THIRD DAY
「俺はディオは信頼していいと思ってる……。」
ディオがやってきて3日目、授業が始まる前にディオと夏春を除いたメンバーが集まっていた。
そんな中、唐突にディオ信頼発言を繰り出した葵に、他の面々は怪訝な顔を向けた。
「1日で何があったんですか?」
翔が動揺を隠せないように、上ずった声で尋ねる。葵が口を開く前に、二人の狂犬が葵につかみかかった。
「てめぇ! それはなつを疑うってことだぞ!? 喧嘩うってんのか!!」
「ふざけないでよー! 葵もあのへんてこ中二嫌いでしょー?」
「…………。」
「ヴィーランズて言うけどよ、あの男がヴィーランズで俺らをめちゃくちゃにしようとしてるかもしれねえだろ??」
「…………。」
「あー! 凪! 賢い! そーゆーことか!!」
「……それだと筋が通ってますね。なるほど。」
どうやら翔も凪に賛成のようだった。ふむ、と口に手を当てながら考え込んでいた。
「確かに、凪の話を仮に真だとすると、ディオさん自体がヴィーランズというわけになりますね。狙いは夏春さんですかね?」
「なっちゃん魅力的だからー!」
凪と美緒がうんうんとうなづく。双子もそれに同意しかけたときー
「それはちげぇんじゃねえの?」
隆平が口を開いた。葵が驚いた表情で隆平を見つめる。
「てめぇ! なつが自分のものにならなかったからって、なつ裏切るつもりかよ?」
「それだからだ。」
「ああ?」
「なつは、凪、てめぇのものだろ。」
「ああ……。?」
「なつはもう人のもんなんだよ。なのに、なつが最近非常に魅力的に見えることが……ある。おかしいだろ。一回吹っ切れたはずだろ、俺ら。なのに、最近は妙に頭が真っ白になってなつを求めるようになるし、なつはなつで凪以外のやつを拒絶しねぇ。」
「それは……なつが魅力的だから」
「少なくとも俺は人のものには興味示せねぇんだよ。」
「……。確かに最近なつに魅了されること多いよね。再熱? みたいな?」
近江の言葉に達也も頷く。空気が、夏春を疑うように傾いたときだった。
「まあ、それはなつ自体が魅力的だから、てだけかもな。……いくら人のものだと一回あきらめたとして…………なつの魅力はつきない。」
以外にもそう口にしたのは葵だった。
「そうだよねぇ!」
美緒が安心したように頷く。
「あの人……いろいろ常人離れしている。ヴィーランズだってなら納得だし。なつに全て擦り付けるつもりなのかもな。」
もはや自身を納得させるかのようにぶつぶつと呟く葵の言葉に、凪、美緒、翔の顔が真っ青なる。慌てたように凪がメンバーを見渡した。
「絶対、なつ守るぞ!」
「ええ!」
「そしてあわよくば、なっちゃんを奪うぞー!」
「てめっ! どさけさにまぎれて……美緒っ!!」
凪が美緒につかみかかったとき、始業のチャイムが鳴った。
◇
「てことだ。なつを監視するのはやめろ。」
「何を言っている!?」
「今後、なつに近づくな。」
1限目の予鈴が鳴ったにも関わらず、凪と美緒はディオを廊下に呼び出してそう宣言した。突然の拒絶にディオが眉を寄せる。
「てか、昨日、なっちゃん家まで監視したとか言わないよね?」
「監視対象だから、するに決まってるだろ!」
「さいてー!!」
「なっ! プライベートはもちろん覗いていない! ヴィーランズの力が強まると気配で分かるからな。昨日は彼女の家の前の電柱の上で気配だけ辿っていたんだ。」
「家の近くに夜通しって、それ、ストーカー!!」
「なっ!」
「こんな危ねぇやつなつの側におけるかよ」
「いいから近づかないで!!」
頑なに拒絶する美緒と凪に、ディオは頭を抱える。
「そういうことだから!!」
美緒がそう言うと、凪は舌打ちをし、そのまま二人は揃って教室へと入っていった。
「ちょっと勘弁してくれ……。」
困ったようにディオが呟くが、そのか細げな声は人気のない廊下に吸収されていった。
