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260話 運動音痴と筋トレタイム5

260話 運動音痴と筋トレタイム5



「ぐおぉ……腹筋つりそう……」


「ふふっ、でも凄かったよゆーし! 私は人生で一回もできたことないのに!!」


「そ、それはそれでどうなんだ。女子も中学とかで毎年テストなかったのか? ほら、腹筋とか長座体前屈とかするやつ」


「……全部二点以下だったよ?」


「そ、そうか」


 たしかあのテストは各競技十点満点。競技数が多く大抵どの生徒でも一つくらいは得意な分野があるものだ。


 体力がなくても身体が柔らかいとか、筋トレはできなくても短距離は早いとか。あとボール投げがやたら距離を出せたり、握力だけ強かったり。


 だがどうやら由那さんにはそういうのが一つもなかったらしい。コイツ、体育の成績で留年したりしないだろうな……。


 そんな事を考えていると、脳内で自分に向けて失礼な言葉が流されていることに気づいたらしく。不満そうにぷくりと頬を膨らませてくる。


「いいもん。筋トレなんてできなくても生きていけるも〜ん」


「ごめんて。てか、それならダイエットはどうするんだよ? 流石に腹筋一回もできないはそのうち日常生活に支障をきたしそうだけど」


「む、むぅ。じゃあこれからはゆーしが手伝って? 一緒に運動……してくれるんだよね?」


「え? まあ別に……うん。それは喜んで」


 一緒に運動をする。俺たち二人でできる内容となると、筋トレかウォーキングだな。由那とウォーキングと称して外を歩くのは気持ちがよさそうだし、筋トレに関しては色々と役得だし。


 俺だって男だ。由那にもっと頼ってもらえるよう、身体は最低限鍛えておきたい。太ってきたとかはないものの、やっぱり少し運動能力が低いのは自分の中で気にしている部分だったしな。


「やったぁ♪ え〜い!」


「おわっ!? ちょ、いきなり抱きつくなって!」


「えっへへ、優しい彼氏さんにはご褒美をあげちゃう! 腹筋五回おめでとう記念でいっぱい私のこと、なでなでしてくれてい〜よ?」


「……それ、ご褒美関係なくいつもしてないか?」


「じゃ、いらない?」


「いります。いりますとも」


 マットの上で俺に覆い被さる彼女の頭を、そっと撫でる。それと同時に左腕で身体を引き寄せて抱擁すると、向こうからもぐりぐりと身体が押し付けられて。良い匂いと共に柔らかな感触が身体中を襲う。


「にゃ〜お♡ これ、私へのご褒美になっちゃってるかな?」


「いや、由那を撫でられるなら俺にとっては充分ご褒美だな。それに、ご褒美のために由那が苦しい目に遭うのは嫌だ。二人とも幸せなら、それが一番だろ」


「んんぅ……しゅき!」


「んぶぅ!!!」


 ずい、と整った顔が急接近してくると、そのまま顔の横を通過する。ぎゅうぅ、と更なる抱擁をするために身体の密着度を上げたのだ。


「今日はまだ朝のキス、してないよね?」


「ちょ、ちょっと待て! 部屋戻ってからにしないか!? なんかこう、体勢がよろしくない!!」


「え〜? ど〜ぉしよっかにゃ〜?」


 耳元で甘い言葉が由那の微笑みと共に直で流し込まれると、俺は思わず声を上げた。


 本当にこの体勢はよろしくない。まるで由那が俺を押し倒し、襲っているかのような。それでいて密着度は死ぬほど高いし、むぎゅむぎゅと色んなものも当たっている。


 とりあえず、一度リセットしたかった。


「あ、そっか。私が下の方がいい? えへへ、ゆーしに押し倒されながらキス……いっぱいされたいかも」


「そういうことじゃ、なくてッ! おま、こんな時だけ力強いな!?」


「キス、しよ? 甘々キスでいっぱいぎゅっぎゅ、しちゃおうよぉ。甘えたいスイッチ、入っちゃったもん。責任とって?」


「〜〜〜っ!!」


 ああ、ダメだこれは。抗えない。争おうとする気力そのものが削がれていく感覚がする。


(由那は言い出すと止まらないし……な)


 ここで由那に身を任せたからって何か不都合があるわけでもない。


 あれ? 断る理由……無いか。というかむしろ俺にとってはプラスしか無い気がしてきた。


 どうせキスはするんだ。毎朝の日課としてもう俺にもそれは欠かせないものになってるし。なら、ここでしても一緒だな。うん。


「俺が原因なら……仕方ないな」


「ふふっ、彼氏さんが観念してくれたぁ。じゃあいっぱい、い〜っぱいしちゃお〜♡」


 最近、由那がどんどん肉食動物のようになっている気がする。




 まあそれを止める術は俺には……ないんだけども。

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