プロローグ
夜。ホバレーラ国内のとある森の奥。
老年の男――名をヒース・カランと言う――と顔を隠した二人組の男が向かい合っていた。
「見に来るのが思っていたより早いな。…………新しい世代が育っているようで何より」
「…………」
「君らが味方だったら大喜びだったのにな。残念だ」
――瞬間。
激しい光と共に一面が凍り付いた。そして、四方から氷の柱がヒースを襲う。
だがヒースはにこやかに笑みを浮かべて、その場を動かなかった。
「――――」
氷の柱はある一定のラインで途端に動きを止めた。
先の攻撃に乗じて接近を企んでいたもう片方の男は後退し、また膠着状態に戻る。
「なるほど。大体お前らの事が分かった。偵察に来たんだろう?見つかるとは思ってなかっただろうがな」
「…………」
二人の男は、さっきよりもずっと警戒の度合いを上げていた。
そんな二人の様子を見ながら、ヒースは語りかける。
「さてと……唐突だが、俺は優しいんだ。見逃してやろう。なに大丈夫だ、ここには俺と君たち以外いない。見つかったことを隠して報告すればいい」
「…………」
「もうお前らも実力差は分かったはずだ。見習いと達人くらいの実力差がないと、相手の魔法の制御なんて奪えない。逃げるなら今の内だ。気が変わるかもしれん」
男たちは互いに視線を交わし、夜の森に消えていった。
「ただいま。ライク、お前あそこにいただろ」
ヒースは家に帰ると、ライクという少年に声をかける。
「バレてなかったしいいでしょ。来客なんて珍しいから気になっちゃって」
ライクは椅子に座って足をぶらぶらしながら答える。ヒースはそのライクの隣に座った。
「あの人たち誰?」
「さぁ、誰だろうな」
「仲良さそうに話してたくせに」
「あいつらとは初対面だ」
若干納得していないという顔のライクは、ヒースの隣に腰を下ろして話題を切り替える。
「あの人たち、あんまり強くないのかな?俺の事も気づいてなかったみたいだし、師匠にあっさり負けたし」
「あいつらはおそらく捨て駒だな。遠くで見てるやつがいた。今頃切られてるだろうな」
「うわ……怖いなぁ。ん?俺もしかして監視してる奴にバレてた?」
おそるおそるといった感じでライクはヒースに聞く。
「いや、バレてない。お前その力を贅沢に使って隠れてた癖に何を言う」
「それもそうか」
するとヒースが妙に真剣な顔でライクに語りかける。
「この話になったから今一度言うが、お前に受け継がせた魔獣ヌクロス。あいつは本来人が持ってはいけない力だ。くれぐれも人の前で迂闊に使うな。何があってもだ」
「う……ごめんなさい」
ライクはヌクロスと契約した時の事を思い出す。
この竜の形をした魔獣は本当に自分と契約してくれるのか。
今すぐに飛び立ってこの大陸ごと塵にするんじゃないか。
ライクは蘇ってきた恐怖に体を震わせた。
「俺も五十年くらい前に同じ事を感じたものだ。だが力を手にしてもその恐怖はずっと忘れるな。約束だ」
「分かったよ」
反省してるライクを横目に、ヒースは横にあった本を手に取り読み始める。
そしてヒースはさもなんでもないことのように言った。
「ヒース。お前明後日からレムリアに住め」
「…………うん?」
「あ、もちろん一人でな」
「はい?」
ライクは理解が追い付いていない。なにせライクはこの森のなかでずっと生きていくつもりだったのだ。この話はあまりに唐突すぎた。
「えっと……なんで?」
「さっきの奴に俺らのことがバレただろ。あいつらは俺を追ってる奴らだ。わざわざ捨て駒を寄こしたのは、俺を追うのに否定的な奴らからのメッセージだ。お前バレたぞってな」
「どういう事?なんで追われてるのに、助けてくれる人たちがいるのさ」
「色々あるんだよ。まぁそういうことであいつらに不義理は出来ない。しかもお前はヌクロスを受け継いだろう?そろそろ独り立ちの時期だとは思ってたんだ」
「受け継いだ後も教えることあるでしょ」
「教えるべきことは教えた。その力は自分で育てていくものだ。教えを乞うものではない」
ライクはそのあまりにも唐突な決定に不満たらたらだった。
だが有無を言わさぬその様子に何も言えなかった。
「はぁ……分かった。分かりました!レムリアに行くよ」
こうしてライクがレムリアに行くことが決まった。
二日後、ライクとカランは家の前に立っていた。
カランは手に持った箱を家に向け、家を収納した。
今まで住んできた家が一瞬で収納されたことにある種の感動を抱きながらライクはヒースに向かう。
「……じゃあ俺はレムリアに行くよ」
「改めて急な決定で悪かったな。達者で暮らせよ」
「うん。師匠もね。じゃあ行ってきます」
もうここに帰る訳じゃないのにそう言うのは変かとも思ったが、ライクはそう言った。
そしてライク・カランは水の都市レムリアへと向かって歩き出す。