それから放課後まで、ディオは徹底して夏春から隔離された。凪の権力を通して、授業中は教頭による特別授業を組むよう仕組まれたり、特別授業という名の教頭の自慢話と世間批判から隙を見て逃げ出せば、たちまちお菓子を持った女子たちに追いかけ回され、それらの邪魔をなんとか避けてディオが夏春に近寄寄ろうとすれば、誰かがそれを邪魔する次第だ。結局、対象に近寄れないディオは、何の収穫も得ないまま、3日目を終えようとしていた。
◇
校舎裏は華やかな校舎とはうって変わって荒れ果て、淀んだ陰気な空気が漂っている。校舎の向かいにはじめじめとした森林が覆い、その入り口はまるで学園とは別の世界につながっているかのような不気味な雰囲気を醸し出していた。校舎と森林との間には、大きな岩が置かれており、それはまるで校舎と森の境界を線引きするかのようだ。人一人が座るには十分すぎる大きさのそれにディオは腰掛け、これまでの経過を整理していた。
正直、経過としては好ましくないだろう。時間がかかりすぎている。ここまで擬態がうまいとは、ディオにとっては誤算だった。
しかし、全てが最悪というわけでもなかった。
何より、夏春に惚れている男らが自分を敵視していることにディオは安心していた。
「(見方を変えたら、やつは油断するわけだし、ひとまず彼らは安全かもしれない……)」
気休めの安堵とともに、時間への焦りがディオの中を駆け巡る。
「(早くしないと彼女が乗っ取られる。怪物化するかもしれん。)」
ディオの口からため息がこぼれた。
「陰気くせぇな。」
「!」
第三者の声にディオが飛び上がる。辺りを警戒すると、気配はすぐ後ろにあった。
「上谷か?」
「おうよ。」
「こんなところに何の用だ?」
「まあー、用てか…………そうだな。てめえに協力するのもいいかなと思ってな。」
「!」
ディオの目が驚きに見開かれる。
「まあ、驚くよな。だが、今のなつはなんだか別人な気がする。」
「…………。」
「てめぇのいうように、ヴィーランズに取り憑かれていると考える方がしっくりくるんだよ。」
「……俺の話を信じてくれたのはありがたい。」
「………」
「だが、おまえはあっち側にいるべきだ。」
ディオの言葉に、竜平の顔に暗い影が宿る。
「あ?」
「おまえの安全を考慮した結果だ。あっち側にいろ。俺がなんとかする。」
「……なめてんのか?」
「そんな話ではない。」
「俺に黙って危険から遠いとこで安全にぬくぬくしてろと?」
「っ……そうだ。あまり言いたくはないが、おまえら市民はヒーローの守護のもとにある。おまえら市民はヒーローに守られることを受け入れてもらわなければならない。例え、プライドを傷つけても、な。」
「俺がなんとかしようてもがくのはいけねぇってか?」
「……正直、感情で走られると、迷惑なこともある。」
「俺も戦いてぇんだよ!!」
「!!」
ディオが驚いたように隆平を見つめると、そのままその口を閉じた。そして何かを懐かしむように、ふっと微笑むと再び口を開く。
「そうか。おまえはそうなんだな。初めはみんなそうだったな……。」
「あ?」
「最初の頃は皆、戦うことに躊躇いはなかった。みんながヴィーランズと戦い、中でもヒーローが活躍し、ヒーローは市民から褒め称えられた。」
「……今は違うのか?」
「みんな慣れたんだろう。市民は守られるべきで、ヒーローは守るべきってな。ヒーローが守れないと罵詈雑言だ。」
苦笑いしながら、ディオが答える。
「まあ、ヒーローは高貴な職だがな。」
子供っぽく笑うディオに、隆平はなんとも言えない気持ちになった。
「なんとなくだが、おまえの世界でいうヒーローがこっちの世界でいう政治家や医者みたいなもんってのは分かったわ。」
「そうか。」
ディオが再び笑う。
「まあ、俺の家も病院経営してて……大手なんだがな。同じ感じかもな。院長の親父も次第に金儲け主義になるしよぉ。人間てのは慣れが恐ろしいよな。」
「ん?」
「あ?」
「いや、俺は別に金儲け主義とかじゃないぞ。」
「いや、守る側がそんなんじゃ割りきるようになるだろ。」
「いや、俺はヒーローは人々を守るものだと思っている。」
「嫌にならねえのか?」
「? 別に?」
はあーっと隆平が大きなため息をはいた。
「俺、おまえとは合わねぇわ。」
「急になんだ! 心外な!」
