300話記念話1 君のためのASMR
300話記念話1 君のためのASMR
ASMR。それは、イヤホンなんかを介して聴覚に刺激を与え、人を癒すものである。
一般的には耳かきの音とか、あと最近見たのだとアロエを切る音とか。さざなみの音なんてのもあった。それぞれ用途は違うが、主に音フェチ向けのものや睡眠導入用なものが多いだろう。
そして俺は今、微かにそれにハマりつつあった。
「ゆーし? 何聞いてるの?」
「んー? ASMRだよ。由那も聞くか?」
「えー、えすえむ? 初めて聞く単語だよぉ」
ああ、由那は知らなかったか。
まあ確かにこれ自体結構最近出てきたコンテンツだしな。あとコイツは動画を見てる時ほとんど動物系の癒し動画だし。そもそも耳にも入ったことがないというのはなんか納得だ。
俺は軽くASMRとは何なのかを説明し、ワイヤレスイヤホンの片方を手渡す。
何やら興味が湧いてきたようで、由那はそれを受け取ると早速右耳に装着した。ワクワクとした表情だが、そんなに面白いものでもないぞ?
「じゃ、流すからな」
「は〜いっ♪」
さっきまで聞いていた音声「スライム耳かき」の再生ボタンを押し、音量を少し上げる。
なんでもこれはASMR用のマイクにスライムを詰め込み、そこに耳かき棒を突っ込むというもの。ぐちゅぐちゅと深い音が響くと同時にぞわぞわが頭の中に広がり、なんだか気持ちよくてついついずっと聞いていたくなる、そんな音声。
「ん、ぅ。何、これぇ。凄い音してる……けど、なんか気持ちいい?」
「だろ?」
由那も気に入ってくれたようで何よりだ。
そういえばコイツ、耳が弱いって言ってたっけ。何気に音フェチな部分もあったりするのだろうか。普通初めて聞くASMRってなんか変な感じがするんだけどな。一発目から気持ちよくなっているように見える。
「み、右耳だけぐちゅぐちゅって。本当に奥の方までいじいじされてるみたいだよぉ……。こ、これ両耳付けたらどうなっちゃうの?」
「? 付けてみるか?」
「あっ……ふにゃあああぁっ!?♡」
なんかもっと欲しそうにしていたので、俺の付けてきたイヤホンを左耳に装着してやる。そして同時に音量も二段階ほど上げてやると、由那は甘い声をあげてソファの枕に倒れ込んだ。
(おいおい、なんて声上げてんだ……)
コイツ、確かに言われてみれば耳かきしてあげる時もすごく気持ちよさそうにしてたし、不意に耳にイタズラすると甘い声を上げる時もあったけども。まさかここまでよわよわだったとは。
流していた音声を切り、イヤホンをそっと外す。なんかあまりコイツにこれを聞かせ続けるのはよろしくない気がした。俺も由那も、お互いに変な扉を開きそうだ。
「とまあ、こんな感じのやつだ。どうだった?」
「ど、どうって……き、気持ちよかった、よ。ちょっと刺激、強かったけど……」
ぽっ、とほのかに由那の頬が赤くなっている。これは変な声を上げてしまったことへの羞恥から来たものなのか、それとも思いの外気持ちよくて体温が上がってしまった故なのか。もしかしたらどっちもかもな。
「むぅ……。なんでゆーしはそんなに平気そうなの? あんなのずっと聞いてたらおかしくなっちゃうよ……」
「え? あ〜、まあ慣れじゃないか? 最近こういうの結構聞いてるし。こういう気持ちいい音のやつだけじゃなくて、安眠用のリラックスできる音もあるしな。ほら、さざなみとか焚き火とか。そういう物静かなタイプのやつ」
「そ、そんなに種類あるんだ。ちょっと調べてみる……」
あれ、由那さんもうハマっちゃったのか?
自分のスマホを開き、動画サイトで検索をかけた由那は指で画面をスクロールさせながら、かず多く存在するそれらのサムネイルに目を通していく。
そして俺はすぐに、その行いを許したことが間違いだったと気づいたのだった。
「!!? ゆ、ゆーし!? こ、これっ!! こ、こここれはちょっと……こういうのも聞いてるの!?」
「へ? あっ……」
そう。俺が聞かないだけで、ASMRには音フェチ、睡眠導入のほかにもう一つ、大々的に取り上げられているコンテンツがあったのである。
それは、可愛い女性配信者が主体として行なっている耳舐めや甘々な囁き。そしてそういう動画のサムネイルは、動画サイトでBANされてもおかしくないほどの過激さをしていて……
「そ、そんなのダメ! 他の女の子に癒してもらうなんて……絶対にっ!!」
由那の嫉妬心に火をつけてしまったのだった。




