264話 いってらっしゃい
264話 いってらっしゃい
「そわそわ……そわそわそわ!」
「由那、動きがうるさい。もうちょっと静かにできないのか?」
「できないよぉ! だって今日からついに旅行だよ!? 一泊二日だよ!?」
「ふふっ、こうしてるとまだまだ子供っぽいなぁ。いいじゃない勇士。楽しそうにしてないよりずっと」
「それはまあ、そうなんだけどさぁ……」
いつものように三人で食卓を囲み、母さんと由那の合作夜ご飯を食べる。
この後一時間後、学校近くのコンビニに集合だ。そこからは湯原先生の運転のもと、高速道路を使い朝には目的地へ。
行く場所は何ヶ所かある。俺も全ては把握しきれていないのだが、確か一ヶ所目は″あそこ″だったか……。
まあともかく、これが旅行前最後の食事だ。結局湯原先生はお母さんに運転の特訓を相当させられたらしいので、安心できそうな感じがある。なんでも昔通って免許を取った教習所のコースを借りて走らせてもらったりもしたんだかとか。その話を聞いた時はそんなことができるのかと少し驚いたものだ。
「気をつけて行ってきなさいよ、二人とも。学校の先生と一緒ってんならあまり心配はいらないと思うけど」
「そういう母さんこそ大丈夫か? 由那がいないと飯すらまともに食べなさそうな感じがするんだけど」
「ふっふっふ。私のことは心配しなさんな。たったの二、三日ならそう洗い物はたまらないし、ご飯だって由那ちゃんが作り置きしてくれたのとインスタント食品で充分。ま〜だらだらと惰眠を貪ろうかしらねえ」
「あ、ちゃんと堕落はするんだな。俺の心配は全く取り除けてないけどまあ、餓死はしなさそうだし大丈夫か」
なぜ母親に向かってこんな台詞を吐かなければならないのか。恥ずかしい話だ。
これでも昔はちゃんと毎日ご飯を作ってくれたり色々と家事をこなしてくれたりしてくれてたんだけどなぁ。仕事が忙しすぎる反動なのか、ここ数年はもう帰ってきてから家にいる時はこんな風にだらしない姿を見る時がほとんどになってしまった。
まあほぼ一人暮らしみたいな環境に身を置いていたおかげで最低限生きていくための術は身についたし、それに今は由那だっている。別に疲れを癒す宿的な使い方をしてもらっても全く問題はないんだけども。
晩ご飯を食べ終え、洗い物を済ませてから部屋に戻って荷物確認をする。
着替えにある程度の日用品、財布や家の鍵等々。由那と二人で最後の確認を終えるとキャリーバッグの蓋を閉め、部屋の電気を消して階段を降りる。
「えへへ〜、やっぱり心が落ち着かないよぉ。前に日帰り旅行はしたけど、お泊まりのは初めてだもんね!」
「そうだな。それに今回は人も増えてるし」
「先生とひなちゃん、ね! あ! あとゆーしとラブラブカップルさんになってからは旅行自体が初めてだ〜!!」
「はいはい。もういいから早く靴履けー」
玄関先まで母さんは見送りに来てくれて、行ってきてますをした後は結局家の前まで出てきて手を振ってくれる。
「いってらっしゃ〜い!」
少し小っ恥ずかしくも、嬉しかった。
「大人の階段登ったら教えてね〜〜!!!」
「はぁっ!?!?」
嘘だ。恥ずかしいだけだった。




