378話 かっこつけの決意
378話 かっこつけの決意
まずい。非常にまずい。
「まさかここまで自分がサッカー下手だったとは……」
「そんなに気にしなくてもいいと思うけどなぁ。未経験にしては上手い方じゃない?」
「……ハットトリック決めた奴に言われたくねえよ」
体育終わりの男子更衣室。汗だくになった体操服を脱ぎ捨てながら、俺はため息混じりに呟いた。
自分が運動神経が悪い方なことは自覚している。サッカーなんて特に経験が無いと難しいスポーツだし、変に自分に期待することもしていなかった。
ーーーーけどこれは予想以上だ。
パスはミスるし当然ドリブルなんてできない。前線でパスをもらってもシュートはおろか空振りに終わるし。正直途中からはもう帰りたいしか考えられなくなっていた。
「これはちょっとマジで練習しなきゃヤバいな。せめて下手くそさで目立たないくらいにはならないと」
ちなみに試合は三対四で負けた。しかもそのうち二点は俺のミスからの速攻やカウンターによるものである。本番であんなことやったら戦犯扱い濃厚だろうな。
寛司のようにーーーーといかないことは分かってる。経験者かそうでないか以前に、コイツに対してそういったライバル心のようなものを抱くのは無駄でしかないと、普段からスペックの違いを見せつけられてよく分かっているからだ。
だから目標はあくまでみんなの足を引っ張らないように。それさえすれば寛司と残りのサッカー部連中がなんとかしてくれることだろう。負けたら負けたで、「〇〇のせいで」とならなければそれで結果としては充分だと思うしな。
「練習するなら付き合うよ。条件付きだけど」
「なんだ? 焼肉にでも連れて行けばいいのか?」
「お、俺のこと乞食か何かだと思ってる……? 違うよ。別に見返りなんて求めやしないさ」
「だったら俺に何を差し出せってんだよぉ。ま、まままさか由那か!? おま、あんだけラブラブな彼女がいながら!? あげねぇよ!?」
「いや、その着地点は自己肯定感低すぎでしょ……」
だって条件付きだなんて言うから。普通は何か物を要求されると思うだろう。
まあ由那をあげるなんてことするわけがないし、さっきのは冗談にしても。飯奢りくらいは妥当なラインとして考えられると思ったけどな。
「勇士、周りに迷惑をかけないくらいにーーーーって感じで目標立ててるでしょ」
「なんだ? お前エスパーかよ。当たりすぎてて怖えよ」
「だから俺から付ける条件っていうのは、そのネガティブメンタルからの脱却。せっかく教えるんだ。目標が低すぎちゃ面白くないし?」
「へ……?」
俺の掲げてた目標、低すぎるか? 割と妥当なラインだろ、俺みたいな未経験者なら。
そう考える俺とは正反対に。ニコッ、と爽やか笑顔を振りまきながら、寛司は言った。
「本番で点を取ること。江口さんにかっこいいところ、見せたくないの?」
「はあ!?」
「安心して。どうせたった一ヶ月じゃそうあれもこれもと上達させられやしないんだ。だから俺からは点をとるために必要なことだけを教えてあげる」
「いや、いやいやいや……いくらなんでも俺が点を、ってのは……」
「ふうん。じゃあいいんだ。江口さんに恥ずかしいところ見せて。きっと喜ぶと思うけどなあ。愛しの勇士がかっこよく活躍してくれたら」
「……」
もし、かっこよく活躍することができたなら。
逆に、恥ずかしい姿を見せる結果に終わったなら。
前者なら由那は大喜びしてくれることだろう。ただでさえ俺があまり運動が得意じゃないことは知っているのだ。そんな状態から大逆転したらその効果は絶大。彼氏としてかっこつけるには最高のシチュエーションだ。
しかし後者なら。きっと由那に気を遣わせ、慰められる結果となるだろう。そして本人は何も言ってこなくても、周りからはーーーー
『江口さんの彼氏、かっこ悪いね〜』
『釣り合って無さすぎ』
『他の人探したほうがいいんじゃない?』
考えるだけで全身に鳥肌が立った。
俺はなんと言われようとかまわない。けど由那は? 俺のせいで由那に惨めな思いをさせていいのか?
今のはあくまで最悪の状況だ。そんなことにはならないかもしれない。
けどーーーー
(由那の彼氏として、かっこ悪いところ……見せるわけにはいかないよな)
「で、どうする? 勇士が本気で挑むなら、俺は親友として全力で力を貸すよ?」
「……お手やらかにお願いします」
やってやる。大好きな人にかっこつけるために。そして、由那に俺じゃ役不足だなんて、誰にも言わせないために。




