FOURTH DAY and TIME LIMIT
男たちと夏春は昼休み、学園の凪専用のルームに集まっていた。
そこで、夏春の誕生日を仕切り直すことを隆平が提案したのだ。
だが、すかさず凪が否定する。
「なんで、俺の城にわけわかんねぇヒーロー入れなきゃなんねぇんだよ。てか、またわけわかんねぇの増えてるし。」
「わけわかんねぇやつて、なんや、俺のことちゃうやろな?」
「いや、俺らは中には入らない。だが、皆で集まるというなら、あくまで監視対象の姫野の近くにいる必要があるからな。外で待たせてくれ。」
それでも嫌がる凪に、葵が同意する。
「この前話した通りそいつは怪しい。家知られるのは危険だ。凪。」
双子も美緒も、翔もうなづく。もはや作戦は隆平にかかっていた。隆平が口を開く。
「でもよぉ、この前なつの誕生日パーティー台無しになったし、やり直したくねぇ?」
「そりゃそうだが、」
「いやー怪しい! 隆平なんか最近アンチだし!」
「ん! 美緒のいう通り!! 隆平変!」
こりゃだめだ、と竜平がディオに視線をよこしたときだった。
「隆平くん、私の誕生日パーティー気にかけてくれてたの?」
夏春が隆平に尋ねた。その目には期待が宿っている。
「ああ。」
隆平が即答すれば、夏春は頬を染めると嬉しそうに頷いた。
「私、パーティーしたいなあ。」
「なつがいうならやろう!」
「あ、でもっ……その……ヒーローさんたちは……」
今まで散々拒否していた男たちが、夏春の一言でさも容易く意見を覆した。加えて、夏春が不安そうにヒーローたちの方を伺えば、凪が彼女を守るようにその華奢な体を抱き締めた。
「安心しろ。入れねぇ。」
あからさまな男の態度に、ウォールの顔がひきつっていた。今にも殴りかからんとするウォールの手をディオが必死に押さえつける。
「んじゃあ、今から学校さぼって集まるか!」
隆平がそう言って立ち上がると、それにディオとウォールを覗くメンバーが顔をしかめた。別に、学校をサボることへの罪悪感がそうさせたわけではなかった。若干翔だけが、そのことに対する抵抗もあっただろうが。それよりも、彼らは突拍子もない隆平の言葉に疑いを抱いていたのだ。そんな彼らを代表するかのように、すかさず、凪が首を横に降った。
「はあ? 土曜日でいいだろうが!」
凪の言葉に他のメンバーも頷いたときだった。隆平が夏春の手を取った。驚いて固まったメンバーをよそに、隆平の茶色い瞳が夏春をとらえる。
「なつ、できるだけ早く祝ってやりてぇ。」
「っ!」
「俺、なつの生まれた日を大事にしたいんだ。」
「隆平くん……」
「なぁ、なつも待ちきれねぇよな?」
「そ、そうだね。」
顔を赤くした夏春がうっとりとした目で隆平を見つめた。それに悲鳴をあげながら男たちが隆平を夏春から引き離す。
大好きな人が自らパーティーを望むのだ。もはや男たちが否定する理由はない。隆平の活躍によって、ようやく凪の家に集まることが決定したのだった。
◇
豪華な城を思わせる屋敷につくと、門の前で凪がディオを睨み付けた。
「ここから先は入るな。入ろうとすれば、家の門番が貴様らをサツに突き出すからな。」
凪が冷たく言えば、門の前に立っていた二人の門番が警戒した目でディオとウォールを睨み付けていた。
「わかった。」
凪の牽制も気にしていないように首を縦に降るディオとは逆に、ウォールが凪に殺気を飛ばす。びくっと震えると、夏春を肩に抱きながら凪はそそくさと中に入っていった。それに他の面々も続く。
「脳内お花畑野郎どもが。」
門の外では、ウォールのどすの効いた吐き言葉に門番たちが体を震わせていた。
