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357話 肉食彼女さん1

357話 肉食彼女さん1



 時は遡り、数分前。


「バカップルだ。バカップルがいる……」


「あれ、さっきおっさんの玉蹴り上げて半殺しにしてた彼氏じゃん。うわぁ、横の子めっちゃ可愛いなマジで。おっさんが向かっていったのも分かるわ……」


「んで纏ってるオーラ甘すぎだろ。糖尿病なるわ」


 なんか……凄く視線を感じる。


 由那が可愛いから視線を集めるのは分かってる。実際さっきみんなといた時もそうだったし。


 が、今はその時以上の数だ。あのおじさんとの一件があり、野次馬になっていた人達が由那だけではなく俺にも視線を向けてくるようになったのだ。


(DV彼氏とか思われてないだろうな……)


 あんな喧嘩、本当に小学生の時以来だ。由那は揶揄いの対象にされることが多かったからな。髪の色の件もそうだけど、「江口」という苗字に当てつけでエロ女とかいう奴もいたっけ。そのせいでクラスの男子連中との衝突が絶えなかった。


「ふふっ、みんなゆーしがかっこいいから見惚れてるのかな? 絶対あげないけど♡」


「違うだろ。絶対さっきので悪目立ちしただけだっ……て?」


「? どうかしたの〜?」


「……いや、別に」


 視界の端。海岸から出てすぐの道路に、パトカーが赤のサイレンを光らせながら停車しているのが見えた。


 きっとライフセーバーの人か野次馬の誰かが呼んだのだろう。さっきの酔っ払いおじさんを乗せるために。


 本当は俺たちも証言とかをするために行かなければいけないのだろうけど、真島さん達が気を利かせてくれたおかげでその必要は無くなった。別に訴えてどうこうしたいっていうわけでもないし、あとは向こうで上手くやってもらおう。執行猶予がつくにしても牢屋に入るにしても、この先自分のした行いを反省してくれるのならなんでもいい。……正直、反省するタイプには見えないからその願いは叶いそうにもないが。


「ふふ〜ん。私の自慢の彼氏さんが視線を集めてるの、すっごく嬉しいなぁ。握手会でもしちゃう?」


「んなもんやるわけないだろ。俺が手を繋ぎたい相手は由那だけだっての」


「えへへっ。じゃあ彼女さん特権でいっぱい握っちゃお〜♡」


 あ、そういえば。


 結局俺たちはどこへ向かっているのだろう? そろそろ元いた場所からもずいぶん歩いたし、目的地が見えてきてもおかしくないんだが。


「なあ由那。これ、どこに向かってるんだ? 店に行くならあっちの方だと思うんだが」


「ん〜? あ、バレちゃった? 実は当初より目的地を変更してお送りしておりま〜すっ」


「そ、そうなのか。いやまあ別に変更はいいんだけどさ……結局どこに?」


「まあまあまあ。もうすぐ見えてくるよっ。そこに着いたら二人きりでうぇっへっへしようね♡」


「なんだそのエロ親父みたいな擬音」


 よっぽどイチャイチャしたい欲が爆発寸前なのだろうか。由那の口から聞いたこともない謎の擬音が発せられると、ぐいぐいと腕を引っ張られて目的地への誘導が強くなっていく。


 そして目の前に見えてきたのは、俺たちの頭より高い大きな岩が並ぶ岩陰。弱い波に徐々に徐々に削られていったのだろうか。形は丸めだが、そのサイズ感と連なる数のせいで変に迫力がある。これの裏側に行けばすっぽりと俺たちの姿を隠してしまえそうだ。


「さてさてさて……。ゆーしさんゆーしさん、そこにちょっとヤンキーさん座りしてくださいな」


「え? や、ヤンキー座り? なんだよ急に」


「いいからいいからっ。ほら、早くっ」


「……?」


 由那に連れられれがまま岩陰の側まで来ると、突然結んでいた手を離してからそんなことを言われ、何が何やら分からないまま。とりあえず言われた通りにしてみる。


 したことない座り方だが……これで合っているだろうか。意外と安定感が無いし俺の筋肉量が少ないせいで脚が震えるからあまり長くは持ちそうにないけれど。


「はい、では次に貴重品を回収します。お財布とスマホを出して〜」


「あ、え? はい」


「よろしい。ではこれは私のポーチにしまってぇ……ぽいっ♪」


「ちょ、は!? なんで貴重品取り上げたんだ!? ナチュラルにされたから違和感なく渡したけど、お前何企んでる!?」


「くっふっふ。くふふふふふ。うぇっへっへ! とぉう!!」


「っぐ!?」


 途端。全体重を乗せて飛びかかってきた由那を支え切ることができず、俺は押し倒される形で後ろに転倒する。


 危なかった。ここが砂浜だったから痛みはほとんど無いものの、どういうつもりなのか。こんな岩陰に誘い込んで……誰にも見えない所で押し倒し……て? あれ!?


「私のイチャイチャ欲を刺激する悪〜い彼氏さんは、ここで食べちゃうことに決めました。大人しく彼女さんに甘〜く溶かされちゃってくださいな♡」


 なぜ気づかなかったのか。コイツはもう、健全なイチャイチャで満足できるほど可愛らしい女の子では無くなっていたというのに。


 ペロッ。艶のある唇を淫靡な舌が舐め、由那の目が完全に捕食者のそれへと変わっていく。



 俺は知らぬ間に誘い込まれてしまったのだ。さながら肉食動物が草食動物を捕食するかのような、狩りの現場へと。

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