壊れゆく日常
学園のプリンス。そう聞いて思い浮かべるプリンス像とはどんなものだろうか。
美しく整った容姿に、すらりと伸びるモデルのようなスタイル。そして、財力。
財力を示すには、いろいろ方法がある。だが、最もベターで最も派手な方法は、登校ーすなわち登壇の仕方ではないだろうか。
映画でよくあるように、自家用のジェット機から優雅に学園の土地に降り立ったのは、和田浦尚也こと、上奏院学園のプリンス様だった。
四方八方から注がれる多種多様な眼差しに、尚也の自信げな顔が、ゆるやかに弧を描く。
「キャー! 漆黒のプリンスさまよ!」
「すげぇ……あれいくらすんだよ。」
「今日も美しいわぁ。」
羨望やまぬ周囲のひそひそ話に、尚也は内心とても気持ちよさを感じていた。
(ふふ、これです、これ。なんて気持ちいい。)
当たり前のように、周囲の声を聞き流しながら学園の門を潜り抜けようかとしたとき、非日常が尚也に襲いかかった。
「おい、ジェット機での登校は、校則違反だぞ。」
そう言って声をかけてきたのは、1-Sの担任だ。そう、今、尚也たちを悩ませている問題の生徒がいるクラスの担任だった。
「………何をおっしゃっているかわかりません。」
「なんで何を言ってるかわからないんだよw」
担任の返事に、尚也の眉がピクッと動く。
(なんなんです?この大人。今、私にツッコミましたか?まさか……。)
「いいか、ジェット機は置いてきなさい……。て、どんな指導だよw 高校生にもなって。」
(! 確実にツッコんでますね!! この人にツッコませてはいけない!)
「おや。生徒手帳にはそのような記述はありませんでしたが?」
(いたって普通の返し……ですよね?)
内心不安になりつつ、それを顔には出さすに、尚也が答える。尚也的には、細心の注意を払った回答だった。
だが……。
「は? 生徒手帳を読んだのか!? 全部?」
「はい。?」
「うちの生徒手帳1990ページあるぞ、おい。」
「ええ。それが?」
「超人かよ!!」
「!」
尚也はまたもや気づく。知らぬまにまたツッコまれていたことを。
幼い頃から、暗記は尚也の得意分野だった。加えて、真面目な性格の尚也は、自分の入学する学園の校則を理解しないなんて選択肢は持ち合わせていなかった。それゆえ、上奏院学園に入学する前に、1990ページもある分厚い生徒手帳を3日かけて読破したのだった。それは、尚也にとって、ごく当たり前のことをやっただけだった。
普通のことが、目の前の男によって「ボケ」にされてしまった。尚也にとっては、とんでもない屈辱だった。
しかし、口を開けば、下手にツッコミのネタを与えかねない。尚也は悩んだ故に、その場を立ち去ることにした。
「覚えていなさい!」
そう吐き捨てた尚也の耳に、「どんな置き言葉だ、おい。」という男のツッコミが入り、さらに内心荒れる尚也であった。
そんな彼を校門の後ろから見つめていたのは、オレンジ髪の男ー。
(あーもう、尚ちん、潔癖すぎでしょ! 逆にボケキャラになっちゃうってばー!)
同じ立場で戦う友人にダメ出ししながら、りおは何も考えずに、校門へとゆっくりと歩いていく。
(こーゆーときは、特に構えない方がいいんだよねー。)
ゆっくり、ゆっくりと、りおが歩みを進める。ちょうど、門の前に立つ「I-Sの担任」と目があったときだった。
パタパタパタパター!
上空から、派手な音が聞こえてくる。まさか、と顔を上に上げたりおの目に移るのは、やはり「ヘリコプター」だった。
ヘリコプターが派手な音を立てて、校門に降り立った。中からは、今気になっている天敵のあの子キラーンが降りてくる。
内心げっと思いながらも、りおは少し勝ち誇った気持ちになっていた。
(ふっふっふ! ヘリコプターネタはさっき尚ちんがやったもんねー! 二番煎じ!残念でしたー!)
