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【一章完結】CROSS OVER 管理人 ~異世界のお悩みは異世界に解決してもらいましょう!~  作者: マロ
クロスノート その1 魔法の国 vs 現代医療 
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現代社会

よく分かったような分からないような説明に、サリュートはしばらく思い悩んだような顔をしていた。それを見かねたのか、ケンがサリュートの腕をつかみ、無理やり立ち上がらせる。再び、黒い扉の前まで来て、サリュートははっとしたようにイチとケンを見渡した。


「えっと、今度は何を?」


不思議そうに尋ねたサリュートに、イチが答えた。


「言ったでしょう?異世人を紹介すると。今度はあなたが行くんです。異世界に。」


「へ?」


「外のやつ呼ぶのは、もうこりごりでしょう?」


「うっ。」


嫌な記憶を思い出したサリュートが、決心したように扉を潜ると、たちまちその体が白い空間に包まれた。


「ここをまっすぐいけば、いいんですよね。」


後ろを振り向かずに、前を向いたままサリュートが訪ねる。


「ああ。扉が向こうから見えたら大騒ぎなるからな。徐々に光が世界に馴染むはずだ。」


ケンの返事に、なるほどとサリュートが呟く。


「にしても、なかなか奇妙な感覚ですよ。僕の国でも経験したことがないや。」


サリュートが感想を放つが、特にケンからは反応が帰ってこなかった。


「けんさん?」


サリュートが不思議そうに後ろに問いかける。だが、決して後ろを振り向くことはなかった。


ーそれは、危険っすよー


ー事例がないからー


思い出されるケンの言葉がサリュートに後ろを振り返るという選択を与えなかったのだ。


「……はぐれたのかな?まぁ、このまま行けば大丈夫だよな?」


半ば無理やり不安を抑え込みながら、サリュートが光の中を歩いていく。しばらくすると、光は徐々に形を変え、視界がクリアになっていった。


「ここはー?」


サリュートがキョロキョロと辺りを見渡すと、見たこともない町並みがその目に飛び込んできた。四角い箱のような物体が縦にいくつも並び、彼の故郷には当たり前のようにあった緑はほとんど見当たらなかった。左右には、不思議なフィルムをした鉄の塊がいくつも列を作って制止していた。そして地面には、いくつもの白い線が引かれている。 


そんな不思議な空間を、変な服装の人間らが行ったり来たりしている。なんてせわしないのだろうか、とサリュートがぼんやり感想を抱く。 


すれ違う人々が、ちらちらとサリュートの方を見ながら通り過ぎていった。


「未知」の感覚に、サリュートの思考がボーッとし、その視界の端にはなんやら点滅する緑のランプが映ったー。





「なにしてるん! 兄ちゃん!」





ふと、サリュートの腕を誰かが引っぱる。サリュートがその人物に目をやれば、茶髪を一つにまとめた少女が心配そうにサリュートを見つめていた。急に声をかけてきた少女に、サリュートが首をかしげる。


「きみ、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」


「まさかの私が心配されるパターン!? い、いや、そのままお返ししますわ! 大丈夫か心配なんは兄ちゃんの頭やで?てか、はよ渡らな信号変わるで! はよはよ!」


そう言って少女がサリュートの手を掴んだまま歩きだす。点滅する物体のそばまで来たとき、少女がはぁーっとため息をはいた。


「いや! びびるー! 変な格好の兄ちゃんが歩道の真ん中でぽつんと立っとるんやもん。」


「すみません。迷惑をかけてしまいましたか?」


「もしや! 兄ちゃん、信号を知らんかったとか!? あははは! 我ながらウケるわ。なわけないよな。」


「信号? なんでしょう、それは。」


「まじか。」


「……僕はこの世界のことを知らないんです。」


「まじか二回目入りまーす……。」


少女は難しそうになんやら考え込むと、そうや!と言いながら顔を上げた。


「兄ちゃんや、記憶喪失みたいやから、うちんとこおいでや!」


「!いいんですか? あ、ありがとうございます!」


頭を下げたサリュートを見て、少女が得意気に笑う。少女が歩き出すと、サリュートは慌ててその後に続いて歩いた。


どこから来たのかとか、なんで不思議な服を来てるのかとか、少女の質問に答えながら歩いていると、サリュートの目の前に白い大きな箱が見えてきた。


「なんですか? あのでかい箱は……。」


「建物のことゆっとる?」


「建物ですか。奇抜なデザインなんですね。」


「兄ちゃんほんまおもろいなぁ。あそこはな、うちの父ちゃんの仕事場やねん! 今は一般こうかい中てやつやから、寄っててや!」


少女に説明してもらいながら、サリュートが建物を観察する。先ほども似たような建物を見たサリュートだったが、こっちの方は横に広かった。おもしろい建物だと思いながら、その建物に近づいていったサリュートは、銀の板になんやら文字が彫ってあるのを見つけた。サリュートはこちらの世界の文字や言葉は問題なく理解できるみたいだった。サリュートが板の文字を読む。


