246話 煩悩に塗れて
246話 煩悩に塗れて
「にゃへへ……ゆーしぃ……」
むぎゅっ、むぎゅむぎゅむぎゅっ。
「んぁ……?」
薄ら目を開けるが、目の前は薄暗い。
ほぼ密閉されているこの心地がいい空間は、いつも寝ているベッドの上。頭の上まで包まれた布団と、胸元には……
「おっふ」
幸せそうに眠る彼女さん。ぎゅーっ、と力強く俺を抱きながら、少しだらしのない顔をしている。
(ぬっくぬくになってるのはコイツが原因か……)
とにかく布団の中の温度が高い。彼女の甘い匂いと共に立ち込めた熱気は逃げ場を失い、その結果強くこの場に篭っていた。
「すぴぃ。んにゃぅ……」
(なんだこの生き物。可愛すぎか?)
由那が眠っているところそのものは何度も見たことがあるが、ここまで深い眠りというのは初めてな気がする。ウトウトしているとかそういうのではなくここまで熟睡しているというのは、本当に見る機会が無かった。
その無防備で愛らしい姿に、思わず頭をすりすりと撫でてしまう。
「しゅきぃ……ゆーし、らいしゅき……いっぱいいっぱいぎゅっ、してぇ……」
「〜〜〜っ!!」
クソ、夢の中でまで俺のことを考えてくれてるのか。というか夢の中の俺、ちょっと羨ましいぞ。一体由那とどんなイチャイチャをしてやがる。
夢の中の自分というあまりに無意味な相手に思わず嫉妬しつつも。俺には由那の見ている夢の内容もそこで俺が何をしているのかも見当がつかないので、結局夢の中にいる彼女さんの身体への甘やかしを続行。まだ俺も眠いのでこのまま二度寝しようかと思っていたのだが……
「ちょ、見えっ!?」
目の前でスヤスヤと眠る由那の胸元がこちらを向いていた。
少し大きめのシャツを着ているせいか。ちょうど鎖骨付近からその奥が視界に入ってしまう。
(……ゴクッ)
視界を逸らそうと思っても。ずっと胸元から押し付けてくるそれに対しての意識はもう、外すことなどできない。
それどころか今までも幾度となく押し付けられてきたたわわが、一度触れてその感触を味わってしまったせいでより魅力的に見えてきて、俺の理性の門をこじ開けようと突進してくる。いくら視界が薄暗いとはいえ、魅惑の果実の誘惑はあまりに強すぎる。
(ダメだ。あれはアクシデント……触らせてもらえたわけじゃない! 触ろうなんて考えるな……っ!!)
大体触らせてもらうなら起きている時に……って、そうじゃない! なんで今俺は一瞬触れる前提で考えた!?
早く寝てしまいたいけれど、どんどん目が覚めていく。不味い、このままではただひたすらに苦しみ続けることになるだけだ。
(落ち着け。心頭滅却だ。煩悩を捨てろ。こういうのはやっぱり段階を踏んでから────)
「ん、ちゅぅ。キスも……いっぱいしゅりゅのぉ……」
「ん゛ん゛ん゛ん゛〜〜〜〜っ!?!?」
まるで、俺を逃さないとでも言わんばかりに。熱に包まれた艶やかな唇が襲ってくる。
頭は抑えられ、胸元は激しく密着。そのうえ足元は完全に太ももを絡められてロックされると、いよいよもう身動きが取れない。
本気で身体に力を入れれば、脱出することはできるのかもしれないけれど。俺はそんなふうに無理やり力ずくで彼女を跳ね除けることはできなくて……
「……♡ っ、んぁ。ありぇ? おはよ、ゆーしぃ。お目覚めのキス、してくれたのぉ……?」
「違うぞ。お前からしてきたんだ。こんながんじがらめな状態で」
「ふふっ、そっかぁ。じゃあとりあえずもう一眠り……しよ? まだ離れるなんて、絶対やぁら♡」
「おま、人の気も知らないで……」
「んにゅぅ? えへへ、ゆーしが私のことだぁ〜いすきなのは知ってるよぉ♡」
「……」
ダメだ、会話になってない。由那の完全な寝起きってこんなにだらしなくて可愛いのか。呂律も回っていないし、言葉を発するたびに甘い言葉ばかりが漏れてくる。
というか、なんだ? 魅惑に晒されて目が冴えたと思っていたのに。また少しずつ瞼が重くなってきてる。あ……れ……?
「……すぅ」
「すぴぃ……ぴ〜……」
お泊まりで初めて経験することとなった、一晩を共にするという感触。そして、熱の篭ったお布団で迎える朝。全て心地よくて、全てが俺達を更なる堕落へと導いていく。
ちなみに由那はこの後、俺と一緒に爆睡し過ぎるせいでお泊まり一回目にして朝ごはん係の任務を失敗に終えるのだが。その事はまだ……知る由もない。




