331話 ぬりぬりイベント1
331話 ぬりぬりイベント1
「はぁ……はぁっ!」
「おぅ? どうした神沢。ほんで江口も。そんな息切らしてよぉ〜」
「せ、先生。起きてたんですね……」
砂浜に体力を奪われながら小走りで戻ってくると、さっきまでぐったりとした様子で眠っていた先生が何やら作業をしていた。
どうやらシートの上にパラソルを立てるらしい。まあ海にほとんど入る気が無さそうな先生はこの炎天下の中で過ごすんだもんな。日影を作っておかないとやってられないか。
「由那が日焼け止め塗るの忘れちゃってたらしくて。急いで戻って来たんですよ」
「おぉ、そりゃ大変だな。はよ塗らんと」
パサッ。広がったパラソルを傾けて砂に突き刺し、手際よくブルーシートの上を全て日影で包むと。先生はそのままその場で二度寝を始めるのかと思いきや、わざわざ作った日影から出てサンダルに足を通す。
「ちっと離れるわ。飲み物とかもろもろ用事済ませたら戻ってくっから。しばらく荷物番頼む」
「え? わ、分かりました」
まあ先生のことだ。どうせすぐに戻ってくるだろう。
それよりも今は日焼け止めだ。とりあえずここは日影になったから後はゆっくり塗るだけだな。
「日焼け止めは〜、っと。あった! ふぅ、早めに気づいてよかったよぉ」
「本当にな。じゃあちゃちゃっと塗っちゃってくれ」
とりあえずこれで彼女さんがこんがり焼けてしまうことは避けられたな。一度その姿を見てみたいと思いつつも、日焼けというのは肌にダメージが入ってシミなどの原因になると聞いたことがある。せっかく赤ちゃんのようにつるつるモチモチな肌を持っているのだ。それを傷めるわけにもいかないだろう。
ハンドクリームのような見た目のそれをにゅるりと手に出しているところまで見届けて、そこからは身体ごと視線を逸らす。あの太陽でも眺めながら気長に待っていようか。
「ふふっ、彼氏さん後ろ向いてくれるんだ。気が利いてるのかにゃ……それとも見てるのが恥ずかしいからかにゃ〜?」
「……どっちかと言うと後者だな」
「素直でよろしいっ。でも、海×日焼け止めと来てあの定番イベントをすぐに頭に浮かべられないゆーしには減点をプレゼントします」
「げ、減点? なんだよ急に」
「む〜? 分かるはずだよ? ゆーしの部屋にあった漫画にも描いてあったもん」
イベント……? オイ、嘘だよな?
いやまあ流石に由那が何のことを言っているのかは理解できる。というか言われなくても日焼け止めという単語を聞いた瞬間一番最初に頭の中に浮かぶ光景はそれだ。
だがしかし。本当にするのか? 色々と我慢できなくなる自信しか無いんだけども。
「とぼけちゃダ〜メ♡ ね、ゆーし。こっち向いて? 彼氏さんに日焼け止め、ぬりぬりして欲しいにゃあ〜」
「ぬり、ぬり……」
「そ。ぬりぬり♡」
ここは外だ。人に見られたらヤバいような姿にはなっていないだろうと踏んで振り返ると、それを見越していたかのように目が合って手を引かれる。
手に出していたはずのクリームはどこへ行ったのか。既に体のどこかに塗ったのかもしれないがパッと見では判断がつかない。
「全身どこでも……彼氏さんの塗りたいところから塗っていってね」
どうしたものか……。




