266話 口走った寝言
266話 口走った寝言
「えへへ、久しぶりのひなちゃんだ〜! ぎゅ〜っ!!」
「わ、わわっ!? 江口さ……うぎゅっ。す、凄い圧力……っ」
車が走り始めてすぐ。何かずっとそわそわしているなと思っていた由那が動いた。
どうやら夏休みに入ってから俺以外誰とも会えてなかったのが寂しかったらしい。蘭原さんに横から思いっきり抱きつくと、あの大きな物を押し当てて圧迫する。
「あっ、あ〜? ゆーしが嫉妬してる! じゃあゆーしにもいっぱいぎゅ〜〜!!」
「嫉妬なんかしてないっての! やめ、ニマニマした顔で抱きつくな!!」
全く、テンションが高くなってボディタッチがいつもより過激になってるな。いつもでさえ割と多い方なのに。
「おっきい人って、あんなに当たるんだ……それに比べて私なんて……」
て、オイ。由那さん? あなたがした軽率な行動で隣の女子が落ち込んでますが。今笑顔で人の心をへし折った自覚はおありですか?
俺は蘭原さんに心の中で謝罪しつつ。ふくよかな由那の温もりを感じるのだった。
ところで、そういえば後ろが静かだ。
「すぅ……」
「あれ、もしかして中田さん寝てる?」
「あっはは、今寝息立て始めたところ。有美はめちゃくちゃ夜弱いから。すぐに寝落ちしちゃうこともあって大変なんだよ」
「寝落ち、ねぇ。そういえば昨日もそうだったけど、中田さんと夜一緒にいるんだな。お泊まりか?」
「え? あー、うん。前に有美を両親に紹介したら凄く気に入られちゃってさ。そのままなし崩し的にオッケーされた感じ」
「はえー。なるほど」
なんか俺と由那が夏休みの初日に経験したこととかなり酷似していた気がするけれど。まあ何はともあれ、相変わらずバカップルの仲は順風満帆らしい。
「お前らも寝るなら寝とけよー。どうせ今晩は走りっぱなしだ。あと、トイレとか行きたい時はすぐ言うように。パーキングエリア寄るから」
「は〜い!」
「ったく、有美の夜が弱いの、まだ治ってなかったのか。そういや私の家泊まりに来た時もふとトイレに行って帰ったらもう寝てたっけなあ」
「んにゅぅ……かんじぃ……」
に、しても。
なんかこう……いや、二人からの時はあんな感じなんだろうけども。甘えんぼが凄いな。
中田さんの右手は全ての指を絡めて寛司の左手を完全に捕縛。そのうえ無理やり身体を引き寄せるようにして腕に抱きつきながら、好きな人の名前を小さく呟いている。
「有美、寝ぼけてる時とか寝てる時は余計に甘えてくるんだよね。まあそんな姿も可愛いから俺的には全然良いんだけど」
「おま、凄いなリア充アピールが。クラスの男子連中が聞いたら発狂しながら襲いかかってきそうな台詞だぞ」
「そ、それは勇士にだけは言われたくないというか。江口さんと引っ付きながらだと類友すぎるというか……」
う゛っ。確かに……うん。寛司の言う通りではある。
結局俺も初めはただ可愛い幼なじみがいるだけの男だったわけだが、今ではこうしてその相手と彼氏彼女の関係になってしまっているわけだし。あ、いや。なってしまっているって言い方は良くないな。それじゃまるで俺が由那とこうなったのを後悔してるみたいだ。
勿論それはない。今、俺はずっとこの人生における最も幸せな時間を更新し続けているのだから。
「かん……じぃ」
「もぉ、何? そこまで寝言で名前を連呼されると流石にちょっと照れるな……」
「……激しい、よぉ。また……朝まで────ん゛ん゛むぐ」
……ん?