夏春の誕生日パーティーは、即席ながらも盛大に行われた。それもそのはずだ。夏春がパーティーを開いてほしいと言うや否や、凪はすぐにスマホを取り出し、使用人に30分で豪華なパーティー会場を設定するように命令したのだ。無茶苦茶な要求も、さすが大財閥の跡取り息子とでもいうべきか。あっという間に、先日のパーティー顔負けのセッティングが為されたのだった。
部外者を呼んだ前パーティーとは異なり、今回は見知った顔しか集まっていない。そのことともあってか、いつもよりもリラックスした様子で面々がパーティーを楽しんでいた。
隆平はというと、夏春を祝いたいという言葉が嘘でないことを示すため、いつも以上に夏春に声をかけた。それに嫉妬した男らが、夏春を巡って争う中、夏春は楽しそうに笑っていた。
隆平が夏春を観察する。隆平が好意を寄せる女にはいたって変わったところはない。もしディオが言うように夏春がヴィーランズに取り憑かれているとするなら、隆平も違和感や悪寒を感じるはずだ。それが全くないということは、それだけ擬態が巧妙というわけだ。
そろそろ仕掛けるか、と隆平が口を開いた。
「おい……凪となつはカップルなんだしよぉ、少し二人きりになったらどうだ?」
途端に、周囲が固まる。上機嫌な凪とは対照的に、他の男たちの殺気が隆平につきささった。夏春が凪のものになってもまだ諦めがつかないらしい。思ったよりねちっこい男たちの執着に隆平は内心疲労しながらも、夏春と凪を二人きりにさせるという作戦を隆平は実行したのだった。
一方、その頃、大豪邸の門の外では、二人のヒーローが立ちつくしていた。
「ほんま、腹立つわぁ。あいつら何様やねん。」
「まあ、落ち着け。」
「俺らんとこの市民より最悪やんか。守られてる自覚あんのか?」
「まあ、ヴィーランズ自体珍しいとこだからな。」
「ほんまうざい。」
ウォールがディオに男らの愚痴をこぼす。
「そうはいってもさ、はぶりやん? いじめやん? これ完全に!」
「まぁ……知らないやつが誕生日パーティーにいたら気まずだろ?」
「いいや! 俺は、知らん美女いっぱい呼ぶが、全然気まずくないわ!」
「そういえば、ここ来る前も女性と遊んでいたとか言ってたな。」
「? あー! 昨日な! 言ったなぁ。ほんまいらんことばかり口にするんやわ、この口は。」
「そして、昨日の夜も! こっちの世界の風俗に行こうとしたよな。」
「しかたないやないか。俺は隊長と違って野宿は嫌ですし、ホテル行くくらいなら風俗も変わらんやろがい。」
「いや、だいぶ変わるだろ!」
ヒーローたちがくだらない話をしていたときだった。ゾクッとする不気味な気配がその背中を駆け巡った。
本能が訴える「異形」の存在ー。
二人同時に屋敷の方を振り返る。禍々しいオーラが屋敷の一室から立ち上っていた。
「ウォール!」
「はいや!」
二つの影が、猛スピードで問を超えて屋敷に向かう。凪の家の門番は、門の外にいた二人が消えていたことにも気づかなかった。
◇
凪の部屋では、夏春と凪が手を繋いでベッドに腰掛けていた。幸せそうに顔を緩めた凪の肩に、夏春が寄りかかる。
「でさ、葵のやつ、またストーカーされてやんの。それに比べて俺の恋人はめちゃくちゃ可愛い上に天使のように優しい。はっ、うらやましいだろうなぁ。あいつら。」
先ほどからずっとしゃべっている凪の言葉に耳を傾けながら、ただ静かに微笑んでいた夏春が口を開いた。
「凪、ねぇ、私たち恋人だよね?」
「当たりまえだろ。もっとこっちにこいよ。」
「それにしては、なんだか関係が進展しないじゃない。」
「っ……それは……その、段階を踏んでだな……な、なつを大事にしたくて!」