司城がすべることを想像しながら、りおの顔が緩む。
だがー。
「おい、またヘリコプターかよw! なんなの? ヘリ登校が流行ってんの?ww」
「はい! 流行語大賞間違いないです!」
「聞いたことねぇわ!w」
「それより、ジェット機、どこ置いたらいいですか?」
「学校に、ジェット機置き場は! ないっ!」
「えー? なんでですかあー?」
「当たり前だろww」
「乗り物差別ですよ!」
「なんだそれ。」
「ああ、たけし、またね。また生きて会おう!」
そう司城が言うと、ひとりでにジェット機が上空に向かって飛んでいった。
「ああ! さとるー!」
「名前変わってるじゃねぇか!」
また変なやり取りことコントが行われてしまった。大抵の人間はうんざりしたようにそそくさと校舎内へ向かっていたが、中には、大爆笑しているものもいた。
変わり行く学園に、りおがなんとも言えない恐怖を感じていた。
◇
「てなことがあってさー。もうホラーだよ、ホラー!」
生徒会室にりおの叫びが響き渡っていた。それに深刻そうに腕を組んでいるのは、ピンクのリボンで髪を揺った紫髪の少女だ。
「ふむ。それはゆゆしき事態だな。」
髪を揺らしながら、紫色をした髪の少女がため息をもらす。
「尚也も朝からずっとあんな調子だしな。」
そういって少女が指差す先には、何やら暗い表情をしながら考え込んでいる尚也がいた。
「上奏院学園はな、我々生徒会とプリンスたちによって全てがコントロールされるのが伝統だ。それが、一回の生徒によって振り回されるとは情けないとは思わぬか!」
少女の怒りを含んだ声に、尚也とりおが肩をすくめる。そのときだった。
「やぁ! おかわりないかい? バンビィィィィーノたちぃ。」
薔薇を加えた緑が、生徒会室の扉を開けて入ってきた。司城に鼻毛を指摘されてからというもの、緑は彫刻のオブジェにしがみついたりと奇行をさらしていた。今度は口に薔薇を加えている。そして語尾が変。
「き……きさまっ!」
少女がふるふると肩を震わせる。そしてー……
「きさまキャラが濃いんだぼけー!!」
少女のドロップキックが緑の顔面にお見舞いされた。
「ふざけるな! 我々学園執行部の威厳を示すようなキャラ付けなら構わんがな! 貴様のはお笑いまっしぐらじゃないかぁ! 威厳を保て! ただえさえ、最近はヘンテコな組織になりつつあんだぞ!? 会長に知られたらっ!」
「お。おちついて、副会長どの。」
「おちつけるかぁ! 薔薇を捨てろぉー!」
「! 雅を捨てろなんて!」
「無機物に名前をつけるのは、愚か者のすることだ!ぼけぇ!」
「っ! リン、さようなら!」
「さっきと名前が変わってようが、私はツッコまないからなあ!」
息を荒げながら、緑につっかかる少女の肩を尚也が叩いた。
緑を除いた彼らの心情が一つになった。
(((あ、自分らツッコんでる。)))
(メモ)
花峰ねお
身長:161cm
役職: 副会長
容姿: 紫色の髪を高く揺っている。
他: 会長LOVE
◇
あれから、生徒会室には、暗い影を落とした少女と二人の青年が、机の上に手を組んで一言も話さないでいた。
暗く思い空気を壊したのは、緑だ。
「ねぇ、きみたち、そんなに神経質にならなくてもいいんじゃないかい?」
「……馬鹿なやり取りをしてたら、我らの……我らの質が落ちるんだぞっ?」
少女が目に涙を溜めながらそう言うと、緑が静かにため息をついた。
「君たち神経質すぎだよ。そんなきみたちに、僕が特別ゲストを連れてきてあげたよ。」
特別ゲスト?と、ねおたちが首をかしげると、緑がそそくさと生徒会室を出ていく。数秒後、何かを引き連れた緑が戻ってきた。
その何かとは、ロープでグルグル巻きにされて緑に引きずられる1ーSの担任だった。
「何何何何!? こえぇんだけど!」
「たああー! だから、クセがスゴいゆうとるじゃろー!!!」
ねおが切れながら、再びドロップキックを緑に食らわせた。
二回のドロップキックで顔が晴れ上がった男が口を開く。
「こちらは1ーSの担任の早嶺昌也先生だよ。」
「知ってます。」
「知ってるよー。」
「知っとるわ! こちとら、副会長だぞ!」
「先生を連れ来たのは紛れもない、真実を話してもらうためだよ。」
「真実?」
担任が不思議そうに顔を傾ける。グルグル巻きにされた状態には何もツッコまないらしい。
「はい。先生は……司城恋のいるクラスを担当する前は、真面目な先生でしたよね?」
「いや、今も真面目なんだが。」
「だが、あなたは変わってしまった。司城恋のクラスを担当したときから。」
「!」
「さぁ、どんな心境の変化があったのか、お話しください。」
「……それはー」
担任は口を開くと語り始めた。
早嶺昌也は真面目な教師だった。校則違反はきちんと取り締まるし、生徒の成績にも真摯に向う、そんな教師だ。