「まあ、いい。とにかく、俺は守られる側は辞退する。」
「断る。」
「いや、意地でも俺は動かせてもらうぜ。」
「却下だ。」
「いや動く!」
「却下!」
「動く!」
「却下!」
「動く!」
「却下!」
「動く!」
「きゃっきゃ…………」
「……………………………」
「噛んだな。」
「……ああ。」
竜平がディオをじっと見つめる。
「なつを疑った分一発殴らせろ。そしたら大人く引き下がる。」
「ふざけるな!……まあ、あきらめるて言うならいいか……。」
「おまえは何でも受け入れるんだな。てめえは俺をどんだけ馬鹿にしてんだ?」
「馬鹿にしたわけではない! 俺はヒーローだ! ヒーローは人々を守る。逆にいえばよっぽどのことがない限り、ヒーローは人々を苦しめることはしない! 理不尽なことでも、それで人々を危険から引き離せるなら俺はなんだってする!」
パチパチパチ
その場に拍手が響き渡る。
隆平ではなかった。
「うっわあ! うちの隊長はん、やっぱクールやわ! おれの次に!」
森林と学園の境界線の上に男が立っていた。紫と緑の混色の髪に、開いているかどうか微妙な切れ長の目をした長身の男だった。男を認識したとたんにディオが驚いたように口を開いた。
「! 副隊長!」
「名前で呼んでやー。」
「なんで、ここに?」
「いや、隊長はんがこっちの世界きてもう6日やで? さすがに何かあったんちゃうかな?て思って、慌てて追跡してきたんやで? ほんまに慌てたから、ねえーちゃんらとの食事会をエンジョイした後すぐに助けにきたんやから感謝してな?」
「そんなばかな! まだ……」
「だから、時間の流れも違うんや。さっさと片付けな支障出るで。」
「わかってる。てか、どうやってここに来たんだ?」
「まあ、とある伝手でな。隊長はんとこやってきたんわけなんやが、ものすごい鳥肌宣言してましたから、思わず拍手してもうたわ………ん、てかそれはなんや?」
「ああ? 人をそれ呼ばわりとはなんだてめぇ。」
「あんたさ、さっき隊長殴るとかぬかしとったやろ? しかも、うちの隊長はんのクール(笑)なセリフにドン引いてたやろ?」
「っ、」
「わかるでえ? こっちの世界でもな、守られるやつはいつもそうや。守る側と守られる側は価値観がそもそも違うんや。しかもあんたらはヴィーランズとか見たことないやろ? こっちは平和な空気で胸焼けしそうや。ほんま、平和でぬるい世界やなあ。」
「…………」
副隊長と呼ばれた男は、その切れ長の目にさらに鋭さを滲ませ、隆平を見やった。一般人に向けるものとしてはある程度抑えられた殺気も、隆平が怯むには十分だった。
「もういい………やめろ、ウォール。上谷、おまえたちは俺らが守るから、大人しく身を引いてくれ。」
「……おまえみたいなやつ、こっちの世界では都合のいい馬鹿と言うんだよ。」
「奇遇やな。こっちもや。」
ウォールと呼ばれた男が隆平に同意しながらディオの前に腰を下ろした。
「ところで、どうやってヴィーランズを引き出そうか……。」
「簡単や。ヒロインごと殺る。」
「おい!」
「ヒロイン殺って、さっさと帰るで!」
「それはできない!」
「情が沸いた?」
「違う。俺は人々は等しく守る。」
「そういうやつやったな、おまえさんは。」
めんどくさい、という目でディオを見るウォールに隆平は哀れな視線を送った。
「では、策戦を立てるぞ。」
ディオの声を機に策戦会議が始まった。
◇
そのころ、この世界に、さらなるお客が訪れていた。もちろん、ケンとイチだ。
「どうするよ。まさか知らないところで異世界交流が起きてるとはびっくりだぜ。嫌な予感がする。」
ケンが口を開く。それにイチが答えた。
「まあ、ヒーロー側から飛び込んだのがディオさんだったのは幸いでした。」
「まじそれな。他のヒーローだったらどうなっていたことやら。」
ケンの言葉にイチが頷く。そしてすぐに険しい表情になった。
「今回は私たちの知らないところで世界がつながったわけですが……いよいよ不穏な気配を感じますよ。」
それに同意しながらも、顔をしかめたケンが言う。
「タイムリミットもあるな……。これ以上世界が混じるのはやばい。明日ぐらいが限界だ。」
