310話 食べさせあいっこ2
310話 食べさせあいっこ2
ずいっ。寛司が目の前に差し出してきたのは火が程よく通り灰色になったしゃぶしゃぶのお肉。
「お、お肉貰っちゃっていいの?」
「もちろん。有美の喜んでる顔を見るのが一番幸せだから。あ、でも有美からもあーんを返してくれるともっと幸せになれるかも」
「っ……」
そんなこと言われたら断れない。
由那ちゃんと神沢君が当たり前のように二人で食べさせ合いっこをしながら食事を進めていくその光景を見て、羨ましいと思ってしまったのも事実だ。
私からのあーんはともかく。寛司からしてもらえたら……きっとただでさえ美味しい料理がもっと美味しくなることだろう。
「じゃ、じゃあ……うん。お言葉に甘えて。あ〜」
「あ、ちょっと待って!」
「んぇっ!? な、なに!?」
「ごめん、一番大切なこと忘れてた」
「大切なこと……?」
口を開け、お肉にありつこうとしたその時。寛司はギリギリのタイミングでそれを引っ込め、私にお預けを喰らわせる。
大切なことってなんだろう。いくら意地悪してくる寛司でも「待て」と「よし」とかしてこないよね? 犬じゃないんだから。
そんなことを考えながら卑しく見つめていると。そのお肉は寛司の口へと近づいていく。
ま、まさか……ここまでしておいて目の前で食べて見せるつもり? 酷いよ……。
「ふぅ……ふぅっ。よし、これでいいかな。有美、極度の猫舌だからさ。そのまま食べさせたらやけどしちゃうでしょ」
「……」
ああ、なんだ。そういう。
優しい……好き。
「あ〜、んっ」
彼氏の吐息により冷まされたお肉は私の舌の上に乗ると、微かな熱さと共に出汁の味見を染み込ませていく。
美味しい。なにこれ、ふわっふわでとろとろ。でも味付けはしっかりしてて、濃くはないはずなのにしっかりと口の中に残る。
焼肉という最強のライバルを持ちながらしゃぶしゃぶという文化が未だに残っている理由を強く認識させられた。これにはこれにしかない味と良さがある。少しハマってしまいそうだ。
「ふふっ、嬉しそうにもぐもぐする有美はかわいいね。よしよし」
「ん゛っ。た、食べてる時に頭撫でないでよ。恥ずかしいって」
「ごめんごめん。可愛くてつい」
ついじゃない。全く……。
けど、不意に頭を撫でられてドキッとすると同時に。ほわほわと頭の中に幸せが広がってしまった。なんかちょっと悔しい。
「ね、有美からは?」
「ほ、ほんとにするの? 周りに見られるんだけど……」
「気にしなくていいよ。俺は有美のことしか見てないから」
「っ!」
ああもう、こういうところだ。無自覚に平気でこんな台詞を吐けてしまうのは本当にズルい。なんでこう、いつもいつも私をドキドキさせるのが上手いのか。本当に私が初めての彼女なのか疑ってしまうレベルだ。まあ……浮気は絶対にしてないと思うけど。
「はい。口開けて」
「えっ。俺流石に熱々になってた鍋から出た瞬間のお肉は舌やけどする自信しかないな。冷ましてくれない?」
「い、言えばなんでもすると思ってる!? ふーふーなんてそんな……するわけないでしょ!」
「うーん……ほんとにダメ?」
「う゛っ」
やめて。曇りのない眼でこっちを見ないで。
なんだかここでふーふーをしてあげなかったらこっちが悪者みたいだ。さっき向こうからしてもらってしまったのも余計にその流れに拍車をかけている。
(……仕方ない、な)
恥ずかしい気持ちを押し殺し、ゆっくりとお肉を口に近づけて三回。息を吹きかける。
寛司は猫舌でもなんでもないだろうに。楽しんでるな、絶対。
「ん〜、美味しい! 有美が食べさせてくれたおかげだね」
「はいはい。……もぉ」
「なあ由那、あれで俺たちにイチャイチャしてばかりとかよく言えたもんだよな」
「えっへへ、そっとしておいてあげよ? 有美ちゃんすっごく嬉しそうだし、楽しそうだもん」
嬉しそう……とか。変なこと言わないでほしい。聞こえてるから。
全く……。




