イチのミス、勇者のその後
「イチ、ケン、今のところ交差させる世界に誤りはないようだ。だが……おまえらの判断しだいで世界は大きく変わってしまう。くれぐれも判断を間違えるなよ。」
オフィスで、二人の上司に当たるサングラス犬が、鋭い眼光をイチたちに向けてそう言い放った。それにイチは紅茶を入れながら、ケンはゲームをプレイしながら適当に頷いていた。
「おい! おまえら! 聞いているのか! おまえらがちゃんとしないと世界が大変なことになるし、俺だっていつまでもこのままなんだぞ!」
「大丈夫ですよ。モフモフさん。この私ですよ? 失敗なんて犯すわけがないじゃないですか!」
「そうだ。俺とイチがいればたくさんの世界を救えるって。」
サングラス犬を遮ってイチとケンが自信げにそう言えば、最初は疑いぶさげに二人を見つめていたサングラス犬が呆れたようにため息をはいた。
「……まぁ、おまえらがそう言うならそうなんだろうな。見回りにいってくる。資料に目を通しておけよ。」
そう言ってサングラス犬が尻尾で書類の束を示した。世界に関する記録の載った書類だった。イチとケンが頷けば、サングラス犬はさっそうと姿を消す。
「行ったか?」
「ええ。」
二人が顔を見合わせる。
「「やばい。」」
「やばい!依頼者でもない人を異世界に放り込んだとか口が裂けても言えませんよ!」
「少女誘拐事件も未解決だなんて言えないよなぁぁ!」
「てか、俺とイチがいれば世界が救えるとか! 中二病じゃないですか! なんであなたはいつも大口たたくんですか!」
「中二の具現化みたいなやつが言うな!」
イチとケンが互いに顔を見合わせてため息をついた。サリュートが横断歩道の上にいたこと、消えた少女たちが見つかっていないことは二人の上司であるサングラス犬には言っていない。なんとしてでもばれる前に問題を解決しなければならなかった。
「………案があります。」
「何でしょう。素晴らしいアイデア以外は却下な。」
「他の世界人に謎を解いてもらいません?」
「というと?」
「名探偵がいる世界とか。」
「………ばれたら怒られないか?」
「ばれたらダメということはすなわちばれなければNo Problem~!」
イチとケンが腹黒く笑った。「じゃあさっそく」とイチが世界をつなぐ扉の方へ向かおうとすれば、その足元を黒い影がにゅっと横切った。
「な、に、ですかーっっっ!!!!」
イチが足元で動くそれを認識したとき、声にならない悲鳴を上げて後ろに飛び退いた。衝撃で机の上の書類が数枚舞い落ちる。
「何ってアオダイショウだけど?」
「早く広い上げてください! 床に捨てないでください!」
「捨ててねぇわ! 俺のペットだぞ!」
ケンが慌ててそれを抱き抱えると、それはケンの腕に巻き付いた。ケンに懐くアオダイショウを引きぎみでイチが見つめる。
「もー! 爬虫類もあなたも気持ち悪いです!」
「爬虫類を馬鹿にするなや!」
「安心してください。気持ち悪さでいえば、爬虫類よりあなたが勝っていますから。よかったですね。ペットより上ですよ。」
「どこに安心すればいいんかい!」
きれかかるケンを無視してイチが床に散乱した書類を広い上げた。ケンは手伝う気はないようで、ペットと戯れていた。
書類を集めていたイチが、一枚の書類を見て動きを止める。
「ケンさんこれ…………」
イチが一枚の紙をケンに見せる。それを読んでケンが顔をしかめた。
「D世界の勇者暴走事件? 別にそれほど重要案件ではなくねぇか? 他に問題の世界はもっとあるだろ。」
「いや……サリュートさんのところに来た勇者をD世界に送ったのは、私……エヘッ!」
「なんでまた……」
「あれから研究所を広めたサリュートさんはよかったんですけど、無差別に種族を殺してきた勇者は死刑になったようで……。サリュートさんが、根は悪いやつじゃないから助けてやってくれと泣いて依頼してきたんですよ。そこで、彼を別世界の勇者育成学校に放り込んだんですが……どうやら暴れているみたいですね。」
「……!まぁた新たに問題が加わったじゃねぇか!」
「と、とりあえず様子を見に行きましょう!」
慌てたように、イチとケンが立ち上がる。二人はそのまま勇者のいる世界へと向かって行った。
◇
サリュートの世界へ来た勇者はそれはそれは傲慢だった。表向きは偉大なる勇者。裏の呼び名はわがまま王子。
そんな勇者がイチによって連れて来られた世界は、勇者育成学校で有名な世界だった。大抵は他の世界から勇者を召喚する世界が多い中、その世界では世界を救う勇者は自国で育成する方針だった。