「もちろん、今回の件で怒られるのは……あなた、ですよね?」
「心配事がくずやん。」
「まぁ、起きちゃったのはしかたないです。さあ、仕事やりますか。」
「おう。相変わらず切り替え早っ。まずは、あれに会いに行くか?」
ケンの声にイチが頷く。男が指をはじくと、空間が大きく歪むー。空間に現れたブラックホールに迷わず二人は入っていった。
「糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞がああ!」
その先にはお目当ての人物がいた。
その人物は純粋さを失い、どす黒い怨みに完全に飲まれていた。
「これは、ヴィーランズの仕業や思うか?」
「どうだか……人間の欲望は無限ですから。それはちょっと前まで至福の中に居たんです。それを奪われたら墜ちるのはあっという間でしょう。」
それは、二人の侵入者には気づかず、執念を口にしながらクッションにナイフを繰り返し突き刺していた。その回りには数十個のボロボロの枕と、布と綿が散乱していた。
「もしもし? お邪魔してますよ?」
「……気づきもしないな。」
「おやおや。あんなに夢中になって、そんなにあれが楽しいのでしょうか?」
「なわけあるか! どうするよあれ。」
「そうですね……。エセのところに届けましょうかねぇ。」
イチが答えると、ケンはあきれた顔をしつつも、ニヤリと笑うと頷いた。
そして、ケンはいまだに恨み事を口にするそれに忍び寄り、そのままそれを気絶させたのだった。
一方、その頃、副隊長と隊長の言い合いは続いていた。
「そろそろこっちから仕掛けんと、手遅れになるで、隊長。」
「だが! 市民を自ら危険に晒すわけには……っ!」
「隊長、時間がないんや。適切な判断を。」
「ウォール……おまえのことはまあ信頼してるが……しかし……。…………っ。わかった。しかし、全員助ける。」
「決まり!」
それまで固唾を飲んで見守っていた隆平が口を開く。
「俺はどうしたらいい?」
「なんもせんでや。」
それに冷たく答えたのは、先ほどこの世界にやってきた、ウォールという男だった。
「あ?」
「下手に動かれるとな、守る側は大変なんやで?」
「………。」
二人の男の敵意がぶつかり合う。隆平もウォールもお互いに対していい印象は抱いていないようだった。それもそのはず。隆平は守られる、ということや、守ってやっているというヒーローたちの振る舞いが気に入らなかったし、ウォールはウォールで、全く感謝の意を見せない護衛対象に軽蔑を感じていたのである。しかし、この場ではウォールが折れるしかなかった。馬鹿正直にヒーローを勤めあげる己の上司が横から自身に視線を送ってきたからだ。
内心舌打ちしながら、ウォールが隆平に向き直る。
「はあ、じゃあさ、肩揉んでくれや。」
「はあ?」
「いや、守る側がいざ腕動かんてなると守られる側は大変やで? ん? ん? 守られる側は、それ以外で奉仕するべきちゃうか?」
「絶対やるか!」
「わ、わかった!」
一発触発という雰囲気の中、ディオが口を開いた。そして、自身の両腕をウォールの両肩へ持っていく。
「ちょ、隊長!なんであんたがやるねん!」
「上谷が逃げるときに体力切れだと困る。」
「ちょ、自分の上司にそんなことさせられへんわ! もうちょっと右や! 右!」
「……。」
「いや、させてるじゃねえか!」
恨めしげなディオの視線と、上谷のツッコミがウォールに投げられるが、当人はちっとも気にしていない様子で極楽や~と感想を口にしていた。ディオが手に力をこめる。
「いたたたたたたたっ! 隊長!!」
「もっと力をいれた方がいいか?」
「いたたた! すんまへん。調子乗りましたわ。」
「全く……。建前と本音というのがあるのだから、おまえは空気をよめ。そんなんでよく今までお咎めを受けなかったな。おまえは。」
「そりゃ。相手を見て空気読むかどうかは決めておりますから~。お咎めも隊長に行くようにして、俺ってほんまに要領よいおとーいたたたたたたた!!」
「やっぱり、もっと力込めたがいいな。」
