345話 酒は飲んでも飲まれるな3
345話 酒は飲んでも飲まれるな3
こういう時、バトル漫画の主人公なら。いや、きっとラブコメの主人公ですら。かっこよくこの手を振り払って対抗できるんだろうな。
けど俺は……違う。窮地に覚醒して急に強くなれる主人公じゃない。きっとそんなことをしようとしてもこの酔っ払いの怒りに更に火を注いで下手すればボコボコに殴り倒される可能性だってある。
じゃあ謝るか? コイツに言われた通り土下座して、由那を引き渡して。彼女を生贄のように差し出すことで自分だけ助かるのか?
(……するわけ、ないだろ)
「……かげんに、しろよ」
「お〜? なんか言ったかぁ? 声がちっちゃくてよく聞こえなかったでちゅね〜?」
ああ、分かってる。力もない、技術もない。コイツを追い払えるほどの超パワーがあるわけでも、空手や柔道みたいなかっこいい技を持っているわけでもない。
でもこのまま何もできないってのはやっぱり、ムカつくだろ。
だから────
「いい加減にしろって、言ってんだよ。クソデブ」
「っっっっあ!?」
「聞こえ、なかったか? ならそのぶくぶく太った耳にもよく聞こえるように言ってやる! いい加減にしろよって言ったんだ! 不潔で酒臭い″恥ずかしい大人代表″のデブ親父!!」
「っめぇ……やっぱり年上に対する敬意がなってないみたいだな。クソガキャァァ!!」
「きゃぁぁぁっ!!」
ダサいな、俺。結局口で言い返すのが限界か。
あーあ、めちゃくちゃキレてる。うわ……殴られるなこれ。まあでも、由那の方に矛先は行かなそうだし……俺が殴られるだけで済むなら、それで────
顔面に向かって飛んでくる拳を追うのが怖くて。咄嗟に目を閉じる。
できるだけの抵抗はした。彼氏としては情けなかったかもしれないけれど、どんなに醜い抵抗の仕方でも由那を守れた。もし俺が殴られたら流石に周りの野次馬も黙っちゃいないだろう。その時はきっと誰かがコイツを止めてくれるはず。その時には俺は大怪我をしているかもしれないけれど、由那だけは。きっと、誰かが……
「はぁ……だから嫌なんだよこの仕事。いるんだよな毎年。こういう周りに危害を加えるクソみたいな酔っ払いジジイって」
「っ……?」
「ぐぬ、おぉッッ」
痛く、ない。あと数秒もしないうちに俺の頬へ届くはずだった拳が飛んでこない。
その違和感に目を開けると、俺に当たる寸前でそれは止まっていた。────止められていた。小麦色の肌と筋肉に身を包んだ、この海の守護神によって。
「あ〜、鼻も痛えし。一応こう、体裁? 的にさ。本当はアンタみたいなゴミでも客として扱わなきゃなんだけど……。俺殴られてっし。この子らにも危害が及びそうだったし。うん、目撃者も充分。これなら反省文は免られる……か」
「テメェ……邪魔すんな! どいつもコイツも年上に対してよぉ!! 敬え、やァァッッ!!」
「そういうのは敬われるような人間になってから言えっての。アンタ相当ダサいぜ? 酔っ払ってライフセーバーに手をあげちゃっただけでもダメなのに、未成年の子供にまで殴りかかっちゃって」
グググ、と。酔っ払いオヤジの意思に反して、掴まれた右腕はゆっくりと引っ張り上げられて。次第にどんどん俺から離れていくと同時に初めて、さっきまで余裕綽々だった表情に冷や汗が伝うのが見えた。
「キツ〜いお仕置き、必要だよな?」
「へぶぅっっ!!!?」
そして、刹那。筋肉の鎧を纏った右ストレートが、肉で膨れた頬に突き刺さったのだった。




