286話 ラムネクリームソフト
286話 ラムネクリームソフト
「……美?」
「ん、んぅ?」
「有美、着いたよ。橋の向こう側」
「……んぁっ!?」
好きな人の背中というやつは、きっとかなり安心できる場所だったのだろう。
ただでさえ怖いあの橋の上に立たされた後だ。数分もの間目を瞑っていれば眠ってしまいそうにもなる。
「へへ〜っ♪ おかげでいい写真撮れたぜぇ?」
「な、なっ!? ちょ、寛司! 下ろして! 下ろしてぇ!!」
「はいはい。落ち着いて? ゆっくり下ろすから」
小悪魔のようなニヤケ顔で撮った写真を見せながら中田さんを挑発する在原さんは、それはそれは楽しそうに。顔を赤く染める彼女を弄り倒す。
ただ、それでいてどこか嬉しそうな表情もしていた。きっと誰一人欠けずここまで来れたことに達成感というか、満足感のようなものを感じているのだろう。
ちなみにそれは俺もだ。あの突風が吹いた時はどうなることかと思ったが、中田さんも、そして由那も。みんな橋を渡り切ることができてホッとしている。
「えっへへ、怖かったけど楽しかったね! それで、頑張った彼女さんにゆーしは一体どんなご褒美をくれるのかにゃ〜?」
「お、お前なぁ。橋の上ではあんなにビビり散らかしてたくせに渡り終えた瞬間露骨に調子に乗りやがって。別にご褒美はいいけどさ。何して欲しいんだ?」
「ん〜、そうだにゃあ。頭なでなで……それともハグ? キス!? いや、やっぱり今のは無し。ゆーしとのキスは絶対に二人きりの時がいいし……ふんにゅうっ!!」
なんか頭の中お花畑で悩んでるなぁ。というかそれ、全部ご褒美とか関係なくいつもやってることなんだけども。まあ由那がそれでいいなら全然、むしろ俺は何か変なことをさせられる心配もなく安心なくらいだ。
「あ、あのっ……在原さん。全員揃ったので、その……混んじゃう前にそろそろ……」
「ん? あ〜、そうだ。そうだった! よぉし皆の衆、せっかく頑張ってこっち側まで渡って来たんだ。名物食うぞ!!」
「名物? ああ、そう言えばそんなこと言ってたような気がするな……」
「美味しいもの!? なになに!? 私ちょっとお腹空いてたから早く食べた〜い!!」
「ふっふっふ。由那ちゃん、あれを見るのだ!!」
ビシッ。キメ顔で在原さんが指を指した先には、十人ほどのお客さんが並ぶ列。そしてその横の看板には「名物:ラムネクリームソフト」と書かれていた。
値段は五百円。少し高いようにも感じるが、どうやらあのソフトには通常のバニラとラムネ味のものを混ぜたクリームが使われており、そのうえにパウダーなんかで味付けもされているらしい。なにやら豪勢でとても女子人気も高そうだ。
「なんでもあれが絶品らしくてなぁ。ここまで来たからには食べて帰らんわけにはいかんだろうと! ぶっちゃけ橋を渡ることよりも私はこのソフトを食べるためにここまではるばるやって来たみたいなところがある!!」
「そ、そんなになの……? でも、普段から甘いものばっかり食べて舌が肥えてる薫が言うなら割と信頼できるかも……」
「せっかくだし食べてみようよ、有美。疲れた身体には甘味がちょうどいいと思うし」
「さんせ〜いっ!! ね、ゆーしも食べるよね!! ラムネのソフトクリームなんて私初めてだよ〜!!」
「お、おう? そうだな。じゃあせっかくだし俺も」
結局全員が同じソフトクリームを食べることとなり、列に並ぶ。
幸いまだ列はそれほど長いものではないし、ソフトクリームは一つ一つを作るのにそう時間は要しないのですぐに順番も回ってくることだろう。
疲れた身体に甘味の名物。楽しみだ。