凪が顔を真っ赤にしながらしどろもどろになるのを、夏春が冷めた目で見つめていた。
「これでも待ったのよ? あなたのことを。でも、あなたは私の望むものはくれそうにないわね。」
「なんだ? 欲しいものあんのか? なんでも言え。買ってやる。」
「へぇー………。そう。ねぇ、凪、恋人のお願い聞いてくれる?」
「なんでも言え。」
「ねぇ、最近耳が聞こえないの。」
「なんだと? すぐに腕のいい医者を呼んでやる。上谷の病院は駄目だ。恩を売ってなつに何かされるかもしれねぇしな。」
「ねぇ、もし耳をちょうだいていったらくれる? そのくらい愛してくれてる?」
凪が夏春を見つめる。その目には愛しさが溢れていた。
「くっくっ。てめぇは本当に面白いな。もちろんだ。この目も、この口も、この耳も、みんなおまえだけのものだ。」
その言葉に、夏春の顔が嬉しそうに赤く染まった。
「凪! ありがとう!」
夏春が立ち上がり、自身のポケットからナイフを取り出した。そしてそれを、凪の耳にそっと当てる。
凪の目が大きく見開かれるー。
「ありがとう。ありがとう。そんなに愛してくれてるのね。ね? 嘘じゃないよね? 騙してないよね?」
「なつ……?」
夏春が凪に当てたナイフに力をこめる。凪の耳からポタポタと赤い滴がしたたり落ちた。
「いってぇ! おい、な、なつ!?」
「嘘でないことを証明してほしいだけよ?」
「なつ!! じょ、冗談はよせ、。」
「なんで? くれるんでしょ? 愛してるんでしょ? 言葉ではなんとも言えるわ。だったら、ちょうだい? いいでしょ? 嘘じゃないでしょ? 嘘ついたの?凪……嘘つき?」
「あ、愛してるが! これはなんのつもりだ!?」
「愛してるならくれてもいいじゃない!!」
凪の顔に恐怖の色が浮かぶ。何かがおかしいと凪が気づくのと、夏春が凪に当てたナイフを深く突き刺すのが重なる。
しかし、ナイフが凪の耳を切り裂く前に、それは夏春の手から弾け飛んだ。
「っ! てめぇは!!」
「ヴィーランズ、正体を表したな。」
ディオが夏春に向き直る。ヴィーランズが正体を現した今、ヴィーランズを夏春から離さなければならない。正直、変体化する前のヴィーランズはあまり相手しないディオにとってはやっかいな作業だ。しかし、夏春は優しい少女だったと皆が口を揃えて言っていた。ヴィーランズの気持ちが高ぶった今、本来の彼女はその対極にあるはすだ。ヴィーランズと本人がちょうど真逆に位置するとき、それが勝負どきである。なんとかして、夏春にはヴィーランズに打ち勝ってもらわねばならない。
「よく聞いてくれ、夏春さん。凪は、あんたが選んだ恋人だ。そう、あんたが選んだんだ。今はうまく行っていないかもしれない。だが、本来は、憎む相手ではないはずだ。」
「え、うまく行ってるんだが?」
「おまえは、恋人の違和感に気づかんか!」
不思議そうに顔を傾ける凪に、ディオがツッコむ。だが、すぐに夏春に向き直ると、本来の彼女に語りかけるように問いかけた。
「会って間もない俺でさえ、凪の素敵なところはいっぱい知ってる。恋人のきみなら、もっと知ってるだろ?」
「あ? まじかよ、例えば?」
「凪は口を挟まないでくれ……。」
「例えば、素敵なところってなんだよ?」
ニヤニヤしながら聞いてくる凪に、ディオがちょっと迷惑だな、と感じながらも頭を巡らせる。
「例えば! あの、驚くほどに人に遠慮がないところは、裏を返せばリーダーシップがあるということだ! いいと思う!」
「あ? 悪口じゃね?」
「い、いや、他にも……他にもあるだろ? なぁ、俺っ! 他にも……えっと興味ない対象に対してはひどい扱いをするところは、その……裏を返せば、一途てことだ。」