「すんまへん!! ちょ、作戦会議しましょ! 作戦会議!!」
作戦会議という言葉に、ディオがしぶしぶウォールから手を放す。隆平を作戦会議から外すかどうかを悩むディオに、ウォールが「こんな市民いてもおらんでも作戦に支障でないっすわ」と言ったことで隆平の参加も許されることになった。もちろん、必要以上に人を煽るなとディオが咎める。ウォールはそれに反発するが、それ故、隆平のつぶやきは二人の耳には届かなかった。
「……傲慢なんはそっちだろ。」
隆平の恨み言は、騒ぐヒーローたちの声に完全に書き消されていた。
「ほな、岩に腰掛けた王様のとこで会議しましょか。」
「あ? ディオが座ってるそれ、凪の野郎が、夏春の銅像作ろうとして、結局止められて放置したやつじゃねぇか。」
「なんやて? あの坊っちゃん、銅像作ろうてしたん?」
「自分からな。なつが止めるよう懇願したから、あいつは放置しやがったってわけだ。それ。」
「処分しないのか? その……危なくないか?」
「この学園であいつの物を簡単に片付けられるやつがいるかよ。」
「ほんま、何様なんー? あーやだわー。俺、坊っちゃんと隊長の靴が崖にぶら下がってて、どっちしか助けられません、て言われたら迷わず隊長の靴助けるわ。」
「なっ! ヒーローあるまじきことを言うな! 俺の靴を一体なんだと思ってるんだ!」
「……ほんま、なんなんやろうな。俺が助けたい思う靴とか、意味不明やわ。隊長クラスの靴だけ、実はめっちゃ貴重なやつとか? なんや、隊長権限乱用してますんか?」
「俺の靴は! お前らと同じ! ヒーロー配給の靴だっ!!」
「あ? てか、隊長さん、服着替えとるやないかい! なんや? コスプレに目覚めたんか?」
「なわけあるか!」
ディオがすかさずツッコむ。だが、斜め前から隆平のじとっとした視線が突き刺さったことで、ディオは本来の目的を思い出した。
「会議だ! ふざける暇はないぞ!」
「あんたが、乗るからや~。」
「さては……まず、ヴィーランズの誘き出し方だが……姫野に取り憑いているタイプがわからないな。」
ディオが口を開く。ウォールもそれが問題なんよなあ、と呟いた。
ヴィーランズは、人の欲望から生み出れる。それらは人間の欲望に実に忠実で、欲望ごとに実体も変化するという。そのため、人に取り憑いたヴィーランズを誘き出すには、そのヴィーランズの欲望をえさにするのが手っ取り早いのであるが、夏春の欲望に取り憑いたヴィーランズが何の欲望のタイプか不明なのだ。
「だいたい人の欲望つったら、金とか地位とか容姿とかだろ? 夏春がそんなのに執着するとは思えねぇよ。やっぱりてめぇらの勘違いじゃねぇのか?」
「ヴィーランズは人の念から発生すんねんけど、その時点ではまだ形がないんや。それがいろんな人間から放たれて凝縮されたときに黒い靄になって、大抵それは人に取り憑くわけや。その時点ではあんまり脅威やないんやが……そのまま放置するとやばい。」
「どうなんだよ。ディオがなんか言ってたけど聞いてなかったわ。」
「……隊長舐められとる。まあ、そうやな。放置したならなぁ、そいつは怪物化するんや。」
「……は?」
「いや、そんときにはきっもちわるい形に変形して、その特徴を表しはるから、なんのタイプかわかるで? だが、そうなるともう元の人間はほぼ残っとらんから。嫌やろ? あんた、愛する娘が変わり果てるのは。」
「……なんとかなんねぇのかよ。」
「人間に取り憑いとるときはほぼ人間やからなあ。見た目。というか、俺らくらいのエリートとなると討伐対象は化け者化したやつらで、それをスパッと駆逐するのが仕事やからなぁ。人に取り憑いた時点で調査やらなんやらやるのは心理型ヒーローや研究者、しいてはヒーローの下っぱとかなんや。正直専門外やわ。」
「おい、発言には責任を持て……。……うむ。ヴィーランズは欲望のために被害を必ず生み出す。その前になんとしても手を打ちたい。上谷、姫野が欲しがるとしたらなんだと思うか? その、ヴィーランズは自身のタイプと同じ欲望を持つ人間に取り憑きやすいんだ。」
隆平が腕を組み、目をつぶる。隆平の考えるときの仕草だった。