「国家感染症研究所?」


「せや! 伝染病とかの研究してな、お薬やワクチンを開発するとこや。ワクチンはな病気の予防のために、お薬は病気を治すためにあるんやで!」


「お薬! それは興味深い! 一体どうやって開発を行っているんですか? ワクチンとは?もっと詳細を伺いたい!」


「え? あ? ……う。それはな。えっと! あれや! おまえさんにはちょいと早いな! もっと大人になったられくちゃーしてやるわ!」


少女がなんやら焦ったように早口でまくし立てる。


「いや、差し支えなければ、難しい話でもいいから学んでみたいです。」


「え! ……あー……うぅ……。」


少女が口をつぐんだときだった。


「アッハッハ。ナナに説明させるにはちょいと早いと思うわ。兄ちゃん。」


白い長めの上着を引っかけた大柄な男性が、笑いながらサリュートの後ろから声をかけてきた。ナナという名前なのだろう。少女は、ぱっと顔を上げると、後ろの男性に勢いよく抱きついた。


「パパ! 昼休みだったの?」


「なんや、ナナ。お客さんつれてきてくれたんか?」


「うん! 記憶喪失の兄ちゃん!」


「記憶喪失ぅ?? なんやわけありか兄ちゃん。」


男性が、怪訝そうにサリュートを見つめる。なんとしても感染症のお薬を開発するという話を聞いてみたいサリュートは、男性に向かって頭を下げた。ワクチンとやらもなんなのか気になってしかたなかったのだ。


「お願いします。僕の世界は今病が蔓延していて、どうしてもお薬やワクチンの話をお聞きしたい。僕の世界とは違うのは分かっていますが、なんでもいい。ヒントがほしいんです。」


「……ふーん。まあ、ちょうど一般公開期間や。いい時期に来たな、兄ちゃん。見ていってや。」


「ありがとうございます!」


「さぁ、中にはいるで、兄ちゃん! うちの名前は青賀ナナ! 改めてよろしく!」


ナナに連れられて建物の中へ入ると、サリュートはさっそく光を放つ四角い物に興味を奪われた。その中では、奇妙な形をしたものがせわしなく動き回っている。


「あれは、なんです?」


「あれは、タブレット……うん、まあ、機械にウイルスのモデルを写したものだな。」


「ウイルス?」


「感染症などを引き起こす源や。」


「なるほど! どうりでモンスターにそっくりな気持ち悪さがあるわけだ。ふむ。現れたら剣で八つ裂きにしてやる!」


「いや、おるよ。ここらへんに。」


そう言って、少女の父親が何もない空間を指差すのを、サリュートは思わず凝視した。必死に空中に目を凝らすサリュートだったが、当然サリュートの目には何も見えない。


「いやいや、目には見えんがな!?」


「なんと! 姿を消して人々を襲うのですか?なんて姑息なやつらだ! 透視魔法で見つけ出してやる!【シースロウ!!】……! 魔法が発動しないだと? 【シースロウ!!】【シースロウ!!】【シースロウ!!】」


「え? 大丈夫? この人。」


「……うちらの世代にはあるあるの病や! スルーしてやってや。というかすし食べたなってきたな……」


「この世界で親切にしてくれた少女とその父君は必ずや守ります!」


見えない敵に、サリュートが警戒すると、少女の父親がサリュートにとって信じられないことを口にした。


「まぁ、ウイルスは空気中では増殖出来ないがな。」


「!? なんだと? 増殖能力もないのに、わざわざ姿を消すのか?何をしたいんだウイルスは!」


「ウイルスは細胞の中でしか増殖できないんや。」


「細胞っ!? 敵は、我々の細胞の中で増殖するのか? はっ! だから、姿を消して体内に侵入を…?なんてずる賢いやつだ! ウイルスっっっ!」


「ナナ……」


「スルースルー!」


「そんな相手にどう立ち向かえばいいというのだ。腕の立つ冒険者たちでさえ厄介な相手じゃないか…。」


「……立ち向かうというか……予防としては、手洗いうがい、まあ、場合によってはマスクが一番だ。」


「手洗い? 手を洗う行為ですね? なに? ウイルスは水に弱いのか!? はっ! 聖水だな? 聖水でしか消えないんだな!」


「兄ちゃん、めっちゃ混乱してるやん! ちなみにうちもやで! 何回聞いても頭に入ってこん! おまけに兄ちゃんの言うことが加わって。」


頭を抱えるサリュートに、ナナが同意を示すのを、呆れたようにその父親が眺めていた。


「まあ、いくら我々人間が予防しても、我々の体内にウイルスが侵入することはある。そのときのために、我々は特効薬やワクチンを研究しているんや。」


「なるほど。素晴らしい。ところで、ずっと気になっていたんですが…ワクチンとは?」


「ああ。弱体化したウイルスだよ。」


「なるほど、敵を痛め付けると! 拷問ですね。」


「体内に入れるんや。」


「……………は?」


「ぼ、ぼぼぼ、僕の耳はおかしくなったのだろうか? 今、父君は、ウイルスを体内に入れると言ったよな?確かに、毒に耐える体づくりのために、幼少期から毒を体内にいれる騎士たちはいるが……。そういうことなのだろうか?」