「……裏を返せばシリーズ止めてくんね?」
「ああ……他には、きみ以外に厳しいところも、裏を……返さなくとも、自分を大事にしているってことだ。」
「他には?」
「ちょっと邪魔しないでくれ。とにかくだ! きみの恋人はいいところもいっぱいある! 思い返してみろ!」
すがるように、ディオが夏春を見つめる。彼女にも凪とのいい思い出がいっぱいあるはずだ。例え、端から見たら傲慢で、自己中で、自分にだけ甘い男でも、恋人なら彼の好きなところもあるはずである。
夏春が凪への憎悪を自覚した今、それと対極にある素敵なメモリーを思い出せば、彼女は今の自身の過ちに気づくだろう。3日間だが、凪たちと生活してみて、彼らがお互いに情があることはディオにはなんとなくわかっている。うまくいくだろう。彼らならヴィーランズに勝てる。そう信じたいのに、なぜか妙な違和感がディオに危険信号を伝えた。
「目を覚ませ。」
「っーあははははははははははは!!」
急に夏春が笑いだす。何かがおかしい、とディオが感じたのと、後ろのドアが開くのは同時だった。振り返えらずに、決して夏春から目を剃らさずに、後ろの気配を追うディオは、それが何だか分かると冷や汗を流した。
「茅野たちに、緑賀谷?」
「ふふふふ。彼らは私のもの。凪も私のもの。私のものは愛してる。」
夏春がそう言うと、4人が笑うのがディオにはわかった。そして、彼らが自分を包囲していることにも。
「っ!(囲まれた!!)」
左右に近江と翔、後に達也、正面に凪。そしてそれを楽しそうに笑う夏春。
「ふ、ふふ、愛してる。
ねぇ、その人が私をいじめるの。殺って?」
夏春がそう言うと、4つの殺気がディオに注がれた。その目は赤く染まっている。ヴィーランズの能力に操られているのは明白だった。
正直、ヒーロー第二部隊の隊長を勤めるディオにとって、人間4人程度たいした脅威にもならない。しかし、人間であることが問題であった。ディオが彼らをいかに傷つけずに制御するかを考えてる間にも、周囲の殺気は濃さを強めていく。
そしてー
左右前後同時にディオに襲いかかった。
ディオは両足に力を貯めると、一気に空中にジャンプした。4人が互いにぶつかり、比較的小柄な双子が体制を崩してその場に倒れる。それを尻目に、ディオは空中で身を捻ると、翔の首目掛けて足を振り下ろした。もちろん減速してだ。だが、現役隊長の蹴りを受け止め切れなかった翔は凪目掛けて吹き飛んでいく。ディオは空中で体を回転させると、その勢いで凪の後に向かった。翔もろとも吹き飛んでいく凪が壁に頭を打ち付ける前に、ディオが下敷きになる。そしてすかさず、二人の額をぶつけ、気絶させた。
それからはあっという間だった。ぶつかった衝撃で座り込んだままの双子の元へ行くと、ディオは「ごめんな」と言いながら彼らの首を軽く叩く。そしてそのまま双子は気絶した。
夏春の声が響いた。
「え……………………………………………弱。」
「そんなこといってやるな。こいつらだって、お前を守ろうとー」
「うっさい! ああ! 偽善! 気持ち悪い! やだやだやだ!! 」
夏春の姿をしたヴィーランズが頭を抱えて発狂し出した。目を赤く染め、口元を歪めながら頭を引っ掻く様はまさにヴィーランズそのものだった。
「おい……落ち着け。」
「あーもう、なんで私ってこうもついてないの? せっかくチャンスをあげたのにグズは行動すらしないし、そいつらは使えないし! なんかださいし! いい男がなんでいないの? なんで私の思い通りにならないのよっっ!」
「おい! それはあんまりだろ!」
