261話 薫のお願い1
261話 薫のお願い1
ピンポーン。
「ん、ん゛ぅ……?」
ピポピポピポーン。
「うるせぇ。うるっせぇ」
カチャカチャカチャッ。────ガチャンッ。
二日酔いでガンガンな頭に響くインターホンの音。
今日は布団の中で一日を過ごすと決めていたのに、その平穏を壊すかのように現れた誰かさんは私が出てこないと悟った瞬間、躊躇なく鍵穴に鍵を差し込んだようで。一瞬で城門突破されてしまう。
「ったく。朝来たら寝てるかなと思ってわざわざ昼過ぎてから来たのによ〜。ちょっとだらしなさが過ぎるんじゃないか? 奈美ねえ」
「薫、お前なぁ……。何勝手に入ってきてんだよ。帰れ帰れ。私にはこれから迎え酒という大切な儀式があるんだよ」
「オイ待て、迎えるな迎えるな。落ち着け酒カス」
ズカズカと部屋まで押し入ってきた薫はそう言うと、昨晩から愛情込めて添い寝をしていたマイフェイバリット酒の一升瓶を取り上げてくる。
必死に抵抗しようとしたのだが、とにかく頭は痛いわ眩暈でクラクラしてるわで身体に力が入らなかった。二日酔い×寝起きという一日で一番無防備な瞬間を襲われたのだから、当然と言えば当然か。
「何しに来たんだよぉ。私から酒を取り上げていいと思ってんのか? しまいにはいい歳した大人が声上げて床をのたうち回りながら大泣きするぞコラ」
「どんな脅しだよ……」
大体こちとらお前と違って忙しいんだ。
教員というのは夏休みがない。生徒は学校に行くこともなくせいぜい宿題をする程度で休みを堪能できるだろうが、こっちはそうはいかないんだ。夏休みもほぼ毎日のように出勤しているし、やらなきゃいけないことも多々ある。今日はたまたま休みだったからこうやって家にいるけども。いつもこうやってヤケ酒キメてると思ったら大間違いだぞ。
たまの休みに乗り込んできた問題児に心の中でそう糾弾しながら。布団を剥がされ仕方なく身体を起こす。
まだ全身が重い。髪はぐしゃぐしゃで格好も下着姿に上だけ前のボタン全開なワイシャツを羽織っているだけという。とても人前に出られるような格好ではなかった。
「まあ今日来たのにはちゃんと目的があってだな。奈美ねえにお願いしたいことがあって来た」
「嫌だ」
「まだ内容言ってないんだが……」
「だって薫が私に、だろ? 嫌な予感しかしない。ちっちゃな頃の純粋無垢だったお前が相手ならともかく。薄汚れた心の持ち主になっちまったお前からのお願いなんて絶対聞きたくないね」
「う、薄汚れたて。少なくとも今もこうやって奈美ねえのことを慕ってる可愛い妹分に向かってそんなこと言うかぁ?」
「慕ってる、ねぇ」
本当なのか嘘なのかよく分からないことを吐きながら、薫はため息をつく。
ため息出したいのはこっちだよ。変に目も覚めちゃったし、二度寝しようって気分じゃなくなってしまった。私の休日プランが台無しだ。
「お、話聞いてくれる気になったか?」
「そうだな。聞くだけ聞いてやらんこともない」
「へへっ。流石奈美ねえ! じゃあ早速────」
「目覚めのヤニを吸ってからな」
「だぁっ!! ヤニカスがぁ!!!」
フラつく足取りでタバコの入った箱とライターを手に取ると、そのままベランダへ。私は家の中で吸うことも多いのだが、いくらなんでも生徒の前でヤニるわけにもいくまい。
「ちょ、ちょちょ待てって! その格好はダメだぞ!? 痴女がいるって通報されるってぇ!!」
はぁ……。




