276話 ひなちゃんと目撃した甘々1
276話 ひなちゃんと目撃した甘々1
「……んぇっ」
ガクンッ。車の扉にもたれかかるかもたれかからないかのギリギリな体勢で寝ていた身体が、その不安定な状態に耐えられなくなり扉へと倒れる。
その衝撃でおでこを打つと、僅かな痛みと共に目が覚めて。そこで初めて自分が寝てしまっていたことに気づいた。
だらしな口の端から垂れていた涎を袖で拭き取り、暗い車内を見渡す。
相変わらず由那さんと神沢さんはラブラブだった。二人で抱き合い、お互いの存在を確かめ合うようにして気持ちよさそうに眠っている。
前を見ると先生はアイマスクをしていびきをかきながら爆睡しており、その横で薫さんはニヤニヤしながら何やら寝言を呟いて熟睡していた。
(……って、あれ? 渡辺さんと有美さんは?)
しかしそこで後ろの二人がいなくなっていることに気づく。
てっきり横のラブラブカップルさん同様身を寄せ合って眠っているものだとばかり思っていたけれど、トイレにでも行っているのだろうか。
というか……私も行きたい。トイレ。
「お、起こさないように。ゆっくり……」
車内の四人はいずれもよく眠っているからそうそう起きることはないと思うけれど、念には念を重ねて。私はそっとドアを開閉して車外へ出ると、一人パーキングエリアのトイレへと向かった。
◇◆◇◆
トイレを済ませて手を洗い、外へ出る。
このまま車内へと戻ろうかと思っていたのだけど、妙に目が覚めてしまった。確か再出発は六時と言っていた気がするから、まだ一時間半ほど時間がある。
それくらいの時間なら起きていようか。暗い車内でスマホを開いては眩しさで横の二人が起きてしまうかもしれないし、パーキングエリアの中でしばらく過ごそう。
そんなことを考えながら、中へと入る。
入ってすぐのところには無料で貰える紙コップと温かいお茶があって、少し心が弾む。パーキングエリアという場所に来たのは随分久しぶりだ。特にこうやって夜中に一人でなんていうのは車を運転できる歳じゃない私からしたら初めての経験。なんだか冒険をしているかのような気分だ。いっそこのまま夜食なんかを摘んでみたりしてちょっと悪なことも────
「あ、あれって有美さんと……渡辺さん?」
そんなことを考えていると、フードコートの少し入った先のところのソファー席に座っている二人が目に入る。
相変わらず距離が近く、誰が見ても分かるカップルさん。普通ああいう席に二人で座る時って対面だと思うけれど、由那さんたちも然りさも当たり前かのように隣に座っている。
一緒に食べているのはうどんだろうか。けどどちらももう完食し終わっているみたいで、残っているのは大きな器に入った出汁とれんげ、一膳のお箸のみ。
(声、かけない方がいいよね。二人きりでお楽しみ中みたいだし、私はひっそりと端っこの方で……)
邪魔をしてしまってはよくない。そう思い、二人にバレないよう死角かつ一番端の方のカウンター席に一人で腰掛けようとしたのだけれど。
そこで私は、衝撃の映像を目撃する。
「っぴ!? ゆ、ゆゆゆ有美さんっ!?!?」
そう。それは、もはやただのラブラブカップルという一言だけでは済ませることのできない、異様な光景。
ここが外だということを。周りに人の目があるかもしれないということを一切度外視したその行動は、私の目を惹きつけて離さない。
「あわ、あわわっ……」
そして、私はそのまま吸い寄せられるかのように。
気づけば柱の影から、まるでストーキングでもするかのように二人の様子を伺うことにしてしまったのである。