「……」
「なんや、あんた、そのお嬢さん好きやないんかい? 好き好き言っといて分からんのかいな。」
「……うっせ。」
「愛ってほんまちっぽけやなあ。」
上谷が唇を噛みしめる。そんなこと本人がよく分かっていた。隆平自身、恵まれた容姿と家柄のおかげでたくさんの上辺の愛しか触れてこなかった。愛とかわかるはずがなかったし、そもそも夏春を愛していたのかもわからない。しかし、もし自分が選ばれていたら愛を知れたかも知れない相手を、同級生に奪われたのである。正直、夏春についてあれこれ考えることは避けたかったというのが隆平の本音だった。その苛立ちは自然と隆平の口から出てきていた。
「てめぇらこそ、人のプライベートに踏みこむなよ。ヒーローてのは、皆気遣いのできないやつばっかかよ。」
「はいはい。あんたらは自分のことでいっぱいいっぱいやもんなあ。」
「……そのへんにしとけ。上谷、ヒーローていうより、ウォールが気遣いのできないやつなんだ。すまない。」
「え! ひど!」
「……なつがなんに執着してるかは知らねえが、なつ自体は欲が少ないやつだ。正直、ヴィーランズがなつに取り憑くとか考えられねぇ。」
納得いかないという隆平を見て、ウォールは馬鹿にしたように笑う。目に見えるものが全てではないことをウォールは知っていた。
「もしかしたら、あんたらが知らんとこであのカップルうまくいってないんとちゃう?」
「は?」
「……なるほど。それだと凪以外の男とつるむ姫野の行動に説明がつくが……。」
「ほな、愛にうえたタイプか?」
信じられない、と隆平が顔をしかめる。それには構わず、ウォールが続けた。
「ほんなら、罠を貼るんがてっとり早い! 隊長の話だと彼女は慎重なようやが、しょせんヴィーランズに取り憑かれたやつや。わざと欲求を煽るような状況を作って、女が欲望に支配されるよう仕向けるで。」
ウォールの言う作戦はこうである。まず、明日の放課後、凪の部屋に皆で集まることが前提となる。しばらく皆でおしゃべりを楽しんだ後、凪と夏春のカップルを気遣うように二人を部屋に残す。恋人の部屋に恋人と二人。その状況に追いやることで、ヴィーランズの欲望を誘き出すという段取りだった。
「そんなにうまくいくか?」
隆平の疑いの目がディオに刺さる。
「おまえの世界とこっちの世界は違うが、おまえたちと話していて俺らは同じ人間なんだと気づいた。人間は、程度の差こそあれ、欲望を持っている。そしてヴィーランズやそれに取り憑かれた人間は、皆欲望に忠実になるのは確かだ。恋人関係の問題なら、ウォールの作戦はもしかしたらうまく行くかもしれん。」
「せや。人間の欲望嘗めたらあかん。」
「こえぇな。てか確証はないのかよ。」
「まぁ、正直、人の心はわからん。戦闘型の俺たちにはなおさらな。少々荒いが、欲望が顕になりやすい環境で罠を張ることしか思い浮かばない。申し訳ない。」
大切な人を救うための作戦が一か八かであることに、隆平の顔が曇っていく。ディオはそんな隆平を見ながら、胸が痛むのを感じていた。まさに、心理型のプロフェッショナルを敬うべきなのは、こういった状況では確実に彼らの知識が重要になるからである。自分たちが戦闘のプロフェッショナルであるように、人の心やヴィーランズの型を見破るプロは彼らである。ヒーロー界の改革の必要性をディオは改めて感じていた。
「…………なんか、また、熱くなってない? 隊長さんや。」
ウォールの目に、メラメラと謎のやる気を灯した隊長が映る。自分の上司がまためんどくさいことを考えていることは長年の付き合いで察してしまった。
「はぁ。(適当に生きれんやつは大変やなぁ。)」
ウォールの呆れたため息が辺りに消えていった。
関西弁めちゃくちゃですみません。関西弁もどきと他が混ざってますよね……(汗)
実際に使われている方を不愉快なお気持ちにさせてしまっていたら、本当に申し訳ありません。
ウォール(というか作者)関西弁下手くそやな、と暖かい目で見つめてやってくださるとありがたいです。
私個人的には、関西弁は魅力的で大好きです!