早嶺が上奏院学園に赴任したのは7年前だ。当時から、有名な私立高校として名を馳せていた上奏院学園には、特殊なルールが存在していた。God5と呼ばれる生徒会とプリンスの独裁政権だ。教師の方が権力が下という、普通ではあり得ない学校に早嶺は最初は驚いた。だが、組織に入れば違和感は薄れるものでー。就任2年目には学校の仕組みを受け入れていた。
だが、教師が見下されるというのはやはりきつく、早嶺は毎日過激な生徒たちの対応に疲労しきっていた。
それが歪みだしたのは、一人の編入生が学園にやってきてからだった。
その生徒は最初はただの女子生徒だった。人を笑わせるのが好きなようで、時々クラスメートを笑わせていた。どこにでもいるエンタメ性のある生徒。それが司城恋の第一印象だった。
だが、ある日、彼女の笑いが常軌をきしていると感じるときがあった。
「ぞうに乗ってきたんだよな。」
「いや、待て待て待て待て待て待て待て待て!」
すかさず、ねおの制止が入る。
「ぞう?ぇ……。ぞう?パオーン?」
「ああ、パオーンだ。」
そして、再び早嶺の話に戻るー。
ある日、司城恋は、ぞうに乗って登校してきた。それも、前日に、「雑巾忘れるなよー」と早嶺が言ったからだった。
ボケましたでは、すまない司城の行動に、早嶺は最初は混乱した。どう考えても司城の行動は指導の対象だ。早嶺は今までと同じように、司城を職員室に呼び出すと、説教をすることにした。
『おまえな、ぞうはあかんやろ。ぞうは。』
『いや、だって、先生が雑巾持って来いて言ったときに、私、どっちかなーて考えたんですよ。』
『いやいやいや、え?』
『で、ぼろぼろの布切れと、ぞうさんだったら、学校で使いそうなのって後者じゃないですかー?』
『前者だ。馬鹿。』
『ええー? ぼろぼろの布て何に使うんですか?』
『掃除だよ。ボケ。』
『なんでわざわざ、汚いやつで床拭くんですか!』
『床が汚いからだよ。』
『あ!…………なるほど!!』
最初は、やばいやつを引いてしまったと早嶺は本気で悩んだ。その後も、司城の奇行は続きー。
あるときは、変な回答をするし、あるときは、全校集会を乗っ取るし、あるときは全ての授業をコントに変えてしまったのだ。
早嶺は、もう受け入れることにした。
「というわけだ。」
「というわけだじゃねぇよ! 全く理解できねぇよ!」
ねおがすかさずツッコむ。尚也は頭を組んで「怖い怖い怖い」とつぶやいていた。りおはもう無心だ。
「いや、懐かしいわ。今はすっかり慣れたからな。普通にツッコんでるわ。」
「慣れるんじゃない!!」
「いや、副会長さんよ、さっきからめちゃくちゃツッコんでくるじゃねぇか。いいか、ツッコミ担のやつはな、あっという間に笑いの世界に引きずりこまれるんだ。おまえもすぐこっちにくるだろう。」
そう言う早嶺の言葉に、ねおが悲鳴をあげる。
最近自分はツッコミ側だと理解したりおも顔を真っ青にしていた。
(あ、やばい、俺も。)
◇
それから、威厳を保ちたいねおたちと、笑いにもっていきたい司城のバトルは続き、若干司城が勝利していた。今や学園の2/3は笑い勢力に荷担している。
生徒会室には、今日もなお、威厳を保ちたいやつらが集まっていた。
「もー司城てごわいよー」
「本当だね。かわいらしい小鹿のようなのに、中身はossanゴリーラのようだ。」
「あの方と恋愛できるイメージが湧きません。」
「あーあー我らの威厳どっかに行ったなぁ」
もはや威厳などない。
連敗により、すっかりだらけた空気の蔓延る生徒会室のドアが放たれた。
冷たい冷気が流れ込むー。
「あら、皆さん、お久しぶりですね。」
「か、会長! お、お帰りになったのですね!」
緊張した空気の中、真っ先に反応したのは、ねおだった。顔を青ざめるねおの目に映る、黒髪ロングの美少女。会長と呼ばれた彼女は、言わずもがな上奏院学園の生徒会長を勤める西園寺雫だ。今までイギリスに留学していた彼女が今日、帰ってきたのだった。
「ふふ。久しぶりの学園ですわ。皆さんも。……ふ抜けてはいらっらないですわよね?」
冷たい目が、生徒会にいるメンバーをとらえた。
「そういえば、来月は学園のイベントですわね。例年通り、生徒会とプリンスたちをかけたギャンブル大会でよろしいかしら?」
コツコツと足音をならしながら、雫がねおに近づいていく。
「っ、は、はい。」
しどろもどろになるねおの頬をなでながら、雫がその後ろにいるプリンスたちを冷めた目で見つめた。
「プリンスさんたち、企画書をいただいても?」
「! あー、あはは、ちょっとまってくれないかなー?」
りおが冷や汗を流しながら答えるが、それを雫が許すはずもなくー。
雫の長い手がパーに開かれて、りおの頬に迫ったときだった。
「失礼します! 司城です! 今度の学園祭の1ーSコンビ一覧と、仮装大会の出場者リストもってきましたー!」
司城の場違いな声が、静かな生徒会室に響き渡った。
(メモ)
西園寺 雫
身長: 168cm
役職: 生徒会長
他: 嫌いなものは「無駄」「アホ」「思いどおりにならないこと」。ねおはお気に入り。プリンスは駒。