地味な女子高生と地味な幽霊 ~あなたは夜にセーラー服を着た幽霊の胸元を見た後にたまらなくなって抱きついたら彼女が消えちゃった。夏になったら自称本物の霊能力者と出会ってヒドい目にあっちゃった~
幽霊を主題としたお話です。
あなたは突然、百合を少々嗜む淑女的な女子高生になった。
しかし、そんなことよりもずっと恐ろしい現象が今――、起こっている。
あなたがベッドで寝ている最中、何かに乗られている気がして目を覚ました。
上を向いて寝ていたあなたのすぐ前には、幽霊……と思わしき少女がいるのだった。
部屋の明かりは常夜灯のみだったものの、少女がセーラー服を着ている女子学生だということが判明する。
長袖の白いセーラー服は少し丸みを帯びた紺色の襟があり、スカーフも同色で、襟には二本の白い線が入っている。髪の毛は黒で、左右を三つ編みにしていることまで分かった。
それなのに、顔が鮮明ではない。ぼやけているようで、どのような表情なのかは全然読み取れなかった。
あなたは昨日、ちょっとした用で高校の古い旧校舎に行き、そちらの古びた女子トイレを使用した。もし目の前の古風な女子学生が幽霊だとしたら、旧校舎で取り憑かれたとしか考えられない。
目の前にいる女子学生に驚くものの、声が出ない。体が硬直して動けない。それでも、目を瞑ることが出来た。怖がるあなたは視界を無にして、幽霊がどこかへいなくなることを願った。
再び、目を開ける。
まだ女子学生の幽霊がいた。やはり金縛りのままで動けない。彼女の表情は、未だに分らない。
ここで、あなたは気づいてしまった。
よく見ると、セーラー服の襟元には胸当てがなく、中が覗きやすくなっていた。
加えて、彼女はすぐ前にいる。
あなたの視線はつい、内側に行ってしまう。
やや肩紐の広いスリップで守られているものの、その白い肌着の下には、胸部がある。あまり大きくなさそうだ。
見えない胸部に、隠すスリップの縁についた細やかなレース。電気を点ければ、きっと色白に違いない肌。近くでなければ拝めないというこの上ない特別感と、見ることがためらわれるところを見ているという背徳感。
なんだかすごく興奮してきた。
両腕が動く。なぜか動かせることを知った。
あなたは幽霊を愛おしく思い、つい抱きつこうとしてしまう。けれども両手は彼女の体をすり抜け、彼女の姿は闇へと散った。
少女の顔は最後まで分からなかったのに、なんとなく、彼女が恥ずかしがっていたように思えた。
あなたは上を向いた状態で、あの子はなんだったのかと、ずっと考える。
その後、あなたは眠りに就いてしまった。
■
あなたはあの時以来、女子学生の幽霊を見ることはなかった。
少しだけ惜しかったと思いながらも、一日、一週間……と、時が経つにつれ、あまり気にならなくなる。
季節は初夏になり、今日も日中は暑い。
白い半袖ブラウスに水色のセーターを重ねた夏服で下校中だったあなた。逃げ込むように、ショッピングモールの中へと入って行った。
あなたは今日、無性にタピオカ・ミルクティーが飲みたかった。そんな乙女の欲求は、お金の力と時間さえあれば、簡単に実現が可能。だから、フードコートに来た。
この屋内型の憩いの場で、あなたは孤独に黒い粒々を太いストローで食すのだ。
テーブルに座り、買って来たタピオカ・ミルクティーをあなたが味わっていると、ベージュ色の半袖と茶色いロングスカートを着た、二十代ぐらいのすごく綺麗な女性が近寄って来た。
「あなた、ちょっといい?」
「……なんでしょう?」
ウェーブがかかった茶髪の美人に話しかけられて、あなたは戸惑った。
彼女の表情は、あまり好ましくなかった。
「言いづらいんだけどね、あなた、悪霊に取り憑かれてるみたい」
「えっ?」
あなたはあの日の夜のことを即座に思い出す。
「私ね、本物の霊能力者だから、幽霊が見えるのよ」
本物の霊能力者を名乗るなんて、非常に胡散臭い。あなたはそのように思ったけれども、口には出さずに止める。
「何が見えるんですか?」
あなたが聞くと、女性はテーブルの向かい側に座った。
