300話記念話13 〇〇しないと出られない部屋3
300話記念話13 〇〇しないと出られない部屋3
わしゃわしゃ、さすさすさすっ。
頭のてっぺんを手で覆うようにしてから、時には強めに、時にはとても優しく。なでなでが続く。
「ひなちゃんってほんと華奢だよなぁ。そんなところも可愛いぞ」
「え、えへへ……ありがとう、ございます。でも薫さんには敵わないですよ……」
「ま〜あ私はスーパー美少女だからなぁ。つっても私にひなちゃんみたいな清楚枠は無理だけど」
ごめんなさい薫さん、私は清楚なんかじゃないんです。
だって今、なでなでされてるだけでこんなにも心が高揚して身体が火照ってる。きっと薫さんはただ純粋に可愛いがってくれてるだけなのに、私はその先を勝手に妄想しちゃってる。
「はぁ〜、癒される。ひなちゃんってなんかこう、ひなちゃんの匂いがするんだよなぁ。すぅ〜っ」
「わ、私の匂い……ひゃんっ! す、吸わないでください! うなじに顔埋めるのダメ……ですっ」
首筋に薫さんの息が当たる。
その瞬間、鳥肌のような電撃が全身に走った。
これはまずいと思い身をよじろうとするけれど、それは許してもらえなくて。腰に回されている手の抱擁がより強まった結果、完全に抱き枕のようにされてしまう。
「こんなに可愛い子を吸える日が来るなんてなぁ。ふふっ、逃してやらねえぞっ」
「ん、ひぅ……み、耳元で……喋らないで、くだひゃひっ。変なカンジに、なっちゃいましゅ……」
「変……か。じゃあ、せっかくだし」
「ふえっ!?」
「もっと、変になってもらおうかね」
耳元に息を吹きかけられ身体が溶けそうになったその瞬間。薫さんは私を抱えたままごろん、とベッドに倒れ込む。
私は未だ包容されて身動きが取れないまま。あっという間に上から布団までかけられ、完成した閉鎖空間に二人きり。
「可愛い……可愛いぞひなちゃん。ずっと一緒にいたい……」
「ず、ずずずっとですか!?」
「嫌か?」
「い、嫌じゃない、ですっ! ただ心の準備が……っ!!」
ただでさえ少しの間一緒にいるだけで心臓が破裂しそうになる程ドキドキしちゃうのに。ずっとなんて、心が持たない。甘々に溶かされておかしくなってしまう。
「なあ……ひなちゃん」
「は、はい?」
「……キス、してもいいか?」
「……………………へえっ!?」
「っていうか、する。もうガマンできねえし」
「か、薫しゃ……あっ……」
さっきまでバックハグだったのに、私の身体はすぐに反転させられて。至近距離で見つめ合う。
薫さんの吸い込まれそうなほど綺麗で深い瞳に見つめられると逃げる気力が無くなって、身を任せていいかと。身体が安心感に包まれていく。
そうだ、何を逃げる必要があるんだ。大好きな人にキスをしたいと言われたんだ。逃げる理由なんて一つもない。今はただ、身を預けるだけでいい。
「や、優しくして……ください。初めて、なので」
「安心しろ、私も初めてだから。私たちの初めて、交換こしような」
あ、キスされる。
震える肩をそっと押さえられ、ゆっくりと薫さんの顔が近づいてきた。
こういう時どういう風に受け入れたらいいのか、経験のない私には分からなくて。私の全てを捧げると態度で示すため、目を閉じる。
もうこの部屋から出るなんて目的、どうでもいい。むしろここで、私はずっと薫さんと……
唇に息がかかる。ふわりといい匂いが鼻腔をくすぐる。
そして、柔らかい感触が────
「えへへぇ♡ かおるしゃぁん……はっ!?」
ヂリリリリリリリリ。耳元で大きな金属音が鳴る。
ベッドの中。見ると私を抱きしめていたはずの薫さんを抱きしめてたのは私……というか、これ薫さんじゃない。いつも抱きながら寝てるぬいぐるみだ。
「夢……え、夢!? イチャイチャしないと出られない部屋は!? 薫さんとのキスはぁぁっ!?」
がばっ、と身を乗り出して目覚まし時計を止めると、嫌でもここが私の部屋だと思い知らされる。
窓に映った私の髪はひどい寝癖でぐしゃぐしゃ。隣に薫さんはいなくて、ここには私だけ。
「うぅ。そう、だよね。薫さんが私のこと好き、なんて。そんなの絶対無いし……。でもせめて! せめて夢なら、最後までさせてよぉ……」
しゅんとした気持ちになりながら、スマホを開く。
午前十一時。もうお昼前だ。今から寝直したらさっきの続きを見られるだろうか、なんて。そんなことを考えながら通知を確認していると、一件のLIMEメッセージが届いている。
『ひなちゃーん! 今日は十二時集合でええかいー?』
「か、薫さん!?」
そうだ、そんなことしてる場合じゃない。
今日は薫さんとゲームセンターに行く約束をしていた。今から二度寝なんてしてたら本物の薫さんとの約束に遅刻してしまう。
「い、いいもん。私だっていつか、本物の薫さんと……っ!!」
まずはこの酷い寝癖をなんとかしないと。こんな髪で会いに行くなんて絶対にダメだ。
夢は夢。むしろこんなに幸せな夢を見ることができて幸運だったと、そう割り切って。
ベッドを飛び出たのだった。




