乙女ゲームに攻略キャラがやってきた……?
作者はそんなつもりはないのですが、話の流れ上、ボーイズ同士の恋愛のように見える箇所があります。(箇所というかほとんどですが。)そのような関係性が苦手な方は、お控えください。ただ、作者としましてはギャグのつもりです。
失礼しました。
心に闇やトラウマをかかえたイケメンたちー。彼らは、真の自分を誰にも理解してもらえぬことに苦しんでいた。しかし、そんな彼らも、とある一人の人物に出会い、恋をすることで自身の殻を破っていく。彼らにとってその人物こそ世界の全てであり、また、初恋の相手でもある。そう、その人物こそ、イケメン攻略に万能なスキルとステータス与えられたヒロインであるのだ。
そう、ここまでは共通であるはずだった。
しかし、ここでそのジャンルを大きく変えることになるエラーが生じた。
ヒロインの性別が本来とは真逆だったのである。
◇
「俺、主人公じゃないんだけどね。」
薄い青色のふわふわの髪を揺らして軽く答える青年。その顔の造形は美しい。サングラス越しには、美しい切れ長の、これまた美しい灰色の瞳が覗き、それもまたふさふさの睫で覆われていた。180を越えていると思われる身長に、シンプルなTシャツに黒いパンツを合わせた男は、まるでファッション雑誌から飛び出てきたモデルのようだ。彼の全身からは、とてつもないオーラが溢れんばかりに輝きを放っていた。
そんな彼を囲み、赤髪、黒髪、ピンク髪の少年がこれまた色気のある声で彼にささやいた。
「ヒロイン、そんな拗ねんなよ…」
「可愛い顔が台無しだぜ。」
「なんか、俺ーきみのこと知りたくなってきた。」
イケメンにのみ特許が降りたセリフがきれいな顔をした男たちから発っせられたのだ。たちまち辺りは黄色い声に包まれる。そんな中、セリフを直に浴びた水色髪の男は不思議そうに首をかしげていた。
「え?俺、可愛い顔してる?はじめてだな。」
「…………」
「…………」
「…………」
「あれ?誉めてきたの……そっちだよね?」
それでも無言を貫き通すイケメンたちは、それはそれは内心葛藤していた。
(あれはヒロインあれはヒロインあれはヒロイン)
(彼女は平均より身長が高くてボーイッシュな女の子なんだよ!!!!)
(かわいいかわいいかわいいかわいい(暗示))
「まさか、俺、ヒロインとして受け入れられちゃう感じ?」
必死に己を受け入れようとするイケメンたちを見て、水色髪の美男子は、自身が抱える違和感を口にした。しかし、各自戦っている男らに聞こえることはなかったー。
そう、ここは乙女ゲームの世界。
本来のヒロインの代わりに、他ゲームの攻略側キャラがやってきたのである。
そしてその犯人は……。
イチこと、黒髪の少女だった。少女は、青髪の青年とイケメンたちを取り囲む群衆に紛れて、騒ぎの中心を伺っていた。それに同伴していたケンが呆れたように口を開く。
「おい、なんか、BのLっぽくなってんだが。」
「そりゃ、Bしかいませんからね。」
「なんたってこんなことになったんだっけ?」
「それは、私があの人をこっちにポイしたからですね。」
「聞きたいのはそこじゃねぇ。ふざけんな。」
「…青髪のリュカさん。あの人って、攻略キャラとしては圧倒的にラスボスキャラなんですよね。」
訳が分からないというように顔をしかめるケンにイチがファイルを渡す。「どうして事前に読んでこないんでしょう。」という嫌み付きで。
「……ほんと、一言余計なんだよな。」
ケンがファイルを手に取り、パラパラとそれをめくると、目的のページで手を止めた。
「リュカ・アルベルト……か。ファンからはリュカ様と敬称で呼ばれている…他のキャラたちと比べて強者感は圧倒的…実家はアルベルト財閥、本人はその御曹司だが家族との関係は希薄。その溝をヒロインが埋める……」
いくつかの項目を読み上げたケンは、ファイルを乱雑に床に投げつけた。
「なんやこのチート。うぜっ!」
「ファイルは雑に扱わないでください!そんなんしたとこで、あなたがリュカさんに勝てるわけじゃないんですから。」
「もっとうざいやつが横にいたなあ!」
