 勇気を貰える言葉
「うおおぉぉっ!? なんだありゃ!? ちょ、えぇ!? 渡辺君バケモンすぎん!?」
「わ、私途中から凄すぎて何してるのかほとんど目で追えなかったよ……。渡辺君、本当に今はもうサッカーやってないんだよね? 実は隠れてプロだったりする?」
「本当にやめてるよ。寛司は中三の夏にサッカー部を引退してからクラブにも入ってないし、部活もしてない。けど、あの時より上手くなってるかも……」
スーパープレーの応酬に、観客席が湧く。
誰よりも俺がよく分かっていた。アイツが化け物だってことくらいは。
けど、そんな理解をも簡単に超えてみせるのが渡辺寛司という男なのだ。もはや俺なんかとは生まれ持ったものが違いすぎる。
「わ、渡辺テメェ! また良いところ持っていきやがったな……っ! あの会話の流れで普通一人で行くかぁ!?」
「いなぁ、ごめんね。やっぱり俺もちゃんと良いところ見せたくて。それにチームとしても、序盤で一点のリードがあるのは大きいでしょ? 結果オーライかなって」
「くんぬ……ふぐぉぉっ……」
田辺のやり場のない怒りがオーラとなって現れ、霧散していく。
田辺に限らない話だが、このクラスの男子連中のやる気の九割以上は″女子に良いところを見せてモテたい″という気持ちからだ。しかし既にモテるどころか既に中田さんという美少女彼女さんがいる寛司に美味しいところを持って行かれたというのは、腹立たしくてたまらないだろう。
だがその反面、寛司は一点というクラスに対する大きな貢献を見せた。しかもただ人のゴールを奪い取るようなものではなく、自分で作ったチャンスで決めたもの。それに関しては疑う余地はなく、責めることもできない。だから怒りのやり場に困り、結果的になんとも言えない気持ちだけが残ってしまうのだ。
「も、もう絶対すんなよ。いい加減俺らにも色々分けろよ! なぁっ!!」
「あははぁ。酔うからやめてぇ」
ぐわんぐわんと揺らされながら。寛司は爽やかスマイルで振り返ると、由那たちのいる観客席へ視線を向けてーーーー
「ん゛っっ!!」
「有美ちゃん!? ど、どうしたの!?」
最愛の彼女ーーーー中田さんへピースサイン。寛司のファンが悶絶して目をハートマークにしていく中、唯一それを当てられた中田さんだけが見えない弾丸に被弾したかのように目を背け、顔を赤く染める。
「テメェ!! なにイチャついてんだ試合中だぞ!!」
「イチャツイテナイヨ。ゴールパフォーマンスダヨ」
「コイツ、試合終わったら俺が直々に埋めてやる……」
前半一分半、スコアは一対零。アイツのゴールパフォーマンスとやらは非常にムカつくところがあったがらそれはともかく大きなリードだ。
「うぃうぃ〜。あっつあつだなぁ? ほら、お前からも何か返してやれよぉ〜。愛しの彼氏君が決めたぜ〜?」
「う、うっさい! もぉ、恥ずかしいことしないでよ……バカ」
かあぁ、と赤面を続けながらもどこか嬉しそうな中田さんを横目にこちらに視線を向けていた由那と、目が合う。
(なんか、口パクしてる……?)
この距離だ。実際には何かを言っているのかもしれないけれど、かなり大声で叫んでくれないとこちらには届かない。
しかしそもそも、由那からは声を出している感じが一切しなくて。
よく目を凝らして見ると、甘い笑顔と共に口の動きからとある言葉が浮かび上がったのだった。
『が・ん・ば・れ・♡』
それは、今俺が最も勇気を貰える言葉だ。




