318話 もう一回だけ
318話 もう一回だけ
もう一度肩を抱き、引き寄せる。
意気地なしな俺なんかと違いとっくに覚悟が決まっているらしい由那は、じっと俺を待っていた。
「んっ……」
何度も味わった唇の柔らかい感触。軽く唇同士が触れ合うと緊張で篭っていた力が抜け、ゆっくりと。口が開いていく。
「ちゅ……れぅっ。ん゛んっ!」
パチパチと頭に電撃が走ると同時に、お互いの舌先が触れた。
「はっ……ぁう」
これは……なんだろう。とても甘い。実際にそんな味がしているという意味ではなく、ただ純粋に。由那が俺に向けてくれている好意が甘味となって流し込まれているみたいな。そんな感触。
ああ、ダメだ。本能で分かってしまう。
────もうこれを知らなかった頃には戻れない。
「しゅき……ちゅ、れうっ♡ これ、しゅご……くちゅくちゅ、止まんないよぉ……っ♡」
「はぁ……はぁっ!」
気づけばお互いに貪りあっていた。
これ以上引っ付く余地など無いというのに、腕に困る力を強めて。ゼロ距離で甘々なハグをしながらの大人なキス。
温泉のせいもあるだろうが、とにかく身体の温度がこれほどまでにない上昇を見せているのが伝わってきた。
気持ちよすぎる。快感で頭がクラクラする。でも……止められない。
思えばあの時、本当に封印していてよかったと思う。これだけ毎日キスを重ね、イチャイチャ慣れをしていてもこれなのだ。あの時にもう一度、と舌先を合わせていればこんなものでは済まなかったかもしれない。
「ぷぁっ。すごい……これが大人のキス、なんだ」
一度離れると二人の間に唾液が伝い、落ちる。
「ねぇ……はやくもう一回、シよ? ────ひゃっ♡」
安心してくれ。今のはただ呼吸をするために一度離れただけだ。そんな寂しそうな顔しなくても、何度だってしてやる。
どの道俺もたった一度シただけでは満足できそうにない。少なくともあと二回……いや、三回。四回は。
湯船に浸かりそろそろ体感で三十分程が経つだろうか。蒸気と熱々なお湯に包まれ、のぼせ気味の頭の思考にモヤがかかっていく。
一度仕切り直すべきだ。一度離れて身体を拭き、部屋にさえ戻れば。夜は長いのだ。いくらでもキスをすることはできる。
頭では理解しているのに行動がついてこない。まるで俺の身体じゃないみたいだ。
「はぁ〜っ。はひっ……♡ もう、一回っ。もう一回だけ……だから。もう一回シたらやめるもん……のぼせちゃう前に、ちゃんとお風呂から出るもん……♡」
「そう、だな。あと一回だ。よし決めた。次離れた時にはやめる。絶対やめる。そしたらあがるから……」
もうお分かりだろう。当然口ではそんなことを言っていても、俺たちはそう簡単にこの快感から逃れることはできない。
結局一回だけなんて薄氷のような決意虚しく、何度も何度も離れてはくっつき、離れてはくっつきを繰り返して今が何回目のキスかも分からなくなった頃。先に由那が限界を迎えて腰が抜けたかのように崩れ落ちたことにより、ようやく俺は理性を取り戻して。
誘惑のお風呂から脱出することができたのだった。