イチに苛立ったように悪態をつくケンだったが、深呼吸をすると、再びイチに疑問を投げ掛けた。
「で、それがなんでやつとこの世界のやつらを接触させることにつながる?」
「なんでって……知りたくないですか?」
「なにを?」
「リュカさんみたいな最強なキャラと、最強とはいかなくともまあまあステータスの高い集団、果たしてどっちが自我を貫け通せるのか。」
「悪趣味かよ。」
「これはれっきとした心理学の研究ですよ。人と人の心が混ざり合うとき、それは予期せぬカオスを生じさせる。ときには新しい秩序を作り出し、ときにはさらにカオスを連発させる。決して人の心とは予想することはできないのです。しかし、我々は様々なカオスを経験として蓄積している。だからこそある程度、心理戦などが可能になるわけですよ。
しかし、リュカさんみたいな最強キャラが対象にされた経験なんて、そうそう積めません。」
少女はそういうと、男の方を見やった。男はため息をつきながら、視線を騒ぎの中心に戻す。
「素晴らしいプレゼンにちょっと見てみたくなったわ。」
男の言葉に少女がニヤリと笑う。
「でしょう?」
そう言って、二人は再び騒ぎの中心へと視線を戻すのだった。
一方、男たちは未だにやり取りを行っていたようだ。赤髪の男が青髪の男の顎をくいっと持ち上げる。いわゆる顎くいだ。だが、赤髪の男は身長差を考慮していなかったようである。いや、自身よりヒロインの方が背が高いことをどうしても男としてのプライドが認めれなかったのだろう。
「ヒロイン、俺だけを見てろよ。」
「あ~見えない。うん。てか、俺の方が背高いんだからさ、顎クイていうより、ただただ天井向けさせられただけだよ。これ。」
「…(イラッ)そういや、ヒロイン、髪の毛きれいだな。手触り最高だぜ!」
「なぁに、俺の使ってるメーカー知りてぇの?」
「ふっ、強気なとこもかわいい。」
「ま、俺、顔最強だからね~。」
「はは、カワイイワー。」
赤髪の少年とヒロインと呼ばれる男の噛み合わない会話を、黒とピンクの髪をしたイケメンたちがじっと見つめていた。
「おい、いったいどうなってんだ?」
「知らないよ!」
「可愛い女が来るかと思ったら……あいつ、明らかに俺らよりだろ。」
「……希にバグがあると聞くからな。もしかしたら、あいつ、別の乙ゲーの攻略キャラかもしれねぇ。」
「……攻略キャラvs攻略キャラかよ……。」
「……きついな。」
「てかさ、あのヒロイン……全く抵抗してなくね?むしろ乗り気……て言うか…………。」
「…………」
「…………」
「「………きついな。」」
一方、青髪の男も男で、内心思うことがあった。そう、彼自身も本来はヒロインをときめかせる立場にいる人間なのだ。それがどうか。今は逆に自身がときめかせられそうとしている。男には、ときめかない自身があったし、なんなら状況を楽しむくらいの余裕はあったが、男にも譲れない部分というものがある。
よって、両者の思うところは同じであった。自分たち、あるいは自分の役割はヒロインをときめかせる側なのだと。
両者のプライドをかけた戦いがいま、始まる。
◇
結局、攻略キャラたちとヒロインは自己紹介をすることになったようだ。時刻は12:10。昼休みが始まったばかりだ。豪華なシャンデリアが等間隔で並んだ部屋は攻略キャラたち専用のルームだ。その一室のソファに、青髪の男を中心に個性的な男らが集まっていた。
最初に口を開いたのは赤髪の男だった。
「まずは、自己紹介だな!俺は、上院 陽輝!!白波高等学校の2年だぜ!よろしく!」
「おっ!きみは、元気いっぱい系キャラってわけねぇ~。」
青髪の男がなるほど、と上院を分析する。
「あんまいうなよ!!」
「ははっ!ごめんごめん~。じゃあ、次は、ピンクのきみ!」
「その言い方やめてくんない?僕は白桃 瑠璃。2年。」
「はくとー……あ!漢字に桃って入ってるねぇ!あ、そゆこと?分かりやすいように、名前に合わせて、ピンクにした感じ?」
「っ!どうでもいいでしょ!これは地毛!!」
「え!地毛?すっご!純ジャパだよね?きみ。」
「あんただって、青じゃん!」
