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349話 私のヒーロー2

349話 私のヒーロー2



「お母さんはそのままでいいと思うよ。わざわざ周りに合わせて髪色を変える必要なんてない。由那がやりたいようにするのが一番だから」


 帰り道。毎日登下校で通る道で、お母さんはそう言って私の頭をそっと撫でた。


「で、でも。私がこのままだとお母さんに……先生にだって迷惑をかけちゃうんじゃ……」


「……優しい子ね、由那は」


 私の髪を何度か触り、指に沿わせてなぞる。耳にかかっている横紙にも触れるとそのまま頬に手を当て、私と同じ目線になるまで姿勢を低くしながら。いつも向けてくれる向日葵のように優しくて温かい、そんな視線を向けてくれた。


「ね、由那はさ。この髪のこと、どう思ってる?」


「え?」


 どうって、そんなの決まってる。


 大好きだ。いつも私はお母さんの艶やかな白い髪に目を惹かれていた。私もいつか、大人になったらあんな風にこの髪を靡かせる美人さんになれるのかなって。だから今もこの大切な髪を傷めないよう、日頃からお母さんと同じヘアオイルを使ってケアもしているくらいだし。


「由那がその白い髪を好きでいれてるのなら染める必要なんてない。お母さんと先生の迷惑なんて気にしないで? 由那は優しすぎるから。きっと背負い込もうとしちゃったんだよね。だから、泣いちゃったんでしょ?」


「っ……!」


 お母さんには全てお見通しだった。言葉にしていない涙の理由さえ、簡単に見破ってしまえるらしい。


 そうだ。背負い込もうとした。私一人が我慢すればいいって。私一人が好きなものを諦めれば、それで全て丸く収まるって。


「い、いいの? 本当に?」


「もちろんっ。面倒な事はお母さんたち大人に任せて、由那は今まで通りでいて? 私の可愛い娘が似合もしない格好をして我慢する日々を送るなんて、お母さんの方が耐えられないもの」


 お母さんがそう言ってくれて、私は私でいていいんだと。そう思うことができた。失いかけていた自信を取り戻すことができた。


「ありがと……お母さん」


 でも────


「あ〜っ! まだ髪染めてないのかよ! 頑固な奴だな〜!!」


「へへっ、そ〜だ。俺いいこと思いついちった〜!」


 私のことを認めてくれたのは、お母さんだけ。


 先生は分からない。ただ分かったのは次の日も顔色が悪くて、私に見えないところでため息をついていたことだけ。


 結局私が私でいることは先生に迷惑をかけ、クラスメイトの弄りを加速させていった。


「コイツの髪、俺たちで黒くしてやろ〜ぜ! ほら、油性ペンって水で洗っても落ちないだろ? これで塗ってやれば白髪には戻れね〜もん!」


「たっちゃん天才! じゃあ俺は……よし、これにしよっ! 墨汁も服についたら全然取れないもんな。しかもこれなら頭の上から被せるだけで真っ黒にできるし!」


「や、やめて! やめ……てよ……」


 それはちょうど先生がお手洗いに行くからとお昼休みに教室を離れた瞬間。示し合わせていたようにヤンチャ組の男の子三人は私を教室の隅へと追いやり、各々取り出した黒い塗料片手に取り囲んだ。


 油性ペンと墨汁は多分、髪についたら中々落ちない。しかも髪専用の塗料と違って綺麗な黒に染まることもないだろうし、きっとあれを付けられたら最後だろう。小学生ながらに自分が置かれている危機的状況を理解した私は、必死に頭を手で覆いながら蹲る。


 蹲る……だけだ。私一人じゃ男の子三人になんて勝てるわけない。ただでさえその子達はクラスの中でも力の強い方だったと思うし、例え男子であったとしても三人相手じゃ到底敵わないだろう。


「せんせー戻ってくる前にやっちゃおうぜ! ほら、早く早くっ!!」


「「おぉ〜!!」」


「ひっ……!」


 キュポッ、と油性ペンの蓋を外す軽い音が鳴る。


 カチャカチャッ、と墨汁の回転式な蓋を開ける簡素な音が鳴る。


 もうダメだ。目尻に力を込めながら瞳を閉じた。


 だけど……ヒーローはいたのだ。


「いい加減にしろぉぉーっ!!」


 三人のように力が強いわけでも、かと言って大きな体格をしているわけでもない。その子は三人の誰よりも細くて、弱っちくて。




 ただ唯一。誰よりも勇敢だった。

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