「セーラー服を着た女学生ね。髪は二本のお下げにしてる」
そう的中されて、あなたは驚いた。
「……本物みたいですね」
「そうだと言ったでしょう? で、あなたもその霊、見たことがあるのね。今は見えていないようだけど」
「悪霊って、何をしてるんですか?」
「あなたの首を太ももで挟んでる」
「えぇッ?」
驚いたあなたは急いで左右を見ても、やはり霊は見えず、気配も感じられない。肩が凝っているような感じもない。
「……最近、何か良くないことが起こったりしてない?」
「あっ、そういえば」
あなたは思い出した。
「この前の期末テストの結果が、前回の中間テストよりも全体的に悪くなってて……」
「それはあなたがお馬鹿なだけじゃない?」
霊の仕業じゃなかった。
「それ以外は、特に思い当たることはないですけど……」
不満げにあなたは言い返す。
「そう。悪いことがないのは、良いことよね」
あなたは両手を耳の横、幽霊がいるらしい部分へと向かわせて、動かしてみた。
急に女性が慌て始める。
「ああっ、腕がスカートを通過した! 幽霊驚いてる! 恥ずかしがってる! あっ、離れ出したよ! 上に向かった! ほらっ、天井のほう! 黒いブルマが丸見えっ! こっちまで恥ずかしくなりそう!」
あなたは天井を見上げても、昭和時代を連想させるような重ね履きを拝めなかった。
見えないのが、つらい。
それに、この大声を出した迷惑な女性が知り合いだと周囲に誤解されたかと思うと、より心がつらい。
「なんか、今ので悪霊から守護霊になったみたい」
まさかの展開にあなたは驚く。
「そんなことまで分かるんですかッ?」
「霊能力者の勘よ」
美人女性はウインクしながら親指を立てた。実に信用ならない。
「ちょっと、立ってもらってもいい?」
「はい」
あなたは言われるがまま、女性に従った。
反対側にいた彼女はあなたに近づいて来て、あなたの髪質を確かめるように触り始める。
「うーん、この黒髪、あんまり手入れが行き届いてないなー」
「余計なお世話です」
ゴムで一つに束ねただけのあなたの黒髪は、確かに艶やかな女性の茶髪ほど、良くはない。
「制服はきちんと着ていて、胸部は中の下かな」
「ひゃっ!」
あなたは両手の平で胸部を触られてしまった。
「中の下というのは、学生さんでは真ん中より下ぐらいでしょってぐらいの、ひかえめな大きさのことね」
「その説明は必要ですかッ?」
「――呪われたいの?」
女性に怖い形相で睨まれる。
「いえ……」
あなたはそれ以上何も言えなかった。
「スカートはリボンと同じブルーのチェック柄で、丈は黒のハーパンが隠れるぐらいっと……」
「めくらないで下さいっ!」
あなたはハーフパンツが外に晒されていた部分を強く押さえる。
「呪われたいの?」
再び睨まれた。
「いえっ、そんなことないですけどっ!」
「太ももは、健康的でいい。黒いニーソもいい」
女性は人差し指で太もも、膝上までの長さの靴下をなぞりながら、しゃがんでいく。最後には上を向いた。
「下着は白」
ハーフパンツの隙間から見ていた。
「って、覗かないで下さいっ!」
あなたは飛び上がるように後ろへ下がり、スカートを厳重に押さえた。
「呪われたいの?」
またも睨まれる。
「そう言ったら何をしても許されるとか思ってませんっ?」
「まさか」
女性はゆっくりと立ち上がる。
「私は霊能力者だからね、見えるもの全てが真実だとは思わないの。私が実際に手で触れて導き出した鑑定結果では、……あなたは人間の学生さんよ! 良かったね、幽霊じゃなくて!」
断言された。
「そんな相談なんて最初からしてない! 散々やられたのにそれだけッ?」
あなたは思いっきり怒鳴ってしまった。
「まぁ、落ち着いてちょうだい。座ってから、続きを話しましょう」
我慢ならないほどの不服があったものの、あなたは女性と再び向かい合ってテーブル席に着いた。
女性は両手を組んで両肘をテーブルにつけた。見てくれだけは、多少は専門家っぽくなる。
