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三題噺もどき

忘れずとも

作者: 狐彪

三題噺もどき―ひゃく。

 お題:使い捨てカメラ・ストロベリー・ネックレス




  カーテンを開くと、痛いほどの光が押し寄せてきた。

「……よしっ!」

 声を出し、自分で自分に気合いを入れる。

 カーテンの開かれた窓を背に、自分の部屋を見やる。

「おぉ…」

 我ながら…。

 ―そこかしこに物が溢れていた。

 この狭い部屋に置くには少々大きすぎるベッド、その代わりのように小さくなってしまった丸机、一人で見るには十分なサイズのテレビ。

 そして家具類の隙間には脱ぎ散らかした服や、アクセ類が入ったボックス、化粧箱に―これはちょっとした趣味なのだが―様々な写真の数々。

 我ながらよくここまで散らかしたものだ。

 今日は断捨離も視野にいれながら、それらを片付けようと思い立ったのだ。

「っと、その前に…」

 ものが溢れた床に、なんとか歩ける場所を作りながらキッチンへと向かう。

 実はここ数日ろくに食べていない。

 その為、まずは腹ごしらえをしなくてはならない。

 バコッ―と冷蔵庫を開く。

 そこには、チョコレートジャムにストロベリージャム、ブルーベリージャムにマーマレード、マーガリン等々朝食をパンにするにはもってこいのラインナップが揃っていた。

 その中から、ストロベリージャムとマーガリンを手にする。

 ついでに横にある電子レンジの上においてあった六切り食パンを取り出す。

「お湯も沸かしとこ」

 水道の水をいれ、電気ケトルのスイッチをいれる。

 その合図がなるまで朝食作りの続きへと向かう。

 食パンの上に、マーガリンを厚めにぬり、その上にストロベリージャムをこれでもかとぬる。

 ほとんどの面積が赤く染まったそれを、トースターの上にのせる。

 ジジ、ジ、と大体5分ぐらいのメモリに合わせて手を離す。

 バタン―とトースターを閉じて、出来上がりの合図を待つ。

 その間にインスタントコーヒーを手に取り、お気に入りのマグカップの中に粉をいれる。

 ―カチッ―

「ん、」

 丁度沸いたお湯をカップに注げば、コーヒーのいい香りがより良い目覚めを促してくる。

 私は猫舌なので、スプーンで粉を溶かしながら冷凍庫へと向かい、氷をいくつかいれる。

 冬場の寒い時期にも氷をいれて飲んでいたら、「それ意味なくない?」と何度言われたことか。

 私からしたら、そうでもしないと飲めたもんじゃないのだから仕方がない。

「……そんなこともあったなぁ、」

 ぽつ―と出る一言を、その続きを飲み込むようにコーヒーをすする。

 すこしホッとしたところに、食パンの焼けるいい臭いがしてきた。

 そろそろかと、皿を取りだし、トースターの前に陣取る。

 中身が見えるので、そろ―と覗き込んでみると、いい感じに焼けてきている。

 耳のところがすこし焦げているぐらいがちょうどいいのだ。

 そのままボーッと見ていると、

 チン―ん、焼けた。

 カパ―と開き、熱々になったパンを落とさないよう皿に引っ張り出す。

「あつ、」

 ちょっと焼きすぎたかもしれない…。

 まあ、食べる分には問題はないので良しとする。

 そして、皿とマグカップを両手に持ったまま、先程作った道を引き返す。

 机の上だけは空間を開けていたので、そこに皿とマグカップを置く。

 座る場所…と思いその分のスペースを開けようとものを動かす。

 その拍子に肘が棚に当たり、その上にあったものが落ちてきた。

 足の指の上に。

「った!!!」

 小指打った…いたい…。

 さすりながら落ちてきたものの正体を目にする。

 黒い物体に、緑と金色のシールが貼られたもの。

 黒いレンズ部分はすこしヒビが入ってしまっただろうか。

 そっと手に取ったそれは、手に収まるほどのちょうどいいサイズ。

 レンズの裏側にある除き穴から向こう側の景色が見える。

 ―使い捨てカメラ。

 ほんのすこし前に、出来心で買った、意味のないものばかり写していたもの。

 春の桜、夏の花火、秋の紅葉に冬の雪。

 二人でいった花見や祭り、赤や黄の山、真っ白に染まった町の景色。

 あれもこれも、意味のないものばかり。

 今となっては、嫌なものでしかないものたち。

「何でこんなもの撮ってたんだろう…」

 ぷらぷらと揺らしたそれは、レンズが光を反射して眩しく見えた。

「……」

 何を思ったのか、そのレンズ越しに部屋を眺めてみる。

 今はもう戻らない日々がさまざまとぞろぞろと頭のなかを走り、巡り、去っていく、

 この狭い部屋でふたり並んで、テレビを見て、笑って、肩を寄せあって、泣いて、肌を重ねて、愛し合って―そして、一人座り込む自分の姿。

 なにも言わずに帰ってこなくなったあの人が、忘れられず、ただ呆然と、現実と向き合うことから逃げていた自分。

 あの人がくれた、服やピアスやネックレスや、写真、化粧品、バック、指輪―未練たらしく引きずり出して、回りに置いて。

 まるで、そうすればあの人がいると感じで居られるから、現実を見たくないから―あの人のことをまだ感じていたくて。

「…ばかみたい、」

 カメラを机の上に置き、すこし冷えてしまった食パンを食べる。

 ザク―と心地いい音と共に、口の中に甘酸っぱい味が広がる。

 それを優しく包むマーガリンの優しい香り。

 この食べ方も、あの人が教えてくれた。

 もう忘れられない、忘れたくても忘れられない、あの人が。

 ザク、ザク、と食べ進めていくなか、ほんの少し塩味が交じり出す。

 無意識にすすった鼻の音が嫌に頭に響く。

 いつのまにか、机の上に小さな水溜まりができていた。

 それを、汚いけれど、袖で拭って、びしょ濡れになった顔もぬぐって、一気にコーヒーを飲み干す。

「―ま、いっか、」

 忘れなくても。

 忘れようとしても、忘れられないんだから。

 このまま覚えていたって。

 だって、こんなに美味しい朝食が食べられる。

 こんなに素敵な思い出を、たくさんの記憶を残しておける。

 季節が、世界がこんな風に巡っていくんだと感じていられる。

 それならいいじゃないか。

 捨てなくたって、忘れなくたって。

 ―自分が幸せなら、それで。

「うん、」

 このまま、持っていよう。

 大切なこの思いでも。

 あの人の事も。


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