277話 ひなちゃんと目撃した甘々2
277話 ひなちゃんと目撃した甘々2
「……ぷぁっ」
甘く、深い。絡まりあった舌が離れると、唾液が一本の糸を引いて。足元へと落ちる。
周りには全然人がいなくて、せいぜいいたのは遠くの席で談笑しているおじさん二人くらい。距離も相まって、その後ろでこんな濃密なキスが繰り広げられていることなんて当然気づいてない。
────目撃者は私一人だけだ。
「ねえ、もう一回シよ?」
「有美、ちょっと落ち着いて。誰かに見られるかもしれないからせめて場所移そう?」
「んー……ヤダ」
「ぅむっ!?」
「はわっ!?」
そしてすかさずもう一回。とろんと甘い目をした有美さんから、深いキスが交わされる。
キスが始まると更に有美さんの心の奥底に眠っていた″女の子″な部分が爆発したのか、渡辺さんの首元にそっと手を回すとそのままハグまで。本当に漫画の中の世界かのようなイチャイチャっぷりだ。
(有美さん、渡辺さんと二人きりの時はあんな感じなんだ……)
今までも何度か、手を繋いでいるところやベンチに座って一つのイヤホンで音楽を聴いているところなんかは目撃したことがある。その時も大概有美さんは女の子の顔をしていたけれど。
キスをしている時はなんというか……違う。女の子、という言葉以上の表し方は私には浮かばないけれど、それでもそれ以上ということだけはよく分かる、そんな顔。
二人とはある程度距離が離れているのに、こちらにまで唾液が混ざり合う音が聞こえてきそう。誰かに見られるかもしれない場所でこんなことを。それも何度もするなんて……。
「ふぅ。ごめんね、寛司。今のうちに充電しとかなきゃと思って……」
「い、いいよ。ちょっとびっくりしたけど。それより充電って?」
「だって……今日から二人きりになれる機会、減るでしょ。その、夜も……ガマンできるように、って」
(よ、夜っ!? それって……えっ? 男子部屋と女子部屋で別れちゃうから一晩会えないし、って意味だよね? そうじゃなかったら……そうじゃなかったら!?)
私は脳内で行き着いてしまった結論に対し、ぶんぶんと否定の首振りをする。
が、正直心の中では否定しきれなかった。その理由はさっきの甘々キスにも起因している。
有美さんが渡辺さんと二人きりの時には甘えん坊になることは知ってる。旅行が始まって二人きりになれる時間は減るし、夜には部屋が別でまた会えなくなるから今のうちに甘えておきたい……みたいな理屈も、確かに通るには通る。けど、それ以上に。
二人が既に″一線″を超えてしまっているとすれば。夜そういうことができないからここで甘えておくという話にも全く違和感がないのだ。むしろあの寝言や二人の醸し出す甘々ムードがいつもより一段と強かったことを考えれば、そちらの方が説明がついてしまう。
「ほんと、甘えんぼで寂しがりやだよね。有美って」
「う、うるさい。……悪いの?」
「ううん。そんなことないよ。むしろ俺としては嬉しいかな。こうやって公共の場でシちゃうくらいにガマンが効かなかったってことでしょ?」
「っっうっ!? へ、変な言い方するなっ!」
「ふふっ、ごめんごめん。ね、有美。もう車に戻ってもあと一時間ちょっとしか無いしさ。集合時間までここにいようか。そしたらずっと充電、できるよ?」
「へっ!? ……う、うん。分かった」
ああ、駄目だ。一度そういう風に頭の中で納得してしまうと、もうそうとしか思えない。
……戻ろう。車の中に。変なこと考えすぎて身体が熱い。この話題はまだ私には早過ぎた。
(お幸せに……)
私はそう、心の中で一人呟いて。顔を真っ赤にしていることに気づかないまま、みんなの待つ車へと歩みを進めたのだった。




