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240話 君の匂いを1

240話 君の匂いを1



「……で? 二人とも同じ箇所を蚊に刺されたの?」


「何か変か?」


「い〜や〜? 珍しいこともあるもんだなぁ、と。そんな綺麗に同じ位置を……ねぇ?」


 母さんと由那の合作である酢豚を中心として、三人で食卓を囲む。


 案の定、と言うべきか。母さんは由那の言った通り簡単に俺たちの″自称虫刺され″の違和感に勘づいた。相変わらず無駄に鋭い人だ。


「そうなの? 由那ちゃん」


「へっ!? う、うん! 気づいたら私も刺されちゃってて……」


「ふ〜〜〜〜ん」


 そして由那さん、あんたは嘘が下手すぎだ。


 いや、母さんが俺よりも由那の方がウブな反応を見せてくれるだろうとロックオンして狙い撃ちしてきたのもあるけど。それでもいくら不意をつかれていきなり話を振られたからって、そんな分かりやすく動揺しないでくれ。


「ま、いいや。そういえばさ。もう一つ気になってることがあるんだけど」


「……なんだよ」


 酢豚をゆっくりと咀嚼し、お茶で流し込んでから。母さんは不敵な笑みを浮かべると、言った。


「二人ともさ。一緒にお風呂入った?」


「はぁ!?」

「んぐっ!? けほ、けほっ!?」


 つい数秒前まで由那にあからさまなリアクションをするなと心の中でツッコミを入れていたのに。母さんの突拍子もない言葉に俺は思わず変な声を上げてしまった。ちなみに由那は横でごはんを喉に詰まらせむせていた。


 なんでだ。なんで気づかれた? 一緒に入ったという痕跡は残していないはずだ。


 水着やら元々着ていた服やらは全て洗濯機にぶち込んであるし、部屋から起きてきて母さんはキッチンとリビングから動いていない。だから洗濯機の中身を見られてということもないだろうし。


「だって由那ちゃんからゆーしの使ってるボディーソープと同じ匂いしたもん。たしか自分の、持ってきてたよね? なのになんでかにゃ〜?」


「うっ!? え、えと……っ!」


 ああ、そういうことだったか。


 まずいな。匂いのことなんて全く考えてなかった。


 確かに母さんと由那は同じ台所に立って料理を作っていたわけだから、匂いという面で気づかれてもおかしくはないのか。


 なんとも誤魔化しづらい状況になってしまった。いっそ変に隠すくらいなら水着を着て一緒に入ったと白状……いや、したくないな。


 ただ正直この状況、俺が何を言ったところで言い訳にしか聞こえないんだよな。母さんが二人でお風呂に入った疑惑をかけた要因はあくまで由那から俺と同じボディーソープの匂いがしたからというだけ。なら、この場は由那に任せるべきだ。


 彼女の一言に全てがかかっている。不安極まりないが、上手く誤魔化してくれると信じよう。


「ゆ、ゆーし……」


「そうなのか? 由那」


「っ……!」


 ごめん。マジでごめん。押し付けるような形になってしまったけれど、頼む。何かこう上手い具合に……


 由那は一度お茶を飲み喉を潤すと、冷や汗をかきながら少し間を置いて。ニマニマと楽しそうに様子を伺ってくる母さんから視線を逸らしながら必死に頭を回す。


 そして────


「い、一緒には入ってない、よ。その……わ、私自分のも持ってきてはいたんだけど……」


 ん? なんだ、みるみるうちに由那の耳が真っ赤になっていくぞ。


 何か解決策が浮かんだから声に出し始めたんだと思うが。赤面してしまうようなことを言うつもりなのか?


「お、同じ匂いを! ゆーしと同じ匂いを、身体につけたくて……」


「…………っ!?!?」




 思った以上の爆弾発言だった。

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