「あの幽霊はきっと、寂しがり屋さんなんでしょうね。あなたには、見た目の地味さ加減と胸部の小ささ、黒い重ね履きと、彼女との共通点がいくつもあったの。あなたが似ていると思われたから、彼女に憑かれたのよ」
「それで、私はどうすれば……」
「力の弱そうな霊だし、日常生活で支障が出ることはないんじゃないかな。彼女が近くにいるってことをあなたがちょっとでも意識してあげれば、守護霊になってくれるから、除霊は必要なさそうね」
「そうですか……。ありがとうございます」
「いいのよ、私はたまたま“見えた”だけなんだから。かわいい女子に憑かれて、すっごくうらやましい」
あなたは幽霊に憑かれていても問題ないと知り、とりあえず安堵する。
それも束の間だった。
「私も学生さんから多額の相談料は取りたくないからね、そのミルクティーだけで全然構わないよ」
そう言って女性は手を伸ばし、置かれたままになっていたタピオカ・ミルクティーを取った。ストローを口につけ、半分以上残っていたのに、全部飲んでしまった。
「ごちそうさまでした」
女性は笑顔であなたに伝えると、その場を去って行った。
「わぁ……」
あなたは透明のカップを目にして、絶望を覚える。
カップの底には、何粒も黒いタピオカだけが残った状態になっている。
この困った状況に、あなたは嘆く。
今日、誰かのせいで何か良くないことが起こったとすれば、それは幽霊ではなく、自称霊能力者の仕業だった。
カップのフタを取り、あなたは残ったタピオカと悪戦苦闘した。最後のひと粒が、なかなか吸い上げられない。でも、捨てるのももったいないので、どうにかしたい。
そんな時、急にタピオカがストローに上手く入った。
無事にあなたは、もちもちとしたタピオカを全て食べることが出来た。
満足感を得たあなたが、ふと前を向いたら、セーラー服を着た三つ編みの幽霊の姿が瞳に映る。
足は床につけており、両手は前で重ね合わせ、背筋を伸ばして立っている。他の人には、見えていないらしい。
あいかわらず、顔が判別出来ないものの、どこか微笑んでいるような気もした。
少しして、幽霊の姿はあなたに見えなくなる。
タピオカがストローに入ったのは、もしかしたら、あの幽霊が少し力を貸してくれたからかもしれない。
「ありがとう」
あなたはそうつぶやいた。
あの子とは仲良くやっていけそうだと、なんとなく、あなたは思うのだった。
■
カップの中のタピオカを完食したあなたのほうを、自称霊能力者の女性は遠くから見ていた。
「あの幽霊ちゃん、また大胆に、あの子の頭の上に乗っかってるなぁ……。恥ずかしがり屋って感じもあったのにねぇ」
彼女にはまだ、幽霊が見えているらしい。
「幽霊の行動原理なんて私にも分かんないけど、今日はかわいい女の子と間接キス出来たし、良い一日でした」
口に手を当てて、女性は頬を染めて喜んだ。
女性は家に帰ったらすぐに念写をして、あなた達の情景を写真として鮮明に焼きつけることにしている。そんな芸当が、彼女には出来る。
彼女もまた、百合を嗜む女性であり、女子高生のあなたよりも少し年上な分、より上級者的だった。
百合を好む女性にとって、相手が幽霊かどうかは大して関係はない。
むしろ幽霊の女子が一般女子の首にまとわりついてくれるのは、大歓迎。
自分が霊能力者だと分かって良かったことは、見えていないと思い込んでいる、かわいい女の子の霊の大胆な姿が見られることだ。
それと、霊に憑かれたかわいい女の子とお近づきになれること。
幽霊が原因でこれまで何度も恐ろしい目に遭ったことを思えば、時々ぐらい、百合のような清涼剤はあってしかるべきだろう。彼女はそう考える。
「またあの子のドリンクを、奪って飲みたい」
もちろん、ストローつきのものを。
次に見かけた時もあの子に霊がついていれば、きっとチャンスは訪れる。
そう信じて、女性はその場を後にした。
(了)
最後まで読んで下さり、どうもありがとうございます。
地味な女子と幽霊との交流が書きたかったのに、霊能力者のほうに比重が置かれてしまいました。
まだ読んでいない方がいらっしゃったら、長編作品『サキュリバーズ!』もよろしくお願いします。