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異邦世界の黄昏  作者: ユモア
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第1話 異邦より来たれり

 死ぬ寸前。

 人は、これまで自分が辿って来た道筋が濁流の様に溢れ、様々な感情に襲われる事が有ると聞いていた。


 今、目の前に流れるのは、そんな〝走馬灯〟の様な光景なのだろうか?


 至って平穏な風景。

 母に抱き締められ、学校に向かい、卒業し、また学校に通う。それを何度か繰り返す間に、気の合う友人が現れ、別れ、また違う友人と出会う。

 断片的な記憶であったにも関わらず、俺にとっては掛け替えのない物だった事が分かる。


 しかし、突如として走馬灯は消えてしまう。


 次に現れたのは、苦痛と息苦しさ。


 この時、俺は悟った。


 いや、知っていた筈だ。


 走馬灯は死の寸前に見る記憶。ならば、走馬灯の後にやって来る物は、死以外に存在する訳もない。


 途絶える事のない苦痛の連続。暗い海に沈んで行くような息苦しさと孤独が、俺の苦痛に抗おうとする意思を砕こうとする。


 諦めて仕舞えば、どんなに楽なのだろう。

 死を認めて仕舞えば、苦痛から逃れる事が出来るのだろうか。


 諦めたい。認めてしまいたい。逃げ出したい。救われたい。



 ーーーー汝は、罪人。



 突然頭に響く女性の機会的な声。




 ーーーーその罪は、永劫に汝を縛り付けるであろう。



 言葉の終わった瞬間に、溢れ出した記憶。


 自分にとって、思い出したくなかった暗い記憶。逃れる事など不可能な、心に撃ち込まれた楔。




 ーーーー夢夢忘れるな。これは、汝への罰であり、試練であり………救いなのだ…ツクモユーリ。



「……ツクモ…ユーリ?」


 あの感覚が嘘のように、全ての苦痛が消えていた。そして、開かれた目に光が注ぐ。


 窓ガラスを通して注がれる太陽の陽光は、まるで、真っ暗な洞窟から出た後の様に目を開けているのが辛かった。


「目が覚めた様だ」

「領主様に報告だ」


 数名の男達の話し声と走り去る足音。

 扉を開けた先からも男達の声が聞こえる。


 自分は、こんなにも耳が良かったのだろうか?


 目が徐々に部屋の光にも慣れて来た。

 まず目に入ったのは、白い天井と自分の手だった。細めで、力仕事には向かず、傷が殆どない手だ。見上げた天井にも見覚えはない。

 背中側から感じるシーツやスプリングの感覚。おそらくベッドの様な所に寝かされている事を感じつつ身体を起こす。

 まるで、病院で着る病衣の様な簡易的な白い服を着て、白で統一された寝具の上で俺は寝ていた様だ。


 顔をベッドから周囲に向けると、壁際の一つしかない扉の前に鎧を纏った人物が立っていた。顔まで鎧を付けていた事で表情などは分からないが、腰に装備した剣に右手が触れている事と放たれている雰囲気から警戒されている事が分かった。


 今の所は、此方に襲い掛かって来る様子は見られない。なら、今は、大人しくしていた方が良いだろう。


 鎧は日本で見られた甲冑と呼ばれる物より、ヨーロッパの方面で見られた形に似ている。


 だが、先程話していた言葉は日本語として聞こえた。


 少しの間、体を起こしたまま周囲を眺める。自分と同じ様に、ベッドに横たわる男達は3人。その内の2人も遅れて目を覚ました。

 1人は、飄々とした雰囲気を醸し出す茶髪の青年。落ち着いた様子で周りを見回すと、兵士達の放つ空気を読まず、ベッドから立ち上がると兵士達から「動くな」と凄まれて腰を抜かしていた。


 だが、本当に怯えている様子は見えず、全て演技でワザと兵士達の反応を見るために行ったのではないのか?と疑問が浮かんだ。


 この青年は曲者かもしれない。


 2人目は、膨よかな体型をした青年だ。丸みのある瞳は、やや青みがあり、怒られた茶髪の青年を心配げに眺めている。

 第一印象とすれば、気が弱そうや頼りない感じだ。


 すると、最初に出て行ったと思われる兵士が戻って来た。そして、目を覚ましていた俺達に向けて指示を出した


「これより移動する。着いて来なさい」


 着いて行った先に、何が有るかは分からない。だからといって、指示に従わない理由はない。


 窓から見える外は、自分には見覚えのない風景だ。煉瓦造りや木造の建物が並んでいる。

 自分が知るコンクリートに囲まれた街の姿など、何処にも見えない。


 素足のまま冷たい床の上を歩いて兵士に着いて行く。


「うわ、つめたぁ」

「また怒られるよ……」


 同じ部屋の2人も遅れて後ろから着いて来る。


 先程も感じだが、俺は、見えない所にまで感覚を向ける事の出来る人間だったのか?


 思い出してみたが、思い当たる節がない。


 白で統一された無機質な廊下を歩き、一室へと通される。

 そこには、自分達以外にも2人の男性と3人の女性達が既に集まっていた。そして、5人の視線が向かっていた先の椅子に座るのは白銀の髪を持った紅目の女性だった。


 紅目の女性は、少女と大人の中間の様な姿をしており、見た目の完成された美しさから形容し難い存在感を放っている。


 紅目の女性の背後と壁に兵士達が並んでいる。


 俺達を連れて来た兵士が、紅目の女性の耳元で小声で何かを話しかけている。


「なるほど。漸く全員揃ったか」


 放たれる言葉も驚く程に澄んでおり、美しい。


「私はカーミラ。この地の領主をしている。其方達は、異邦の世界より来た異邦人。それとも、異世界人と呼ぶべきかな」


 視線が向けられたのは、何故か、俺だった。


「……領主様のお好きな様に」

「では、この地の呼び名である異邦人と呼ばせて貰おう」


 カーミラは、部屋に集められた異邦人達を1人ずつ視線を向ける。


「これから、一方的に私から話をする。意義や質問は認めない」

「なっ、そんな!」


 驚き、非難するような声を上げたのは金髪の青年だった。


「何か勘違いしている様だな?私が直直に説明を行うのは、規則に従っているだけだ。其方達に期待や愛着がある訳でもない」


 カーミラは、ニヤリと凄みのある笑みを浮かべる。


「そして、この国に其方達異邦人の身を保護する法律はない。あるのは、異邦より人が来たれば、各領主の判断に任せる、の一言のみ。つまり、この場から其方達を街の外に追放しようと誰にも咎められる事はない」


 カーミラの言っている事が本当かどうかは分からないが、俺達に確かめる術はない。


 

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