最初こそイチは勇者を元の世界に戻すつもりだった。だが、あろうことか、勇者はそれを嫌がったのだ。挙げ句の果てには、元の世界に戻るくらいなら今の世界で逃亡生活をすると言い出す次第だ。世界から退場してくれないなら、もはや輸出するしかない。そこでイチは、やつを別の勇者がいる世界に送ることにしたのだ。もちろん、その世界の勇者は普通の勇者ではない。そこは、また同じく勇者が求められる世界だが、勇者は一人ではないのだ。何百人もの勇者候補が集められ、そこで勇者になるための修行が行われるのだが、その修行がまた厳しいのである。男が勇者となれるのか、あるいは、主人公となれるかどうかはまた彼の努力次第なのだ。
そんな勇者育成学校だが、勇者候補が大勢輩出される中、勇者候補として注目を集める者たちがいる。一人は、勇者育成学校第一校2年如月陽。金髪のショートヘアの女の子だ。二人目は、勇者育成学校第一校3年リチャード・ケイヴィン。紫の髪をした美男子だ。三人目が、田中達平。さも平凡な塩顔の日本人だが、その真面目さは評判がいいようで、最近第三校から第一校に移籍してきた。
多様な種族が切磋琢磨して勇者を目指す中、それはいきなりやってきたのだ。
「だから、俺が勇者なんだよ!」
「青賀! だから、勇者はまだ選ばれていないし、有力候補は3名でー」
「そんなにいらないだろ!勇者は俺だ!」
一人の赤髪の男と、黒髪の少年が言い争うのはもはや日常茶万事だ。勇者育成学校第一校の生徒たちはそれを遠巻きで眺めながら、あきらめたようにため息をついていた。
青賀琉斗という男は突然勇者育成学校へとやってきて、突然「俺が勇者だ!」と言い放ったのだ。最初は学校側も戸惑った。だが、勇者育成学校は基本的に勇者になりうる特性を示せば入学が可能となるため、青賀を咎める名目はなかった。
困った第一校の校長は、青賀のステータスを見て決めることにした。そして、ステータスを見た瞬間、校長はそれはもう驚いたのだ。
【体力】100000
【魔力】200707
【魔法】炎・水・雷・土・風
【防御】387008
【適切】100
なんと全ての項目が100000を超えていたのだ。唯一、勇者の適切が100だったが、そんなこと気にならないほど青賀の才能は類を見ないものだった。
「なんだよ!俺が嘘ついているてか!俺は勇者でー」
「間違いない!あなたこそ勇者でしょう!さあ、さっそく学校に!」
「おう!」
結局、校長は青賀を高校に招き入れてしまったのだった。
しかし、何を隠そう、勇者はすこぶる性格が悪かったのである。
勇者育成学校では知・徳・体に別れて訓練が行われる。知部門では国に起こった厄災やそれを救った英雄たちの歴史を学び、体部門では実践に向けた特訓が行われ、徳部門ではひたすら心を清める修行が行われるが、どれもハードなものだった。しかし、それらの訓練は青賀の加入でさらに地獄へと化していた。
ある時。
学年ごとに別れて模擬実践が行われたことがあった。ルール上、新入生は許可が降りない限り、上級生に喧嘩を売ってはいけない。だが、あろうことか、1年を全滅させた青賀はさらに上学年への実践へと乱入し、対決を挑んだのだ。
慌てて止める1年たちとは違って、2年は逆にその活発さを評価したのだろう。顎ひげのよく似合う大柄な男が青賀の前に立った。
「ガッハッハ!面白いやtーガッハア!!」
2年の男が用意していたセリフは「ガッハッハ!面白いやつだ。嫌いじゃない。」だった。だが、それを言う終わる前に男は青賀によって投げ飛ばされていた。
唖然とする生徒たちの中、青賀は言った。
「次!来いよ!」
「! てめえっ! 卑怯だろ!」
「サーベル先輩の好意をめちゃくちゃにしやがって!!」
1年と2年が青賀に向かって拳を振り上げる。
「ウィンドースプレッド!」
青賀は詠唱するや否や、たちまち男たちを暴風で吹き飛ばした。
「いや、拳に対して魔法使うぅぅ?」
金髪の女性が叫んだ。彼女こそ、勇者候補の一人、如月陽だった。陽を見るや否や青賀の顔が曇っていく。
「おまえ! 勝負しろ!」
「ええっ!?」
「ファイヤーブレイク!」
「ウォール!」
青賀が魔法を繰り出せば、三日月型の大きな炎が地面を割って陽に向かった。さすが勇者候補とだけあってすかさず陽がバリアを出す。陽がきれかかるやいやな、青賀は再びファイヤーブレイクを繰り出し、教員たちに強制退場させられていた。
またある時。
その日は、知の授業がメインで行われていた。ところが、やつは「俺は過去とか知る必要はない!」と堂々と言ってのけ、無理やり授業を実践に持ち込もうと魔法を乱射したのだ。
慌てて教員が止めにはいる。だがー。
「そんなに授業がしたいなら俺を倒してからにしろ!」
「ここに魔王がいるんだけどぉ!」
「人を魔王呼ばわりしやがるとは! ファイヤーボール!」
「ちょ、ま、あつっっ! 」
当然、授業は中止となった。
もちろん、徳の授業は妨害された。理由は、彼曰く、「自分はそんなの学ぶ必要がないほど清い人間だから」だそうだ。
そういうわけで、D国は心から異なる世界へSOSを出していた。
ーどうかこの厄介者を引き取ってくれ!!
と。