362話 遠足は帰るまでが遠足
362話 遠足は帰るまでが遠足
先生を除く全員で海に飛び込んでしばらく。空が茜色に染まり始めると、海辺の開放時間の終わりを告げる放送が鳴り響く。
あっという間の数時間だった。終わりに抵抗しようとして遊び続ける人達もやがてライフセーバーさんの注意によって完全に海からあがると、各々シャワー室を借りたり更衣室に駆け込んだり、撤収の準備を進める。
それは俺たちも同様で、海水まみれになった身体をシャワー室で軽く洗い流してから急いで服を着替えると、少し急かされ気味に先生を掘り起こすこととなった。ちなみに先生の口から色んなものが飛び出て中々な惨状になっていたことは言うまでもない。
「先生大丈夫かね? 一応在原さん達に任せたけど。完全に意識無かったよなあれ」
「まあそこらへんは対処し慣れてるんじゃないかな。シャワー浴びせて無理やり水着は引っ剥がす感じで。絵面はとんでもないことになってるかもしれないけど多分大丈夫だよ」
そこはある意味在原さんへの信頼といったところか。先生とは昔から旧知の仲だったそうだし、昨日の夜の行動を見ても酔っぱらいへの対処は慣れているように見えた。一応由那たちもいることだし、上手い事やってくれているだろう。
と、そんな事を考えていると。ブルーシートを畳み終わり後は待つだけだった俺たちのもとに、由那と中田さんが向かってくるのが見えた。そしてその後ろには蘭原さん。在原さんと先生が見当たらないと思い目を凝らすと、後から出てきたのは二人ではなく三人に増えていて。先生を在原さんと誰かの二人で担いでいるようだった。
「お待たせ〜。あ、シート畳んでてくれたの? ありがとっ!」
「おう。まあ俺たちはすぐ着替え終わるしな。それで先生の隣にいるあの人は?」
「先生を車で送る人! 先生のお母さんらしいよ?」
「ああ、そういえばそんな話だったような……」
先生は見ての通りあの感じで、当然帰りの運転を任せることができない。だから俺たちの帰りは電車で、潰れた先生を拾う係が別で来ると聞かされていたっけ。
「きゅぅ……」
「オイ奈美ねえ、いい加減一人で歩いてくれよ。重たいって」
「ある程度吐いたらしいけどまだ食ったり飲んだりの分が腹に溜まってるだろうしねぇ。よし、全部出させるか!」
「うぼっ!? おほぅ……は、腹パンはやめろ……マジで上からも下からも全部出る……」
ドスッ。在原さんと共に先生の身体を支えていた中年の女の人が鈍い音を立てて先生の腹に拳を喰らわせると、少しは良くなったかと思われた先生の顔がまた青紫色になっていって。そんな様子を見ながらその人はケラケラと笑っていた。何あれ怖い。
「初めまして。このバカ娘の母親の湯原緑って言います。いや〜、ごめんなさいね? 教師の自覚が無いこの子に色々振り回されたでしょ〜」
「い、いやそんな。先生がいなかったら俺たち外泊なんてできなかった訳ですし。感謝してますよ」
「ふふっ、良い生徒さん達ね。奈美のことは私に任せてちょうだい。後部座席に放り込んで連れて帰るわ〜」
「あ、はいっ」
なんとアグレッシブな人なのだろう。だけどまあ、この人ならあの酔っ払いでもちゃんと連れて帰ってくれそうだ。
流石は母親。娘の扱いをよく分かっている。
「うぷっ。じゃ、じゃあなお前ら。いいか? 遠足は帰るまでが遠足。ちゃんと家まで気をつけ────う゛っ……やば、出そう……」
「出そう!? え、えと、それじゃあみんな気をつけて帰ってね! すみませ〜ん!! この子トイレまで運ぶの手伝ってくださ〜い!!!」
何やらいい事を言って締めようとした先生だったが、どうやら先に限界が来たらしい。ライフセーバーの人と緑さんにトイレへと連行されていった。
「はは、相変わらず締まらない人だね」
「まあ……うん。知ってた」
最後まで相変わらずだった先生に感謝しつつも、全員で笑みを漏らして。やがて俺たちが乗らなければいけない電車の時間がかなり迫っている事を知り、急いで海辺を後にする。
(楽しかったな、ほんと)
遠足は帰るまでが遠足。先生が口にしたかったであろう言葉を勝手に受け取って。帰路につくのだった。




