267話 口走った寝言2
267話 口走った寝言2
「朝まで……?」
「ち、ちがっ! 今のは!!」
きょとんとした様子で見つめる由那から目を逸らしながら、寛司は中田さんの口を手で押さえる。
初めて見たな。コイツが動揺してるところ。
男女がお泊まりで朝まで。それでいて激しいもの。そんなの、思春期男子の俺じゃなくても容易に想像がつくだろう。現に今何も勘付いていないのは由那だけで、その向こうの蘭原さんは顔を真っ赤にして俯いている。
「んぁ、ぅ。あれ、私寝ちゃってたぁ……?」
「ゆ、有美」
「なぁに?」
それにしてもなんというか。寛司の言っていた通りだな。
目がとろんとしていて、これは由那にも同じことが起こったのを見たことがある。
甘えんぼスイッチだ。今、中田さんは寛司と二人きりでいる時のようなスイッチが入ってしまっている。
それを察したのか。寛司は冷や汗をかいている様子だった。この後中田さんが何を口走るか分かったものじゃないしな。
「とうとうCまで……。まあ、うん。二人は俺たちより前から付き合ってたんだもんな。とりあえずおめでとう」
「勇士!? か、勝手に祝うのはやめてくれ! 違うんだ、本当に誤解で!」
「えへへ……ぎゅっ」
「〜〜〜っ!!」
ちなみに俺が言ったCというのは、恋愛におけるABCのこと。
俺もあまり詳しくは調べたことがないが、確かAが示すのはキス。Bがそれ以上の愛情表現で、そしてCは……。
「な、なんだろ。有美ちゃんがお砂糖オーラ出してるのみたら私までイチャイチャしたくなってきた。ね、ゆーし!」
「いや、ねっ! って言われても。オイやめろ? ちょっとずつすり寄って来るな?」
「……なんだか後ろは随分と楽しそうだな」
「あれ、奈美ねえ嫉妬かぁ?」
「ばーか。私は恋人ができないんじゃない。作らないんだ。酒とヤニを許容してくれて私が堕落しても許してくれる。それでいて今すぐ仕事をやめても養ってくれる財力がある男。それが中々いなくてなぁ。まあ探してもないんだけども」
「そ、それはなんか……うん。奈美ねえが変わろうって気は一切無いんだな」
「あ゛ぁ!? ったり前だろうが! そんなことするくらいなら私は酒とヤニに溺れて一人で死ぬ!!」
「こうはなりたくない大人ランキング一位受賞おめでとう、奈美ねえ」
後ろの座席からは寝ぼすけな中田さんと寛司から特大の甘々オーラが。蘭原さんはぷしゅう、と湯気が。由那からは熱い抱擁が。そして、前の席からはため息とピキる音が。四方八方から様々な情報が飛び交い、密室の車内で暴れ回る。
(初めて旅行に行った時とは……やっぱり、色々と変わったな)
前の日帰り旅行からだったの数ヶ月。俺たちの関係は変わり続けている。
そもそもあの時はまだ由那と付き合ってもいなかったし、中田さんも少なくとも俺たちの前ではもっと気丈に、というか。あまり砂糖オーラを出すことはなく、寛司と二人きりになった時だけ甘えていた。
蘭原さんと先生はいなかったし、そんな二人と仲のいい在原さんはより楽しそうにしていた。前回はどうしても一人で楽しむ、といったオーラがあったからな。それと比べるとやはりだいぶ違う。
「ゆーし、ゆーしっ! もっとぎゅっ……しよ? 有美ちゃんには絶対に負けるわけにはいかないもん!!」
「う゛ぅ。苦しい……」
まあただ、一つだけ確かなのは。
全員が、良い方向へと変化を繰り返してるってことだ。




