第11話 異邦の脅威
リハビリがてら、小説の始まり部分のみを書かせて頂きました。
少しでも、皆さんの暇つぶしになれれば幸いです。
俺は、ムツの矢を撃ち尽くして空になった右手を掴み走り出す。
リューザスやハルユキが逃げた方とは違うが、[空間把握]で感じられるゴブリンの数の中で最も数の少ない方角。
「な、何故!?」
前方から迫って来る棍棒を持ったゴブリン。
「夜更けだ、闇だ、目を覚ませ、昏き、幼き、その感情〝恐怖〟」
俺の放った魔法によって何匹かのゴブリンは、恐怖の状態異常によって混乱する。そして、戸惑うゴブリンを〝影沼〟へと纏めて沈める。
「行くぞ!」
既に握っていた手は話したが、黙ってムツは付いて来る。
「何故だ?」
「何がだよ!」
「何故、俺を置いていかなかった?」
逃げる途中で、長く持続はしないがゴブリンが通りやすそうな場所に〝影沼〟と新しく覚えた〝影棘〟という設置型の魔術を仕掛けた。
そのおかげで、追っての姿は見えない。
だが、油断は出来ない。
「俺に何か会っても、代わりの狩人はいる」
ムツは、俺の最も嫌いな言葉を言った。
「ムツさんの代わりなんて何処にもいない!」
「!」
「元の世界やこの世界の何処を探しても、俺が出会って、同じ時間を過ごしたのは、此処に居るムツさんだけだ!」
俺だって何も分からない子供じゃない。
弟が突然死んだ様に、何れ別れは来るのかもしれない。
だが、それは今じゃないと俺は信じる。
「もし、何れ別れるにしても、今じゃない」
「………そうだな」
完全にゴブリン達の気配から遠ざかり、いつも通っている道とは違うが、街へと続く道へと辿り着いた俺は腰を抜かして座り込んでしまった。
街の近くの道には、魔物避けの結界が張ってある。見た目は、道を照らす街灯のようだが、この結界のおかげで魔物は滅多に寄り付く事はない。
だが、降り続く雨の所為で服は濡れてしまった上に、息を吸うのも苦しくて直ぐには動け無さそうだ。
ムツも息は切らしているが、俺よりも辛くなさそうだ。
どうせ俺は、元々運動が得意な方じゃないんだ。
「大丈夫か?怪我はしてないか?」
「怪我はしてないけど、動くのは無理っぽいです」
「そうか……俺が背負う」
俺は疑問の声をあげる間もなく、慣れた手つきでムツにお姫様抱っこをされてしまった。
「いや、恥ずかしい!せめて、背中にしてくれ!」
「暴れるな……」
「おれ、おとこ、これはずい!」
俺の体が18歳の割には170cmギリギリと中背で、弟に似て童顔とはいえ、お姫様抱っこは許容出来ない。精一杯の抵抗が通じたのか、次からは背中に背負ってくれた。
街に辿り着いた俺とムツは、直ぐに冒険者ギルドへと向かい無事に逃げ延びていてくれたリューザスとハルユキと合流した。
ハルユキには号泣されて、珍しく怒鳴られてしまった。それでも、最後は「良かったぁぁあ」と泣き出す始末だ。
そこに、受付の女性が近付いて来る。
「此度の昇級試験で起きた事に付いての報告は受けました。そして、他の冒険者さん達からも同様の報告を受けております」
受付の女性は、深々と俺達に向かって頭を下げた。
「此度は、昇級試験に不適応な依頼を斡旋する結果となり、誠に申し訳ありませんでした」
「いや……昨日までは特に変わりなかったので、ギルドを攻める様な事はないですよ」
「ありがとうございます!此度の昇級試験の結果について、私が責任を持ち、保留とさせて頂きます」
周囲にいたパーティーメンバーも俺の言葉に異論はなかった。そして、周囲で一部始終を見ていた冒険者達の中には感嘆の言葉をかけてくれる人もいた。
■■■■
雨の止んだ森の中で、獰猛に嗤う1体のゴブリン。
いや、単なるゴブリンとは形容できない姿だ。成人の一般的な男性並の身長を持ち、ゴブリンと同じ肌の色をしながら、全身を覆う様に刻まれた刻印と額に開かれた第三の眼が怪しい光を時折放っている。
その視線の先には、怯え、震える女性の冒険者が腰を抜かしていた。先程、無謀にも挑みかかった仲間達は1人残らず首を刎ねられ、今は物言わぬ屍に成り下がっている。
悲鳴を上げる事も出来ない女性の周囲を取り囲むゴブリン達の嗤い声。
女性の冒険者は死を覚悟する。
だが、その死すらも救いとなる。
これから彼女に待つのは、死ぬ事も出来ず、ゴブリン達が飽きるまで痛ぶられ、侵され続ける悲劇の終着点。
彼女が引き摺られ連れて行かれた先に居たのは、抵抗する心を砕かれ、牢の中で震える冒険者達だ。
彼女達の目に、希望は灯らない。
あるのは、目の前で絶対的支配者のごとく君臨するゴブリンの王ーーゴブリン・ロードが放つ絶望感のみだった。
ゴブリン・ロードが見据えるのは、大きな街。
多くの人間が訪れる街を蹂躙し、魔神王に捧げれば、どれ程の力を得る事が出来るか、ゴブリン・ロードは考えずにはいられなかった。