「偽善者は黙れよ! くそヒーローが!! てかいいの? あんたんとこのキモ頭、他の3人相手にしてるんでしょ。」
「!」
ディオの頭にやばい、と危険信号が流れた。
副隊長は、やばいのだ。
それはもう本当にやばい。
彼は自分に歯向かうものに容赦はしないのだ。
ディオは、残りの3人が無事なことを願いながら一階へ急いだ。
「ウォール!!」
一階に飛び降りたディオの目に最悪な光景が写る。ディオがそこで見たのは、床に倒れ込んだ3人の男と、壁に背を傾けてつっ立ったウォール、そして、赤く塗れた床だった。
「おー。隊長。無事で安心したわ。」
「ウォー……ル。」
「いやあ、そいつら急に豹変したからびびったわ」
「ウォール!!」
ディオがウォールに向かって歩いていく。
「くすくすくす、わたしの駒たちが。残念。」
階段の上からは、夏春の笑い声が響き渡っていた。
「ウォールっ!!」
ディオがウォールの胸ぐらを掴む。
「ウォール……何度言ったらわかる!!」
「隊長……すんまへん」
「こんな……こんなっ」
涙ぐむウォールを見て、夏春がゲラゲラと笑う。例え駒がボロクソにされようと、ヒーロー同士が仲間割れしていることが、夏春には非常に愉快だった。
再び、ウォールの怒鳴り声が響く。
「こんなドッキリやめろと言ってるだろうがっっっ!!!」
へ?と夏春が思考停止するのと、ウォールが笑い出すのは同時だった。
「あっはは! やめやれへん、これだから!!」
「本当におまえは……」
なんとか夏春の思考が動き出したのか、夏春が戸惑ったように疑問を口にする。
「なに、?」
「安心せい、あんたのナイトは死んでないで。」
「……は、?」
「この赤いやつ、ペイントやから、血ちゃうで! ま、俺らの恒例のイベントや。」
「恒例にするな、アホ!」
実はこれは第二部隊ではよく見られる光景だった。必要以上に殺傷を好まない隊長と、それをからかうためにペイントで血を演出する副隊長という図は頻繁に見られるイベントだ。
だが、それを知らない夏春はふるふると怒りに肩を震わせていた。
「何事も心の余裕が必要やねん。俺らにとっては、笑いをやりながら任務するくらいがちょうどええわ。」
「おまえのはブラックジョークだろが……。」
真実を知った夏春が怒り狂った目で二人を睨み付ける。プライドが傷ついたのか、その顔はひどく歪んでいた。
「まあまあ、ヴィーランズよ。あんたの駒はもうおらへんわけや。ここのメイドらも気絶しとるしな。おとなしく現世からサヨナラしいや。」
「! あなたたちも、私の目をみなさい!!」
「なるほどな。目を見たものを操る幻術ねぇ。まあ、無駄やで。おまえさんらの能力は人間の感情をえさに育つやろ? そいつらは、おまえさんに少なからず好意があるから墜ちたんやで。俺はおまえさんが大嫌いやし、うちの隊長に関しては仕事が恋人やからな。残念やな。」
「おい。誰が仕事が恋人だ。」
「いやよ、いや! 誰か!」
「だから、無駄やって。」
勝負はついたとばかりに、ウォールが笑いながらゆっくりと夏春に近づいていく。そんな部下を眺めながらディオはため息を吐いていた。
しかし、ディオたちは大事なことを見逃していた。
一番ヒロインに執着していたのは、凪より美緒であったことを。
倒れていた美緒がゆらりと起き上がる。
「なっちゃん……僕はほんとぉに君が大好きなんだよ…………なのに、うっ、なんで、なんで凪なんかの!!」
美緒がナイフを取り出し夏春に向かう。
「なに、あんた、私を刺すつもり?」
「うん……だった。」
美緒がそう言って、ピタリと足を止めた。
「けど、きっと無理だよ。そこの化け物が楽しそうに僕らを気絶させたからね。」