混乱しているサリュートの耳はさらなる爆弾発言をとらえる。


「国民は、たいてい弱体化したウイルスを事前に体に入れて免疫をつける。」


「国の民が!?? 騎士ではなくて?」


「うん。それが予防摂取だもん。いや、騎士てなんや?」


完全にサリュートの頭はショートしてしまったようである。


「いやいや……そんな。強引な………。」


「もちろん、弱体化したとはいえウイルスはウイルスや。慎重に治験は行われるで。」


そのまま固まってしまったサリュートに、ナナの父親がいくらか補足説明を行っていたが、もはやサリュートの耳には入っていかなかった。 


そもそも、サリュートの国では魔法で医療は事足りている。基本的に回復魔法で悪い箇所を修復するのだ。だが、今回のサリュートの国に蔓延したような回復魔法でさえ癒せないものは、人間の自然回復力に頼らざるを得ないのは必然だった。


「やはり、人間の肉体強化、すなわちワクチンと特効薬を導入するしかないのだろうか。」


自問自答するサリュートが、そういえば、と思考を巡らせる。サリュートの記憶では、伝染病は獣人やエルフといった他種族の方が、体の作りの脆弱な人間より発生率が高かったのだ。


「ふむ……。どうやら、ワクチンとやらは、人間族だけじゃ不十分なようだな。しかし、全種族となるととてつもない時間と労力がかかるじゃないか、ああ!!どうしたらいいんだ!」

 

「なんか、彼、世界に入り込んじゃったな。」


「ああ。確かクラスの中二くんもそんなやったわ。」


「父ちゃんもう仕事もどるから、もし家につれてくるなら、控え室につれてきてな。」


よほど新情報がショックだったのだろう。固まってなんやら考え込んでしまったサリュートを見て少女の父親はギブアップを示したようだ。娘に後を頼むと、さっそうと仕事へと戻っていった。


「兄ちゃんや。これから行くところないなら、うちくる?」  


「いや、しかし、こんなリスクを伴う方法を兄上たちは容認するだろうか。そもそも魔法に頼りきりだったのだ! 研究所を設けるところからの話じゃないか!」


「もしもーし! 兄ちゃん? おーい? 戻っておいでや。」


「しかし!! 理には叶ってるんだ! ワクチン……ワクチン!! 僕は!」


「僕ちんだかワクチンだか知らんがな! 兄ちゃん!! いい加減にせー「ナナぁぁぁぁぁあ!!」


サリュートを叱るナナに重なるように、緊迫した声が遠くから聞こえてきた。驚いたようにナナが声の方に目をやれば、蒼白な顔をしたやせ型の男がナナに向かって突進してきていた。そしてその後ろから、さらに顔を真っ青にしたナナの父親が追いかけてきていた。


「柳沢さん? パパ?」


「ナナぁぁぁ! 逃げろぉぉ」


状況を理解したときにはもう遅くー。

ナイフを持った男が、ナナ目掛けて突進してきていた。


「!ナナには手を出させん!!【ファイヤーボールッッ!】……あれ?なぜ発動しない! くそっ! 【コールドシールド!】【ブレイクフラッシュッッ!】【ファイヤー…】」


「うるっせえ! 動くな! 動いたら、この子を刺す!」


「!」


サリュートがなんとか魔法を繰り出そうとしている一方、気づいたときにはすでにナナは男に拘束されていた。その首元にはナイフが当てられている。あんぐり顔をあげて、サリュートの顔は真っ青になっていった。


「ナn「やな…わ…さん、なんで…。」


「ごめんっ! ごめんな、ナナちゃんっ。やはり、もうこうするしかないんや!! ……悪いが、人質になってくれや。」


「柳沢! 馬鹿なことはやめろやっ! ナナは関係ないだろっっ!」


「そうはいくか! ナナちゃんを無傷で返してほしかったら、俺を見逃せや!」


「! 罪を重ねるのか!? ナナを解放しろ!」


「ナナちゃんか国か選べやっ!!」


どうやら少女は男たちのいざこざに巻き込まれたらしい。男たちが争う理由をサリュートは知らない。だが罪のない少女を助けなければ、とそう思うのに、サリュートは体が動かなかった。魔法が通用しないとなると、武術で対抗するしかない。だが、もし、サリュートがあのナイフを落とすよりナイフが少女を突き刺すのが早かったらー。万が一を考えて動けないサリュートの目に、ガタガタと震えながら、涙を流す少女が映る。結局、己はどこにいっても大切な人を守れないのか、とサリュートの心がすっと冷えていった。

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