239話 キスマークの行方
239話 キスマークの行方
「へっくち!」
「へくしょっ!」
二人同時のくしゃみが、脱衣所に響く。
「じゅび……」
「ったく、お湯が冷め切るまでイチャつくことないだろ……」
「だってぇ! 一度甘えたくなったら止まんないんだもん……」
原因は明白。見事なまでの湯冷めである。
結局由那はあの後しばらく離してくれず(まあ俺もノッてしまったから由那のせいにはし辛いが)、浴槽から上がる頃にはぬるま湯に身体を冷やされていた。
これからは一緒にお風呂に入るとしてもあまりイチャつきすぎないようにしよう。そう、反省しつつ。バスタオルで身体を拭いていく。
「ゆーし、今こっち見ないでね? 水着脱いで裸になっちゃってるから」
「見るかぁ!! そんなこと言ってる暇あったら早く服着ろ!!」
「……ゆーしが見ないなら、私が見てもいい?」
「はっ!? バカ、やめろよ!? 絶対振り向くなよ!?!?」
「にへへ、うっそだよ〜♪」
一瞬身の危険を感じたが、相変わらずのおふざけだったようだ。いっそのこと振り向いてやろうか。……いや、やっぱりやめとこう。
由那の裸なんて、俺は当然見たことがない。小さい頃一緒にお風呂に入ったりしていたと思うから正確に言えば見たこと自体はあるんだろうけど。昔すぎて覚えていないな。
まあここだけの話……下着なら何度か見てしまったことがあるのだが。抱きついてきた時の服の隙間からや、屈んだ時無意識に見せつけてきた時等々。しかし由那には気づかれていないし実質ノーカンだろう。というかこれは俺から見たわけじゃなくて由那から魅せられただけだし。
「服、着終わったよ〜。ゆーしは?」
「俺も今終わったとこ」
「は〜い」
そうして結局、お互い一度も振り向かないまま。一枚も壁を隔てることなく横で着替え終えると、お互い同時に振り向く。
寝巻きに着替え、さっきまで着ていた水着と元々着ていた服を全てカゴに放ると、由那は先に廊下へ出ようとしたのだが。俺は手を引っ張り、全力でそれを阻止した。
「おいバカ。首元のキスマークそのままにして行く気か?」
「え? あ〜、忘れてたぁ」
「おま、棒読みなんだよ。絆創膏で隠せって」
「うぬぅ……。もう隠さなくてもいいんじゃない? おばさんなら多分二人一緒の位置に絆創膏なんて貼ってたら勘付くと思うよ?」
「う゛っ。それはまあ、そうだけど。もしかしたら気づかないかもしれないだろ? 少なくとも丸出しにしてるよりはいいって」
「んもぉ、分かったよ。仕方ないにゃあ……」
ようやく分かってくれた由那は、「んっ」と首筋を曝け出して来る。
「貼って?」
「……おう」
絆創膏の包装紙を剥がすと、そっと首筋に触れる。
キスマークは見事なまでに跡として残っていた。俺のもまだ消えていないし、丸一日以上は持つのだろうか。
自分でつけたキスマークを自分で隠す。その行為になんとも表しづらい、それでいて胸をザワつかせるような気持ちに陥りながら。ゆっくりと絆創膏でそれを覆った。
「ゆーし、分かりやすいね。せっかく私につけたキスマーク……隠したくないんでしょ」
「な、なんのことかな。ちょっとよく分かんないぞ」
「もぉ、私はゆーしの彼女さんだよ? 嘘なんてすぐに見抜いちゃうんだからね〜♡」
……図星だった。
でもやっぱり隠さないといけないし。こんなの母さんに見つかったら最悪だ。揶揄われるのだけは本当に勘弁したい。
「ご飯食べる時だけ付けておいて、部屋に戻ったら取っちゃおっか。ゆーしのも取ってね?」
「…………はい」
本当に、よく俺の気持ちを理解してやがる。
そんなことを言われてたら断ることなどできないと。そう、分かった上での発言だった。