そういって、美緒がウォールを指さす。
「おい。」
「いやぁ、だって相手を痛め付けるの楽しいもん。殺さなかったから許してや。」
「だからね、きみにも選ばれずに、挙げ句にきみを守れない僕がいらないのかな。」
美緒がナイフを自身の首元に当てる。
「やめろ!!」
「隊長!」
ディオが美緒のナイフを手で受け止めるのと同時に副隊長が美緒を蹴り飛ばす。寸伝のところで、ナイフは美緒を貫くことはなかった。ディオたちは、大事は免れたのだと、倒れ込んだ美緒を見て深いため息をついた。しかし、その隙に夏春が逃げ出してしまったのも事実だった。
「っ! あとは、頼む!」
ディオがすかさず夏春を追いかけるのを見ながら、一般人をガキくらいにしか思ってなかったウォールはひどく後悔していた。ズルズルとその場に座り込むと、恨み言を履かずにはいられなかった。自分の後悔がずるずると口からこぼれでる。
「くっそ、どんな相手にも、例え赤ちゃんにも油断しないのが大事なんやった。どんな相手にも、例え赤ちゃんにも油断しないのが大事なんやった!」
「そりゃ、そうですよ。」
返ってこないはずの声がフロアに響く。ウォールが警戒したように周囲を見渡せば、男女二人組みが腕を組みながら階段からウォールを見下ろしていた。
「あなたの世界では8日目の今日が最終リミットです。」
「わかっとるわ! けど、隊長が! 赤ちゃんに怪我させられて! 怪我しとるのに追いかけてっ!」
「情けないですね。副隊長ともあろうお方が。隊長さんはちょっと怪我しただけで負けると思ってらっしゃる。」
挑発的に笑うイチをケンが咎める。
「おいおい、煽んなよ。」
しかし、返ってきたのは以外にも感謝だった。
「いや、ありがたいわ。何年ヒーローやっとる思ってんねん。自分取り戻せたわ。ありがとな。」
「煽られて感謝……おまえMか。」
「いや、そっちの趣味はないわ! Sやで! 俺!!」
「ちょ、気持ち悪い情報いらないですって。」
「あんたらが言ったんやろ!?」
「まあまあ、こいつの毒舌にいちいち反応すんなや。日が暮れる。いいか? 今日決着をつけろ。」
「ああ、俺らに任せてくれや。これは俺たちの問題や。」
「時間がないと言いましたよね。23時40分。それまでに決着つけられないようでしたら、我々が介入します。」
「はっ。あんたらは、20分で解決できるんか。俺らに5時間もくれてありがとな!」
「皮肉な人ですね。」
哀れむようにイチが言えば、すかさずケンがその頭を叩いた。
「だから、煽るなって。ところで、面白い事実がわかったぜ?」
「なんや? 無能な俺らは1分でも惜しいんやが?」
「そこまで言ってないです。」
「は、どうだか。」
「ちょっと手前までです。」
「いや、言っとるやんか!ちょ、ほんまやめてやカンサラー前でコントとか。血が騒ぐやんけ!時間ないんやで?」
カンサラーとは笑い発祥の地の住民を指す。独特な話し方をする彼らはコントや漫才に弱いのだ。ちなみに、こっちの世界でいう関西人に等しい。
「……エセのくせに(ボソッ)」
「ちょ、あんた根拠あるんかいn「で、面白いもんの話するぜ?」………よろしく頼みます。」
ウォールの言葉に頷くと、ケンはボトッとなにかを床に落とした。
「なんやこれ、袋??」
ウォールの言葉には答えず、ただ無言で見下ろすケンに、観念したかのようにウォールが袋に手を伸ばす。
「開けるで?………てギャー!! なんやねんこれ、びびるわ!」
「サプライズ!!」
「あんたらサイコパスなん!?」
ウォールのツッコミは、イチとケンに完全に無視され、血まみれ(フェイク)の空間にむなしく消えていった。