347話 酒は飲んでも飲まれるな5
347話 酒は飲んでも飲まれるな5
ちょっと待て。コイツ今、なんて言った……?
俺がお兄さんに最後のお礼を言おうとしたその瞬間だ。小さく呟くように、吐き捨てるように。負け犬のなんとやらで吐いた捨て台詞を今、俺は聞き逃さなかったぞ。
「お兄さんすみません。ちょっとどいてもらっていいですか」
「……」
一応しばらくは動けないほどのダメージを与えたとはいえ、ただでさえさっきまで酔っ払って暴れていたクソジジイだ。きっとお兄さんは何かあったら困るからと俺たちとコイツの間に立ってくれていたのだろう。
だが俺は一度離れたソイツに向かい、もう一度距離を縮める。俺がしたい事を察したのか。それともお兄さんもコイツが吐いた言葉を聞いていたのか。止めては来なかった。
「はっ、よかったなヒョロガキ。嬉しいか? 筋骨隆々でかっこいいお兄さんに彼女ごと守ってもらってよぉ! あ゛ぁ? 男として情けない奴だよお前は!」
「っ……このッッ!!」
「待って彼女ちゃん。君は手を出さなくていい。というか……出さない方がいい」
「な、なんでッ。ゆーしが……私の彼氏さんがバカにされてるのに!!」
「その彼氏さんは今、同じようにバカにされたお前のために動いてんだよ。顔、立ててやりな」
「え……?」
どうやらもう酔いは覚めたらしいな。お兄さんからキツい一撃を貰ったおかげか。
にしても、よかった。コイツが酔っ払ってる時だけ豹変するタイプじゃなくて。酔う前からこんななら遠慮も罪悪感もこれっぽっちも感じなくて済む。
いやまあ仮にシラフだとめちゃくちゃ気のいい人だったとして。さっきまでの行為と今言った言葉を許す気になんてこれっぽっちもなれないけどな。
「別に俺が情けないことはもうどうだっていいんだよ。少なくとも俺がかっこつけたい彼女さんにはそう映ってなかったんだ。それが分かっただけで、充分」
「はっ、そうですかい。よかったでちゅねぇ。で? じゃあ俺にまだなんの用があるってんだよ。まさかタイマンでもしようってか?」
ああ、なんだろう。この神経を逆撫でされる感じ。以前にも……ずっとずっと大昔に一度、味わった気がする。
『や〜い! お前なんだよその髪ぃ! 外国人でもないのにさ〜?』
『それな〜! イキって染めてるんだろ! お前一人だけズルいんだよ。黒に戻せよ〜!!』
『ち、違っ……これ、地毛で……』
『『嘘つき〜!』』
頭の中に過去の記憶がフラッシュバックする。
そうだ、あの時だ。小学校に入りたての時。幼稚園の時は先生の手厚いサポートのおかげで髪色に関して何も言われることのなかった由那が、小学校という一つの大きな環境の変化に当てられて次第に周りから目をつけられていくようになった。
ただ髪が白色。たったそれだけの理由で周りの奴らは揶揄い、弄った。今思えば子供同士のじゃれ合いに近いものだったのかもしれない。でも……由那は泣いていたんだ。
「ゆーし……?」
それが俺にはどうしようもなく腹立たしくて。何かと理由をつけて気に入らない奴を虐めようとする奴らも、その状態を軽んじて何も手助けしない教員も。誰も彼もにムカついてた。
「黙れよ。訂正しろ。俺の彼女……馬鹿にすんじゃねえよ」
人の苦労も知らないで侮辱の言葉で一蹴する。俺はこういう奴が一番────許せないんだ。




