273話 よふかし二人組1
273話 よふかし二人組1
「えへへぇ。ゆーしぃ……しゅきっ♡ だいしゅきぃ……っ♡」
「ぐぬぉ。苦……しぃっ」
午前四時半。薄ら目を開けて車内を見渡すと、暗闇の中で幸せそうな寝顔が聞こえてくる。
江口さんと勇士。相変わらずな二人は半ば抱き合うようにして眠っていた。勇士の方は腕を固められ何度も何度も頬すりをされながら少し苦しそうにしているものの、それもやっぱり愛情の印。されて嫌なはずがなく、拒絶するような仕草を一切見せないあたりやっぱり好き好き同士なのだろうなと思う。
というか、もうこんな時間なのか。いくら無料温泉旅館の宿泊権を獲得するためとはいえ、先生にはかなりの重労働を負わせてしまっている。俺にできることなんてあまりないがせめて何かを差し入れるくらいはしようか。
そんなことを考えながら、勇士にとっての江口さんのように左腕にぴっとりと密着している彼女さんを見つめる。
すやすやととても気持ちよさそうに小さな寝息を立てるその姿はまるで天使のようだ。最近有美の寝顔を拝む機会は増えたが、いつも俺の隣で幸せそうに寝てくれるのを見てついついニヤけそうになってしまうのは内緒だ。
「んぅあ。あれ……私、寝てたぁ?」
「おはよ有美。俺も今起きたところなんだけど、もう中間地点のパーキングエリアまで来たみたいだよ。今は先生が朝の六時までって仮眠とってるところ」
まだ頭が冴えていないのだろう。どこかぽわぽわとした緩い雰囲気を漂わせている。
有美は朝も夜も弱い。受験シーズンやテスト期間は必死で努力して早起きや夜更かしをするけれど、リラックスしている普段となるとそうはいかない。むしろ一度でもこうやって目を開けたことそのものが奇跡なくらいだ。
「トイレ、行くぅ……」
「分かった。じゃあ降りよっか」
江口さんと勇士を起こさないようそっと座席を動かして調整してから、車を出る。
「かんじぃ?」
「どうしたの?」
「ついてきて……くれないの?」
「っ!? も、もちろん無理だよ!? いくらなんでも女子トイレは!!」
「……ぶぅ」
ああもう、可愛いな。普段の有美なら言わないような言動、しないような表情が見られる。若干子供っぽいというか、幼なげな仕草なんかも多くて。何度もドキッとはせられてばかりだな。
「あ、でもせっかくのパーキングエリアだもんね。ちょっと覗きに行こっか。有美が出てくるの、ここで待ってるね」
「ほんと? 先に帰ったりしない?」
「しないしない。ほら、早く行っておいで」
「う、うんっ!」
パアァッ。分かりやすいくらい有美の表情が明るくなったかと思えば、女子トイレへと消えていく。
それにしてもパーキングエリアか。トイレ休憩や少しお土産を買う機会として寄ったくらいしか記憶がないから結構楽しみだ。
しかもそれを、有美と。少し小腹も空いてるし何か間食っていうのもいいかもしれないな。
寝起きにも関わらず俺の気持ちは少しずつ昂っていっていて。有美が戻ってくる頃には二人してどこか観光地に行く時かのような。そんなテンションになっていた。