「あ、俺ね、俺は、リュカアルベルト!ね?名前からしてノンジャパでしょ?言語は日本語なんだけど~」
ヘラヘラと笑う男に、白桃だけでなく他の男たちも顔をひきつらせていた。
「次はお「よっし!自己紹介も終わったし、次の議題は」終わってねぇよ!!」
「え?」
自分の言葉を遮った声にきょとんとするリュカアルベルト。
「俺がまだだろぉが!!」
「あ!黒髪くんまだだっけ??あっれぇ?」
「てめっ……わざとだろ!」
「そんなそんな~さあ、どうぞ!」
「………」
リュカが男に続きを促すが、男は黙ったままである。
「え?ちょっとしたおふざけだったんだけど、気にした?ナイーブだねぇ…」
リュカがあちゃーと顔に手を当てる。
「違うと思う。」
答えたのは白桃だった。
「そいつ、俺の自己紹介の後だからー。」
「?」
「彼の名前は「黒崎 智哉だ!!!」
瑠璃に被せるように、男が言いはなった。
「別に、名前と髪色は意識していない。」
男がそう言った瞬間に、リュカの大爆笑がその場に響いた。黒崎はふるふると震えるとリュカに殴りかかる。それを、「僕、ヒロインだよ~暴力反対」とリュカが軽々しく避ける。それに、さらに怒りを露にした黒崎が殴りかかるが、それを上院と白桃が必死に止める様子は、とてもカオスだった。
その様子を屋根裏から見ていた男がため息をつく。
「だめだ、こりゃ。展開見えてきたぞ。」
「リュカさん強いですね。完全にのまれてます。」
少女は続ける。もちろん小声だ。
「てか、私ダストアレルギーなんですよ。いくら金かかった学校だとしても屋根裏は汚いですね。」
「……しかたないだろ。監視対象なんだから。」
「いや、そういうことを言いたい訳じゃなくてですね。アレルギー反応が出そう……ていう。」
「……」
「くしゃぁみ……」
「出すなよ?……出すなよ?」
「……クッ」
「こらえろぉぉぉ」
◇
白波学園。東洋の和の国々(すなわち日本)を舞台に、その国での有力者たちが集まる学園を指す。東洋の国という設定にも関わらず、実際は東と西がまざった複雑な文化だ。学園のトップは国の特級階級の子孫。すなわち御曹司。三大財閥として黒崎財閥、上院財閥、白桃財閥がトップに立つ。
そんな舞台で繰り広げられる恋のストーリー。
それが今や大きく変わろうとしていたー。
昼休みも終わり、授業が再開される中ー
煌びやかなアンティークや装飾品に囲まれた派手な廊下の片隅に、ある男がまた別の男を壁に追い詰める形で囲い混んでいた。
「おまえ、俺を無視するとはいい度胸じゃねぇか。」
「そんなつもりはなかったのよ。」
「そんなに反抗するってんなら、二度と反抗できないようにしてやろうか?」
「あら、なにをするつもりですの?」
「首輪をつけてやるよ……。(鳥肌)」
「首輪ねぇ……としたら、ワタシって、犬種は何かしら?やはりチワワかしらねぇ?」
「ふっ、ちわわか……ちわわ……な。」
青髪の男を壁に追い詰めていた黒髪の男が、その場にずるずると座り込んだ。男は内心葛藤していた。こんなかわいくないチワワがいるかよ、とツッコミたい。だが、そんなものは乙女ゲームではない。そんな葛藤だ。頭を抱えて唸る男の横に、青髪の男がしゃがみこんだ。
「あ~あ、あと少しだったのに、もう少し頑張ってよ~。」
「ああ!?てめぇがツッコみたくなるようなこと言うからだろーが!!」
「黒坊っちゃんは、お笑いの心得もあるの?キャー素敵!」
「てめぇ!!そのふざけたキャラやめろっ!!きしょくわるい!」
化け物を見るかのように、顔をしかめる男に青髪の男は苦笑いする。
「ほんと、プロ意識高いねぇ、きみ。まあ、俺としてはこっち側はなかなか新鮮だけどね~。あ、きみも体験してみる?」
「ぜってぇ、やらねぇ!!」
「そんなんあり??」
「とにかくだ!おまえはヒロインらしくゲームクリアすることだけ考えろよ!?目指すは友情エンドだ!」
男はそういうと、青髪の男を残してその場を立ち去っていった。
「……あ~あ。ほんと、真面目だなあ。………まあいいさ………………俺がこの茶番を終わらせる。」
青髪の男がぼそりとつぶやいた。